第1話:ギスギスした婚約
暖炉でパチパチと音が鳴るロスタリカ伯爵家の一室でのこと。
私――ニーナ・ロスタリカの前には、金色の髪をした十五歳の男性が座っていた。
「愛なんて感情は無駄なものだ、馬鹿馬鹿しい」
出会った頃から不貞腐れている彼は、優秀な騎士を輩出する侯爵家の長男アルト・レクレーネ様。
婚約して一年も経つのに、一度も笑みを向けてくれたことがない私の婚約者だ。
領地が隣り合っていることもあり、月に一度は婚約者同士で交流を深めているのだが……。
どれだけ歩み寄ろうと努力しても、私たちの心の距離は離れていくだけで、ギスギスした関係が続いていた。
そのため、こんな悲しい会話に発展しているのである。
「愛してほしいと言っているわけではありません。もう少し仲を深めようと言っているだけです」
「同じことだろ」
「いえ、違います。恋人と友人ほど違います」
「男女の間に友情は成立しないそうだ。俺とお前では、友人にはなれない。無理な提案だな」
私は、男女の友情が成立するかどうか話したいわけではないし、彼の友人に立候補しているわけでもない。
関係性を改善して、互いに婚約者らしく振る舞おうという話をしているだけだ。
「私は婚約者にもかかわらず、アルト様のことをほとんど知りません」
「知ってもらいたいと思ってない」
「どうしてですか? これから何十年も共に過ごす間柄になるんですよ」
「女といても面白くない。俺は結婚したとしても、別居することを希望する」
早くも私の結婚生活が輝きを失った気がするが、自由に恋愛できない貴族である以上は仕方ないことだった。
でも、それだからこそ、互いの家系を繁栄させることに尽力を尽くしてほしい。
「せめて、人前だけでもよく見られるような振る舞ってもらえませんか?」
「そんなことする必要があるか?」
「互いの家の評判が悪くならないように必要なことです」
「別に悪くならないだろ。婚約したとはいえ、俺たちはまだ子供なんだ。それだけで評判が落ちるとしたら、もともと大したことない家系に決まってる」
フンッとそっぽを向いたアルト様は、女の相手は面倒くさいな……と言わんばかりの雰囲気だった。
そんなふうに考えているから、半年前のような悲しい事件が起きたんだろう。
「お言葉ですが、パーティーでエスコートをしないというのは、アルト様の評判も下がる行為だと思います」
あれは、婚約してから初めてパーティーに参加した日のこと。
馬車から降りようとした際、アルト様は婚約者の私をエスコートするのではなく、ツーンとした態度で『ふんっ』と言って、パーティー会場に一人で消えていってしまったのだ。
呆気に取られて一歩も動けなかった私は、あっという間にアルト様を見失い、彼を探すことを余儀なくされる。
ヒールの高い靴で広い会場を歩き続け、二時間も探した結果――。
ようやく得られた彼の情報は『先に帰った』である。
さすがにキレた。彼の誕生日に不吉な黒い花を一輪だけ送りつけて、怒りを露わにするくらいにはキレた。
それが原因でこの出来事が明らかになり、レクレーネ侯爵がわざわざ頭を下げに来たのだから、アルト様もきつく叱られたことだろう。
そのことがよくわかるように、彼は顔を歪めていた。
「な、なんだよ。お前、まだあのことを根に持ってるのか?」
「もちろんです。もうそろそろ建国祭もありますから、釘を刺しておかなければならないなと思いまして」
「エスコートなんていらないだろ。もう子供じゃないんだからさ」
アルト様の言葉を聞いて、私は自然と表情がこわばってしまう。
やはり、また同じ過ちを犯そうとしていたのか、と。
「子供じゃないのであれば、エスコートくらいしてほしいものですけどね」
「あーあー、わかったよ。次はエスコートすればいいんだろう?」
「はい。約束してください」
「わかったわかった。約束だ、約束する。その代わり、下手でも文句は言うなよ」
「不慣れでも構いません。お互いに、少しずつ歩み寄っていきましょう」
「父上みたいなことを言わないでくれよ、まったく」
場が悪そうにしたアルト様は、頭をポリポリとかきながら、席を立った。
すると、密かに様子を見守っていたであろうレクレーネ侯爵が入れ替わるように近づいてくる。
「うちの息子が生意気な態度を取ってしまって、本当にすまない」
申し訳なさそうな表情を浮かべるレクレーネ侯爵は、アルト様とは違い、とても気遣い上手な方だった。
それはもう、本当にアルト様はレクレーネ家の人間なのか、と愚痴をこぼしたくなるほどである。
「とんでもございません。ただ、婚約してから一年が過ぎても、こういった状況が続いています。さすがにどう対応していいのか、わからなくなってきました」
「ニーナくんの言いたいことはわかる。君が歩み寄ってくれているのに、アルトのあの態度は失礼極まりない。後できつく言っておくから、また懲りずに声をかけてやってほしい」
私たちの婚約は、仲の良い父親同士が決めたこともあり、円満な関係が築きやすい環境が整っている。
それなのに、アルト様といったら……はあ~、どうしてあそこまで拒むんだろうか。
想いを寄せている人がいるようには見えないし、なんだかんだで毎月交流会には参加してくれている。
でも、私が会話を広げようとしても、彼の好きそうな剣術の話題を振ってみても、反応は素っ気ない。
正直、アルト様と顔を合わせる度に心が傷ついてばかりなので、これ以上私の方から歩み寄るのは難しい状況だった。
そのことを察したのか、レクレーネ侯爵は苦笑いを浮かべている。
「もしもニーナくんが限界を感じたら、遠慮せずに言ってくれ。君の今後の人生に悪影響が出ないように、それ相応の対応を取るつもりでいるよ」
「……わかりました。もう少し頑張ってみます」
アルト様と一年も向き合ってきたんだ。
もう少しだけ……。本当にもう少しだけ、頑張ってみよう。
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