第16話:騎士団の訓練場にてⅡ
ラズリーの後を追っていくと、あまり良くない光景が目に飛び込んでくる。
以前、アルト様にちょっかいをかけて、強面の騎士に怒られた三人組の一人が尻もちをついていたのだ。
左頬に手を添えて、涙目になった彼の姿を見る限り、カーシュ様が暴力を振るったに違いない。
ラズリーもそのことを懸念していたみたいで、彼女は頭を抱えていた。
「止めるな、アルト。こいつらは、エルストア家を国の端にあるだけの田舎貴族だと馬鹿にしたんだぞ」
「落ち着け。こいつらの口が悪いのは、今に始まったことじゃないだろ」
「今まで同じ騎士を志す者であればと、大目に見ていた。でも、もう限界だ。馬鹿にしてもいい道理はない」
カーシュ様の意見は正しい。
ただ、やり方が間違っている。
それがわかっているから、アルト様も必死に止めているんだろう。
「馬鹿にされたとはいえ、殴ってもいい理由にはならない。お前もこいつらと同じレベルに堕ちるだけだ」
「僕がこんな奴等と同類だと言いたいのか?」
「そういう行動を取ろうとしていると言っているんだ」
カーシュ様の怒りが収まらない姿を見た三人組は、怯えた表情を浮かべて、アタフタしてばかり。
自分たちが引き起こした問題にもかかわらず、有耶無耶にしようとしているのか、謝ろうとする様子を見せなかった。
「や、やだなあ、カーシュくんは。冗談じゃないか~」
ハハハ……と、笑って見せるものの、状況が変わるはずもない。
それは、真剣な表情を浮かべた強面の騎士を見れば、容易にわかることだった。
「冗談で済むうちにやめなかったから、こんなことになったんだろう? お前たちは、そんなこともわからないのか?」
「「「……」」」」
言葉を失い、互いに顔を合わせるだけの三人組を見て、強面の騎士は大きなため息を吐く。
「同じ騎士を目指す者なら、身分や立場など関係なく、仲間に背中を預けられるようにならなければならない。そのため、訓練生であるうちは無礼講としているんだが……。残念ながら、お前等は人を敬う心を持ち合わせていないみたいだな」
訓練生に与えられた制度の意味を考えずに、悪用することに徹してしまった者の末路というべきか……。
強面の騎士が本当に怒っていることを悟った三人組は、血の気が引いて青ざめていた。
「今後のことは、騎士団で処分を下す。連絡が入るまでの間、部屋で待機していろ」
「ちょ、ちょっと待ってくだ――」
もはや、言い訳することも許されない……いや、騒ぎを鎮静化させることを優先したのか、他の騎士たちに口を塞がれた三人組は、奥の方へ連れていかれた。
一方、この場に残った強面の騎士は、カーシュ様に軽く頭を下げる。
「これまでも何度か注意して、厳しめの罰を与えたつもりだったが、彼らを更生させることはできなかった。嫌な思いをさせて悪かったな。これは騎士団の責任だ」
騎士団をまとめているような偉い人に陳謝されたら、カーシュ様も怒りを収めるしかない。
アルト様が押さえていた腕を解くと、カーシュ様は苦虫を噛み潰した顔を浮かべながらも、必死に呼吸を整えようとしていた。
今しかないと思った私は、ラズリーに目で合図した後、タオルを用意する。
互いに婚約者の元に向かい、彼らの気持ちを沈めることにした。
「お疲れ様でした」
「ああ。ニーナには、変なところばかり見られてしまうな」
「気にしないでください。今さらじゃないですか」
「まあ、それもそうか」
アルト様の首にタオルをかけて、訓練場を後にしようとした時だ。
耳をつんざくようなカーシュ様の声が聞こえてきたのは。
「うるさい! 黙れ!」
再びカーシュ様が怒りを露にしたことで、自然と注目を集めてしまう。
そんな怒り狂う彼とは対照的に、ラズリーは悲しそうな表情を浮かべていた。
「暴力は振るわない、そうおっしゃっていましたよね」
「エストリア家が馬鹿にされてもよかったと言うつもりか?」
「そんなことは言っていません。落ち着いてください。辺境伯からも、癇癪は起こさないように注意を受けたはずです」
「フンッ」
どうやらカーシュ様は、実家でも問題を起こしているみたいだ。
虫の居所が悪かったから、あの三人組の言葉にも我慢することができなかったんだろう。
ラズリーの注意を突っぱねたカーシュ様は、アルト様に近づいてきた。
「アルト、少し付き合え」
「どうした?」
「僕の怒りが収まらない。剣を取れ」
「……。悪いが、それはできない」
「……アルト?」
疑問を抱くような表情を浮かべたカーシュ様の前に対して、アルト様は真剣な表情で向き合っている。
「俺は鬱憤を晴らすために剣術を学んでいるわけじゃない。ここで剣を取ったら、そのうち暴力を振るうための道具として、剣を使い始めるようになる。それは騎士を目指す者がやってはいけないことだ」
「アルトまで、そんなことを口にするのか? 僕の剣が間違っていると言いたいのか……?」
「周りが止めてくれているのは、それだけ危険な考え方をしているからだ。剣術を磨くだけだけで騎士になれるほど、甘い世界じゃない。俺たちはもっと広いことを学ぶ必要がある」
私の知る限り、アルト様とカーシュ様は、互いに信頼を寄せるほどの友人関係を築いている。
だからこそ、カーシュ様が間違った道を進もうとすることが許容できないのかもしれない。
「俺はニーナと向き合うようになってから、自分の未熟さを痛感する毎日だ。闇雲に剣術を学んでいた時と比べても、今の方が充実している。カーシュだって、本当はわかっているんじゃないか? 自分のすべきことを」
婚約者らしい行動を取らなかったことを悔いているアルト様は、カーシュ様にもそうならないように道を示してあげているみたいだった。
「変わったな、アルト」
「いや、俺は変わろうとしている途中だ」
「違う。アルトはもう変わってるよ。昔は女にうつつを抜かして、腑抜けるような奴じゃなかった」
残念ながら、アルト様の気持ちが伝わることはないみたいだ。
カーシュ様は酷くショックを受けたみたいで、嫌悪感を露わにしている。
「僕はアルトのことを、共に剣術の高みを目指してくれる本当の仲間だと思っていたのに、残念だよ」
「騎士である前に、俺たちは人だ。剣術の高みを目指すのであれば、人としても成長する必要がある」
「それで女に手を出すのか? 馬鹿馬鹿しい。そんなことで剣術を極め、強くなれるはずがないだろう」
一触即発の雰囲気になるものの、多くの騎士や訓練生は見守るだけで、誰も止めようとしなかった。
それは、私やラズリーも同じこと。
下手に二人を止めようとしたら、火に油を注ぐだけだった。
すでに周囲が意見を述べるような状況ではなく、二人にしか答えが導き出せない問題に発展している。
「どっちの言い分が正しいのか、白黒ハッキリ付けられる場所はある。逃げるなよ、カーシュ」
「愚問だね。僕がアルトの目を覚ましてあげるよ」
そう言ったカーシュ様は、静かに訓練場を去っていく。
彼の後を追っていったのは、婚約者であるラズリーだけであった。




