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20年後に目覚めた救済の乙女は、義弟を守るため再び贄になる。

作者: 有梨束
掲載日:2026/03/09

「姉様っ…!」

最後に見たのは、義理の弟が泣きじゃくりながら、私に手を伸ばしている姿だった。



あれ、私、動いている…?

眼下には自分の手があって、握るとちゃんと動いた。


…どういうこと?

私は贄に選ばれて、一生動かないんじゃなかったの?


「…ぁっ」

喋ろうとしても喉が張り付いて、うまく声が出なかった。


…死んだってことでいいのかな、そうするとここは天国かしら?

私、天国には来られたのかな。


首を傾げた時、部屋の扉が開いて、光が入ってきた。

眩しくて目を瞑ると、悲鳴に近い声が耳をつんざいた。


「お、乙女が甦ったぞ!!!」

その声に人が集まるのに、時間はかからなかった。



「乙女は確かに20年前に眠りにつかれました。ですが、今回目を覚まされたようです」

そのまま神殿の豪華な部屋に場所を移されて、偉い人がそう説明してくれた。


「本来であれば、寿命が尽きるまであなた様は眠っているはずでした。ですが、あなた様の魔力の器がそれを凌駕していたみたいです」


よくわからなくて首を傾げた、声はまだ出なかった。


「私たちにも予想外のことで、よくわかっておりません。…20年前に、救済の乙女に選ばれたことは覚えていらっしゃいますか?」

神妙な面持ちで訊かれて、それには首を縦にした。


数百年ぶりに国の結界が壊れる危機が迫っていた。

結界が崩れれば、たちまち土地は瘴気と魔物で埋め尽くされる。

結界を維持するのに、魔力を大量に保持できる触媒が必要だった。

それに選ばれたのが、私だった。


救済の乙女などと呼ばれていたが、ようは生贄だ。

私の体は魔力を膨大に蓄えることができる、稀にいる人間だった。

子爵家の当主だった叔父は、厄介払いできると喜んで私を国に差し出した。

私に辞退する術はなかった。


術を施され、寿命が来るまで体も意識も動かすことなく、屍となっていたはずだ。


それなのに、20年後に目が覚めるという、前代未聞のことが起こっていた。


私からしたら昨日のことのようだが、眠っている間にそれだけの時間が経ったらしい。


私は上を指さして、首を傾げた。

向かいに座る人が眉を顰めたので、慌てて両手でドームの形を作った。

声が出ないから、どう説明したら伝わるのかな。


私のジェスチャーで、ああ!と気づいたように頷いた。


「結界は大丈夫ですよ。異常の知らせは来ておりません」

その言葉に、ホッとして何度も頷いた。


私が目覚めたから、結界が消えたなんてことになっていないのならよかった。


その時、廊下が騒がしくなって、振り向く前に扉が乱暴に開いた。


「…姉様、セリーナ姉様が目を覚ましたとは本当ですかっ!?」


私を姉様と呼ぶのは、この世に1人しかいない。

でも、目に映ったのは知らない男性だった。


…誰だろう?


「…姉様が、動いている」

その人は勢いよく私のそばに来ると、そのまま抱き締められた。


「姉様っ、会いたかったですっ、姉様…!」

痛いほど抱き締められて、声が出ないから何も言えなかった。


長い間、抱き締められていたけど、その人が顔を上げると泣いていた。

その顔が、あの日最後に見た顔と重なって、声は出ないのに口は動いていた。


《…イヴァン?》

口を動かしただけなのに、なぜか読み取られて、泣き顔の彼は頷いた。


「はい、イヴァンですよ。あなたの義弟です」

見たことのない美しい顔の成人男性は、私の頬に手を触れた。


…本当に、イヴァンなの?


私は自分の頭から天井に向けて手を動かすと、イヴァンだと言う彼は泣きながら笑った。


「あれから20年経ったのです、背も伸びますよ」

その言葉にびっくりして、目をパチパチさせてしまった。


…ようやく事態が飲み込めてきた気がする。

私よりずっと小さかったイヴァンも、時の流れで大人になっていてもおかしくないのだ。

自分だけ取り残されたような、恐怖に似たものが迫り上がってくる。

それに気づいたかのように、イヴァンは私の頭を優しく撫でた。

その眼差しが、ここにいていいと言われている気がして、力が抜ける。


「姉様は15歳のままのようですね。僕の方がお兄さんになってしまいました」

昨日までのイヴァンはまだ7歳だったけれど、今は27歳ということ…?


