第10話:騎士団の訓練Ⅱ
三人組を連れていく中、忘れ物でもあったのか、強面の騎士が顔だけ後ろを向いた。
「ああ、そうだ。客人が来てるぞ。ちゃんと相手してやれよ」
えっ……? と驚いた私たちは、互いに顔を動かし、ようやく視線が重なる。
さっきの三人組のせいで、ちょっぴり気まずい雰囲気が流れてしまった。
「見てたのかよ。って、なんでここにいるんだよ」
「急遽、王城に足を運ぶ用事ができたんです。アルト様も騎士団の訓練で王都にいるとおっしゃっていましたから、せっかくの機会なので、立ち寄ってみました」
事情を説明しながら近づいた私は、アルト様の首にかかっているタオルを手に取る。
なんとなく労ってあげたくなったので、彼の汗で濡れた髪を拭くことにした。
「悪い。情けないところを見せた」
「いいえ、私は偉いと思いましたよ。よく我慢できましたね」
「そんなんじゃない。あそこで言い返したら、少し前の自分に戻る気がして、言い返さなかっただけだ」
どんな理由だったとしても、言い返したり、暴力を振るったりしなかったことは、立派だと思う。
きっとアルト様は、私の前でだけいい子ぶろうと思っているわけではなく、心から変わろうと努力しているから、我慢することができたんだろう。
強面の騎士が労ってくれたのも、そういうところを見てくださっていたからなのかもしれない。
「それが偉かったんですよ。普通はあそこまで言われたら、少しくらいは言い返していたと思います」
「……ニーナの悪口じゃなかったからな」
「ん? なんですか?」
「なんでもない。まだまだ自分がガキだと思っただけだ」
「そんなことはありません。大人になりましたね、よしよし」
「いや、子供扱いされてるぞ?」
「私の方が大人なので、仕方ありませんね」
ふっふっふっ。これまでのことがあるから、さすがに言い返すことはできないだろう。
ゆっくりと大人の男性に成長してくれたまえ。
婚約者の私が成長を見守っていてあげますよ。
「先ほどの話と少し矛盾しますが、レクレーネ家としては、ああいう子たちを放っておいてもいいんですか? その、爵位的にも下の子たち、ですよね」
「騎士の訓練に参加する者は、皆平等の扱いを受ける。この場では、俺が権力を持ち出す方が大人げないことになるんだ」
「へえ~、そういうものなんですね」
「騎士団に入れば、また変わってくるんだが……。教官たちが目を光らせている間は、特別扱いを受けることはないよ」
ちなみに、その目を光らせた強面の騎士は今、訓練の鬼と化していた。
「おいっ! スクワットはもっと腰を落とせと言わなかったか?」
「「「は、はひ~!」」」
「返事だけはいいなっ! よしっ、特別に腰にオモリをつけてやろう」
「「「ヒィィィィィ!!」」」
騎士の訓練をサボり、仲間を侮辱した結果、先ほどの三人組は筋力トレーニングをさせられている。
真面目に参加していたであろう他の訓練生たちからも、冷ややかな目で見られていた。
「なんだか可哀想な人たちですね」
「まあな。でも、俺もあっち側の人間だったことを考えると、見ていて恥ずかしくなる。本当に少し前の自分には戻りたくないよ」
「反面教師というものかもしれませんが……。アルト様は、あんな感じではありませんでしたよ?」
「そうか? 俺のイメージだと、あんな感じだったんだが」
「いえいえ。アルト様は私を見下したり、侮辱したりすることはありませんでした。そっぽを向く・無視・適当に返事をする、みたいな感じでしたね」
「……あまり変わらなくないか?」
「……似ているかもしれませんが、受ける印象は違います。さすがに酷い言葉を投げかけられていたら、何度も話しかけようとは思いませんでしたから」
なんだかんだで昔から、アルト様は人を傷つける言葉は言わなかった。
たとえ、彼の素っ気ない態度や行動に傷ついたとしても、そういう一面があったからこそ、婚約を解消せずにいられたのかもしれない。
仮にアルト様に『うるさい、ブス』とか『センスない服を着てるな』とか言われていたら、黒い花事件の代わりに婚約破棄の書類を送り付けていたただろう。
