第17話:騎士団の訓練場にてⅢ
アルト様と共に訓練場を離れると、すぐにうつむきながら歩くラズリーの姿が視界に映った。
カーシュ様を追っていったはずなのに、二人でいないとなると……。
思った以上に二人の関係性に亀裂が生じてしまったみたいだった。
「少しだけ時間をもらってもいいですか?」
「ああ。俺もカーシュのことが気になる」
アルト様の許可をもらったので、彼と共にラズリーの元に向かう。
そのことに気づいた彼女は、顔を上げて、苦笑いを浮かべていた。
「追い返されてしまったわ」
「先ほども言い争っていましたけど、大丈夫ですか?」
「う~ん、微妙かしら。私たちの関係性も良くないけど、それ以上に彼自身に大きな問題があるのよ。率直に言ってしまえば、彼がエストリア辺境伯の地位を受け継ぐことに疑問の声が上がっているの。根は良い人なのにね」
ラズリーと二人で話していた時、彼女は『またやってしまったのね』と言っていた。
カーシュ様と言い合っていた時も『癇癪は起こさないように注意を受けたはず』と、彼を窘めている。
以前にも暴力を振るっていたのであれば、上に立つ者としては褒められた行為ではない。
そのことにラズリーも手を焼いているみたいで、大きなため息を吐いていた。
「本当は私も知らないことになってるから、詳しい話は避けるけど……。彼、半年前から実家と対立していてね。感情が高ぶると、手が出るようになったのよ」
「ああー……なるほど。苛立ちが募った結果、心を制御できなくなって、先ほどのようなことが起こったんですね」
「カーシュ様は、変にプライドが高いからね。ニーナは知らないと思うけど、同年代の模擬戦では負けなしなの。騎士に昇格したばかりの人にも勝っちゃってるのよ」
それはさすがに強すぎないか、と思うものの、アルト様が頷いているので、間違いないんだろう。
「先ほど、逃げるなよ、とか言ってませんでしたっけ」
「ああ。負けるつもりはないからな」
どうしよう。こっちも剣術のプライドが高かったみたいだ。
「あれだけ威勢よく言い放っただけに、これで勝てなかったら恥ずかしいですね」
「勝てばいいだけの話だ。ニーナには恥ずかしい姿を見せられないからな」
「私はこれまで散々アルト様の恥ずかしいところを見ていますので、問題ありません。周囲の評価の話ですよ」
なんといっても、婚約してから一年間、ほぼ彼の黒歴史みたいなものなのだ。
カーシュ様にボコボコにされたとしても、私は笑い話で済むだけである。
そんなことを考えていると、何とも言えない表情を浮かべたラズリーにジーッと見つめられていた。
「イチャイチャするのは、後でやってもらってもいいかしら」
「そんなことしてないぞ」
「そんなことしてませんよ」
アルト様と言葉が被ったところを考慮すると、ラズリーの言葉を否定することは難しいのかもしれない。
先ほどもラズリーに『浮かれている』と言われたばかりなので、ちょっと気をつけようと思う。
特に、カーシュ様と亀裂が生じたラズリーの前では、ね。
私が心を改めていると、その間にラズリーはアルト様に頭を下げていた。
「ひとまず、お礼を伝えておくわ。ありがとう。あなたのおかげで、彼は随分と落ち着いたもの」
「いや、俺は俺でやりたいようにやっただけだ。気にしないでくれ」
「そう言ってもらえると助かるわ。後……こんなことを言うべきじゃないけど、彼のプライドを折ってもらえるとありがたいわ」
「心配しなくても、そのつもりだ。負けるつもりはない」
「そう。それならよかったわ。じゃあ、私はこれで。辺境伯様に報告しないと、後で問題になりそうだから」
作り笑いを浮かべたラズリーは、軽く会釈をして、私たちの元を離れる。
彼女の哀愁漂う背中が、随分と無理していることを物語っていた。
「カーシュ様とラズリー、ちょっと心配な関係になってきましたね」
「ああ。カーシュは、俺以上に剣術のことしか勉強してこなかったから、大きな葛藤が生まれているんだろう。歳を重ねれば重ねるほど、俺たちは剣術以外のことも求められるようになるからな」
「貴族に生まれた宿命かもしれませんね。私もロスタリカ家と関係の深い家系のことを勉強したり、貴族のマナーを学んだりして、少しずつ子供から大人へ成長した気がします」
「普通はそうやって大人になると思うんだが……。俺とカーシュは、それを受け入れることができず、剣術ばかり学んでいた。きっと、まだ心が子供のままなんだろうな」
最後にボソッと呟いたアルト様は、どこか遠い目をしていた。
アルト様は、何も変わっていないと感じているのかもしれないが、そういう言葉を口にできる時点で大人になったと思う。
「カーシュは悪い奴じゃない。婚約者がいてくれる間に変わるべきだと思うんだが」
私はカーシュ様と深く関わってこなかったが、アルト様と同じように、ラズリーも彼のことを慕っている。
だから、この問題が丸く収まればいいのになー……と、思わざるを得なかった。




