第13話:ドレス選びⅡ
採寸が終わった後、商談室に案内された私は、のんびりと紅茶をいただいていた。
もちろん、のんびりと休憩しているわけではない。
ドレスに使用する生地の種類が多かったので、実際にサンプルを触り、肌触りや色味を確認している。
「アロラール地方の絹にしようかな。肌触りも良いし、色味も悪くないから」
後はアルト様がドレスのデザインを選び終えたら、納品の予定時期や金額の話をすることになるはずなのだが……。
随分と時間がかかっているみたいで、店員さんが呼んできてくれる気配が微塵も感じられなかった。
別行動を取ったのは、失敗だったかもしれない。
私が隣にいたら、アルト様は絶対に選んでくれないと思って、こういう形を取ったんだけど。
そんなことを考えていると、部屋の扉がノックされ、店員さんがやって来る。
「すみません。デザイン選びにもう少しお時間がかかるようですが、この場でお待ちなさいますか?」
「えっ? まだ悩んでいるんですか?」
「はい。お嬢様に似合うドレスを真剣に考えられているご様子で、デザインのことを何度も質問していただいております」
店員さんの言葉を聞いて、なんとなくアルト様の状況を察してしまった。
おそらく、カタログに載っている既製品ではなく、わざわざオーダーメイドで注文しようとしてくれているんだろう。
今日の彼の反応を思い出すと、そういう行動を取っても不思議ではなかった。
「貴族男性がデザインを選ばれる時は、当店のおすすめでしたり、流行ものを選ばれたりされる方が多いです。今回のようにお時間をかけられて吟味されているのは、それだけ殿方が思ってくださっている証拠なのかもしれませんね」
改めて第三者の意見を聞かされると、恥ずかしくなってしまう。
最近、周囲から微笑ましい視線を向けられることが増えたし、アルト様も好意的な思いを抱いてくれているみたいだし、私自身も体の火照りを感じることが多くなった。
うちは親同士が勝手に決めた結婚……のはずだけに、なんだかとってもムズムズする。
「彼が時間をかけていて、すみません」
「いえいえ、とんでもございません。あのようなお方は、素敵な旦那様になられると思いますよ」
素敵な、旦那様……?
確かに、私はアルト様の婚約者なのだから、将来的に彼が旦那になるのは、当然のこと。
店員さんが言ったのは、何の変哲もない普通の言葉だ。
それなのに、どうして『旦那様』という言葉を聞いただけで、こんなにも心がフワフワするんだろうか。
これが何なのか見極めるためにも、直接会って、自分の気持ちを確認してみよう。
「ひとまず、彼と合流したいと思います」
「かしこまりました。ご案内させていただきます」
席を立った私は、店員さんに案内されて、商談室を後にする。
店頭に戻ってくると、対応してくれている店員さんにシーッと合図して、アルト様の背後にコッソリと近づいた。
「ニーナはどっちが好きなんだ……?」
「花のデザインはあった方がいいよな……」
「マジか。フリルの量も選べるのかよ……」
真剣に悩んでくれているみたいで、私の存在に気づく気配はない。
ブツブツと呟く彼は、カタログに載っている細かいオプションまで吟味してくれていた。
本当にオーダーメイドで選んでくれていたんだなあ、と思うと、嬉しい気持ちがこみあげてくる。
以前までのアルト様だったら、『どれでも一緒だろう?』とか言って、早く切り上げていただろうから。
「フリルは多めの方が……いや、少なめの方がニーナっぽい気が……」
「そうですね。あまりフリルが多いと、落ち着かないかもしれません」
「そうか。じゃあ、こっちで……うおいっ!」
驚愕の表情を浮かべたアルト様は、ドレスを選んでいる姿を見られることが恥ずかしかったのか、目が泳いでいた。
「い、いつからいたんだ?」
「先ほど来たばかりです。気づかれませんでしたので、お声がけした感じですね」
「普通に声をかけてくれよ。心臓に悪い」
「すみません。ちょっとしたイタズラ心が出てしまいました」
アルト様にはそうやって伝えるが、正直なところ、ただの照れ隠しである。
自分の気持ちが気づかれないように、イタズラで動揺させるしかなかったのだ。
「真剣に考えてくださるのは嬉しいですが、そんなに凝っていただかなくても大丈夫です。パパッと選んでしまいましょう」
「……いや、もう少し考えさせてくれ」
「えっ? どうしてですか?」
「成り行きとはいえ、ここまで考えたんだ。最後まで自分の意思で選んだものをニーナに贈りたい。それじゃあ、ダメか?」
そう言ったアルト様は、とても不安そうな顔をしていた。
どうして彼が悲しい目をしているのか、私にはわからない。
でも、自分の心が大きく揺れていることは、容易にわかってしまった。
「ダメじゃ……ないです」
「よかった。じゃあ、もう少し待っててくれ」
「……はい」
いったいいつからなんだろう。
私がアルト様に恋心を抱いてしまったのは。
そんなことを自覚して眺めるアルト様の横顔は、何度も見たことがあるはずなのに、不思議と魅力的に感じたのであった。