なんといっても、私は根に持つタイプなのだから。
「そういえば、ニーナに声をかけようか迷っていたんだが……」
「ん? なんですか?」
「来月、騎士団の訓練生だけで模擬戦をやるんだ。興味があるなら、その……見に来るか?」
アルト様に、とても婚約者らしいイベントを誘われた。
こんなことは初めてなので、断る理由はない。
「わかりました。予定を開けておきますので、後で具体的な日にちを教えてください。応援に来たいと思います」
「そうか。楽しみにしているよ」
ホッと安堵したみたいで、アルト様は笑みを向けてくれた。
私が剣術に興味があるかわからなくて、声をかけようか迷っていたのかもしれない。
当日は、カッコいいところを見せてくれると期待しておこう。
「あまり長いことお邪魔するわけにはいかないので、そろそろお暇させていただきますね」
「わかった。わざわざ来てくれてありがとう。嬉しかったよ」
「そう言ってもらえると、私も嬉しいです。素直な子になりましたね、よしよし」
「いや、なんでまた子供扱い……」
「深い意味はありません。模擬戦に誘ってくれたお礼と、素直な気持ちを伝えてくれるご褒美です」
顔を赤くしたアルト様は、明らかに体に火照りを感じて、動揺しているようだった。
前回の交流会では、立場が逆転していたので、これはそのお返しでもある。
良い思いをさせてもらった分、ちょっと甘やかしてあげようと思ったのだ。
私もこんな感じだったのかな……と、複雑な気持ちを抱いていると、思った以上に照れたアルト様は、急にモジモジし始める。
「王都には、いつまでいるんだ?」
「今日から五日ほど滞在する予定ですね」
「じゃあ、時間があえば、アレに行こう」
「……アレ? アレとはなんでしょうか」
何か言いにくいことでもあるのか、アルト様は口をまごつかせていた。
「だから、アレだよ。アレ」
「そう言われましても、アレで思い当たるものがないんですが」
「なんでだよ。アレといえば、アレしかないだろ」
「なんですか、アレって。何も伝わってこないので、ハッキリと言ってください」
口をワナワナさせたアルト様は、大きく息を吸い込んで、目をギュッと閉じた。
「ニーナのドレスを買いに行く約束をしてただろ!」
突然の提案を受けて、私はポカンッとしてしまう。
確かにアルト様の手紙には、一緒にドレスを買いに行こう、という内容が書かれていた。
でも、そんな話は前回の交流会で一言もしていないし、急ぎの案件でもない。
私は、少しずつ婚約者らしい関係を築いていければいいかな……などと吞気なことを考えていたので、意表を突かれてしまう。
ましてや、ここは大勢の騎士と訓練生がいる場所であって――。
「ちょっ、ちょっと! こ、声! 声が大きいです!」
アルト様を落ち着かせようとするものの、もう遅い。
注目を集めていた筋力トレーニングの三人組から、一気に視線を奪っていた。
「若いっていいよな~」
「初々しいっすね」
「あれは男が惚れてんなー」
顔が熱い! 今回の体の内側から来る火照りは、絶対に恥ずかしさからだ!
断じて、ドレスを買いに行く約束を守ろうとしてくれていることが嬉しかったからではない! いや、とても嬉しいけど!
あまりにも騎士たちの視線を集めていることが恥ずかしかったので、アルト様の手を取り、訓練場の外に連れ出した。
「どうして大きな声で言うんですか!」
「だって、ハッキリ言えって言うから」
「大きい声とハッキリ言うでは、意味が異なりますよ」
私は感情に身を任せて彼に文句を言うが、起きてしまったことは仕方がない。
でも、ああいう視線を向けられることに慣れていなかったので、とても恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。
なお、この日の夜、私は――。
「うぐぐっ……どうしてアルト様の手を取って、訓練場から連れ出してしまったんだろう。周りの人たちに見られていたはず」
更なる羞恥心が押し寄せてきて、淑女らしく対応できなかったことを反省するのであった。