そうか、成長したイヴァンを今見られているのか。

それは奇跡に近くて、嬉しさが込み上げてくる。


「姉様、よかったら僕と家に帰りませんか?」

《…でも》

「家には僕しかいません。父も母も亡くなったので、子爵家の当主は今は僕なんです」

《…!》

「ですから、姉様に危害を加える者はもういません。いたとしても、僕が必ず守ります」

その力強い言い切りと、表情に、縋りたくなる気持ちがした。


「あの頃、姉様を守れなかったこと今でも後悔しています。…今度こそ、僕に守らせてくれませんか?」


神殿にいるよりは、イヴァンのところの方がいいかもしれない…。


お願いしますと頭を下げると、泣き顔のイヴァンは、7歳の時の私の知っている笑顔を見せてくれた。




あれからイヴァンに連れられて実家に帰り、回復食を食べながらゆっくり過ごした。

あたたかい布団、柔らかいドレス、親切な使用人。

そしてイヴァンが、「何もしなくていいからゆっくりしてください」と言った通りに、穏やかに時が過ぎていく。


まるで、子どもの頃みたいだった。

13歳まで両親が生きていた頃のようで、息がしやすかった。


不慮の事故で亡くなった両親の代わりに子爵家を継いだのは、父の弟だったイヴァンの両親だった。

私は追い出されることなく養子にしてもらえて、なんとか生きていた。

叔父夫妻に殴られても、罵詈雑言を浴びせられても、部屋に監禁されても、死ぬよりはマシだと言い聞かせていた。

そんな中でも、イヴァンは心の拠り所だった。


なぜかイヴァンは私と一緒に居たがって、そばにいてくれた。

その時だけは、叔父夫妻からあらゆるものが飛んでこなくて、一時的に休めた。

それだけでも十分だったのに、「セリーナねえさま」と慕ってくれていた。


だから、あの贄の儀式の日の悲痛な顔のイヴァンが目に焼き付けた時、唯一の心残りだった。


それと同時に、イヴァンが安全に暮らせる土地になるなら、人生の結末がこれでも悪くないと思って、意識を手放した。


「姉様、具合はいかがですか?」

「ずいぶん、いいの」

「それならよかった」

イヴァンは私の隣に座って、私の肩を抱いた。


養生のおかげで、少しなら声が出るようになった。

イヴァンが手配してくれたお医者さまにも、長年の眠りで体力が衰えているだけで、健康に問題はないと言われた。

何より15歳のまま固まり、15歳のまま目が覚めたので、若い分回復が早かった。


イヴァンは私といる時は、あの頃以上にベッタリくっついている。

必ず私の手を握ったり、肩を抱いたりする。

たまに、膝の上に乗せて抱き締めてくる。

最初は戸惑っていたけれど、「姉様がここにいるという実感が湧くので…」と悲しそうな顔で言われたら、断る理由がなかった。

私に触れるたびに、安心したように息をつくイヴァンに、心が締め付けられるようだった。


「姉様には、爵位もお返ししたいんですけどね」

イヴァンは、私がこの家に帰ってきてから、そう口にするようになった。

その度に、首を振った。

「わたし、こうけいしゃきょういく、とちゅうだったから、むりよ」

「そんなの僕が教えますし、補佐だってしますよ」

「りょうみんも、しらないひと、こまるわ」

「救済の乙女の領地なんて、それだけで値がつきますよ」

それには曖昧に笑うしかなかった。


なりたくてなったわけじゃないけれど、私が目覚めたという知らせが街に広がると、国中が救済の乙女フィーバーになった。

あちこちから一度お目にかかりたいだの、結婚の申し込みだの、来ているらしかった。

全部イヴァンが捌いてくれているから、私は詳しく知らない。

何か来る度にイヴァンは、「姉様は国のためにもう尽くしたんですから、好きにしていいんです」と言うのでお言葉に甘えている。


「それに、めいよしゃくい、の、はなしもあるし」


そうなのだ、王家から一代限りの爵位を授けるという話も来ていた。

どうしていいのかわからなくて、保留にさせてもらっている。

イヴァンが「現状を飲み込めていない義姉を急かせないでもらいたい」と王家にまで抗議したのには驚いたが、正直助かっている。

いきなり爵位あげるぞとか言われても…。


救済の乙女になった時は私のことを救ってくれなかったのに、目覚めた途端これかと、苦い気持ちがする。


だけど、イヴァンだけは『私』を見てくれる。


それだけで、あの頃みたいに心休まる気持ちだった。


「イヴァンは、いつ、しゃくい、ついだの?」

「今から10年前ですよ」

「!」


17歳で子爵家当主になったの…?


びっくりしてイヴァンを見上げると、困ったように笑った。


「僕の両親が亡くなったので、そのまま」

「…そう」

「もう継げるだけの実力も備わっていましたし、いい頃合いかと思いまして」

「…?」

「あ、両親は馬車の事故で死んだことになっていますが、あれは僕が仕組んだんです」

なんでもないことのように言って、「これ内緒ですよ」と笑った。


今、なんて…?


「だって、姉様の両親をそうやって殺した奴らですからね。同じ目に遭っても、文句は言えませんよね?」

「え…」

「あいつら、爵位欲しさに姉様の両親を殺したんですよ。挙句、姉様から全部を奪いやがって…」


どういうこと…?

