第11話:初エスコート
騎士団で大声騒動があった三日後。
互いに予定を調整した私たちは、ドレスを買いに行くため、一緒に馬車に乗っていた。
「……」
「……」
会話がないのは、気まずい雰囲気が漂っているのではなく、アルト様に余裕がないからである。
練習とはいえ、今日が初めてエスコートする日だ。
今回こそは逃げ出さないようにと、気持ちを固めているのかもしれない。
「ふう……」
これから大仕事でもするんじゃないかと思わせるほど、何度も何度も深呼吸をしていた。
軽快に馬車が走り、ドレス屋さんの前に到着すると、緊迫した空気が流れる。
先に馬車を下りたアルト様は、固い表情を浮かべながらも立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
そして、手を差し出してくれたので、私は彼の手を取って、馬車を降りる。
アルト様が初めてエスコートを成功させた瞬間だった。
「上手にできましたね」
「て、手を出しただけだ」
「今までそれができなかったんですから、素直に褒められてください」
「うっ……」
痛いところを突かれたアルト様は、明らかに顔が引きつっている。
本来ならパーティーのエスコートもあるとはいえ、たったこれだけのことを避けてきたんだから、自己嫌悪に陥るのも無理はなかった。
「エスコート、ありがとうございました」
「あ、ああ。ところで、前も思ったんだが、ニーナの手は小さいよな」
「そうですか? 測ったことはありませんが、一般的な大きさだと思いますよ」
以前、アルト様が『女性とどう接していいかわからない』と言っていたが、そもそも彼の周りには女性が少ないんだろう。
レクレーネ家でアルト様のお世話をしている使用人は執事の男性だし、騎士の訓練に参加するのも男性ばかり。
必然的に女性と接する機会が少なくなるから、比較対象が男性になってしまい、私の手が小さく感じるんだと思う。
……ただ、いつまで経っても放してくれないし、必要以上に手ばかりじっと見つめられるのは、ちょっと違和感があるけど。
「あの、もう手を放してもいいと思いますが」
「えっ? あっ! いや、違……悪い」
「別に謝ることではないかと。エスコートの練習も兼ねて、ということでしたし」
パッと手を放したアルト様は、以前に看病してもらった時のように、再びガシッと手を取ることはない。
何か違和感でも覚えたのか、自分の手をまじまじと見つめたまま、ボーッとしていた。
「どうかされましたか? 私の手、そんなに小さかったですか? レクレーネ家のメイドの手と比較しても、大差はないはずですよ」
「何でもない」
「そ、そうですか……」
「……」
「……」
何か気に障るようなことでも言っただろうか。
短い言葉でピシッと言われると、また昔みたいな関係に戻った気がして、居心地の悪さを感じてしまう。
まあ、昔と違うことがあるとすれば、そのことを遠慮なく口に出せる関係になったということだ。
「以前、普通に話してくれると約束してもらった気がするんですけどね……」
「えっ? いや、これは……」
「頑張って話すって言ってた気がするんですけどねー……」
「ぐっ……」
「残念だなー……」
アルト様の中で何とも言えない感情が押し寄せているのか、手をワナワナとさせている。
もしかしたら、純粋に聞かれたくないことだったのかもしれない。
騎士の訓練をしていれば、手に大きな怪我をするような苦い思い出があってもおかしくはなかった。
誰でも隠したいことが一つや二つはあるだろう。
婚約者だからといって、なんでもかんでも包み隠さず話す必要はなかった。
きっと私は、ドレスを買いに行くことに浮かれてしまい、調子に乗っていたんだ。
彼に不快な気持ちを抱かせることは不本意なので、早めに謝るとしよう。
そう思ってアルト様と向き合うと、彼はなぜか恥ずかしそうに顔を赤くして、目を逸らした。
「愛おしかった」
「……えっ?」
「ニーナの手が、小さくて愛おしかったんだ。そうしたら、またどうしていいかわからなくなった。悪い」
何それ。そんなことある?
どうしてそんな恋する乙女みたいな目をして、そんな破壊力のある言葉を口にしているんですか!
「きゅ、急にどうされましたか?」
「別にどうもしてない。俺は聞かれたから、素直に答えただけだぞ」
「それは、そうかもしれませんけど……」
突然、こんなことを言われても困りますよ。
アルト様が天然な一面を持ち合わせていることも知っていますし、本当に素直な気持ちを伝えてくれたこともわかります。
でも、少しは身構えさせてくださいよ。
気持ちを受け止める側としては、油断している時に来られると、変に刺さってしまうんですからね。
思いがけない言葉に戸惑いながらも、私はコホンッと軽く咳払いして、彼に手を差し出す。
「早く私の手に慣れてください。こんなことで戸惑っていたら、パーティーのエスコートに失敗してしまいますよ」
「あ、ああ。頑張る」
どうしてこんな提案をしているんだろう、と自分で戸惑いながらも、アルト様が手を取ってくれたので、優しく握り返した。
これまで意識してこなかったけど、アルト様の手は思ったより大きい。
騎士の訓練で鍛えている影響か、けっこうたくましくて、ゴツゴツしている。
そして、彼から伝わってくる体温は温かく、なぜかホッと安心した。
「これ……、……痛く……。ニーナ?」
「へっ? なんですか?」
「だから、手を握る強さはこれくらいで大丈夫か? って聞いたんだ」
「あっ、はい。大丈夫です」
危ない。アルト様がボーッとしていたのは、こういうことだったのか。
彼の気持ちを聞き出したことは、察しの悪い私に問題があったと認めよう。
「ニーナは何を考えてボーッとしていたんだ?」
「……別に。何でもないです」
言えない。さすがに言えるわけがない。
アルト様の体温を感じて、ボーッとしてしまったなんて、恥ずかしくて絶対に言えない!
「そうか。俺は素直に答えたんだけどなー……」
「頑張って答えられて、偉かったですね。さあ、お店に行きましょう」
「おい、なんかズルくないか? 俺だけ言わされたような気がするんだが」
「気のせいです。早くエスコートの練習を再開しないと、パーティーで失敗してしまいますよ」
「……まあ、それもそうか」
私も早くアルト様の手に慣れないとなー、と反省していた時だ。
アルト様と一緒に歩き出そうとして、ふと顔を店の方に向けると――。
「貴族の恋愛って、憧れますね」
店の前に出迎えようとしてくれていた若い女性店員さんが、ニマニマとした笑みを浮かべていた。
いつから見ていたんですか? と聞いてみたいが、おそらく最初からである。
なぜなら、客人を出迎えることも店の仕事の一つなんだから。
どうして声をかけてくれなかったんですかー! と、心の中で叫びながら、私はアルト様と共に店に入っていく。
店員さんの微笑ましいものを見るような視線を感じながら。