だって、両親は雨で馬車が横転したって…。


「姉様を国に捧げた時に、あいつらから何にもかも奪ってやると決めていましたが、自分の親が人殺しなどという下郎だとわかった時は、さすがに僕も死にたくなりましたね」

その顔がなんとも言えない泣きそうな顔で、私は思わずイヴァンの頬に手を伸ばした。


「あいつらを殺しても意味なかった…。セリーナ姉様がいなければ、変わらない地獄だった」

虚な顔でそう言うから、喉がキュッとした。


「僕から姉様を奪ったものが、全部憎かった。なんで生きているのかもわからなかった」

イヴァンは、縋るように私を見た。


「でも、死なないでここまで生きててよかった…。もう一度、姉様に会えた」

私の手に重ねて、イヴァンは猫のように擦り付いた。


「姉様を守ると言いましたよね?この世の全てから守るので、姉様は姉様の好きにしてくださいね」

「でも…」

「王家がもう一度姉様を寄越せと言ってきたら、王族殺しにでも何にでもなりますから」

「それは、だめ…!」

「駄目なことはありません。姉様を害する奴は1匹残らず排除します。…あの時、守れなかった自分が許せないんです」

「イヴァン、まだ、ななさいだったじゃない…」

「ええ、無力で、何も出来なかった自分が憎かったですよ」

「あのころだって、わたしをまもってくれたのも、わたしのためにないてくれたのも、イヴァンだけよ?」


揺れている瞳を真っ直ぐに見つめ返して、そう言った。


「イヴァンがいたから、わたしいきていられたの。だから、もうじゅうぶんなのよ」


私の言葉に、イヴァンは息を詰まらせて、そのまま私の肩に顔を伏せた。


私のドレスの肩口が、温かく濡れていって、私はイヴァンの頭を包むように抱き締めることしかできなかった。



この穏やかで優しい時間が、ずっと続いたらいいと思っていた。


「第二王子殿下の婚約者…?」

王家の使者がやってきて、そう告げた。


救済の乙女への求心力の凄まじさに、王家の威信に使えると判断されたらしい。


…ここに来ても、私の意思というものは関係ないらしい。


そもそもこれでも子爵令嬢だったのだ。

当たり前と言えば、当たり前のことかもしれない。

イヴァンの元で、自分の尊厳みたいなものを取り戻していたからか、その決定事項は救済の乙女の時ほどに、血の通っていないものに思えた。


「…わかり」

「義姉をこれ以上愚弄するというのかっ…!」

イヴァンは立ち上がって、使者に向かって怒鳴った。

その目は血走っていて、見たことのないイヴァンに体がビクッと震えた。


「これは名誉あることでして」

「それは姉様が決めることだ!貴様らは、また姉様から奪うというのだなっ!?」

「王がお決めになったことです」

「そうか。だとしたら、姉様を害すものは排除するしかないな」

イヴァンの声が終わらないうちに、目の前の使者から血飛沫が飛んだ。


一瞬、何が起こったかわからなかった。


隣のイヴァンの手には剣があり、それが使者の胸を突き刺していた。


私がこの家で見た、最後のイヴァンだった。



私は玉座の前で、地面に頭を擦り付けて、必死にお願いしていた。


「私はどうなっても構いません!おとうとを、義弟を助けてくださいませんか!?」


イヴァンは、王城の牢に連れて行かれた。

私を守ってくれる人はもういない。

そして、イヴァンを守れるのも私しかいない。


「…もう一度っ、救済の乙女になります!」

私の言葉に、周りの人間がどよめいた。

それには、期待と安堵が含まれていることを感じ取って、一気に言い切った。


「私の魔力の器からして、あと300年ほどは結界を保たせることが出来ると、神殿から言われております!我が国の安寧のために、この身をお捧げいたします…!ですから、義弟だけはお助けください!」


王は表をあげよと言った。


恐る恐る顔を上げると、かつての叔父夫妻と同じくらい、顔を歪ませて笑っていた。


「そなたの申し出、聞き入れてやろうではないか」


…ああ、私の運命は、結局これだったんだ。




国をあげてお祭りが行われた。

救済の乙女が自らもう一度術を受けると、国中が喜んだ。

やっぱり顔を歪めてくれたのは、イヴァンだけだった。


「セリーナ姉様、どうして…」

「イヴァン、生きていてくれてありがとう。また目が覚めた時、あなたがいてくれてどれだけ安心したか」


あの日の使者は、一命を取り留めていた。

イヴァンの件は緘口令が敷かれ、罰金刑だけで済んだ。

救済の乙女の生家が取り潰すことの方が、国民からの不満が出そうだという判断だった。

イヴァンには、死ぬまで家を守れと命が降った。

勝手に死ぬことも許されなくなった。

そんなのに縛り付けたことだけが、心残りだった。


「私ね、あの時もイヴァンが生きていくここが何にも脅かされないなら、これで悪くないって思っていたのよ」

「…そんなこと、言わないでください」

「泣かせてばかりの姉でごめんね」

「…姉様、置いて行かないでくださいっ」

「イヴァンが私を守るって言ってくれたの嬉しかった。本当に守ってくれたのも」

「でも、僕のせいで、また…!」

「私もイヴァンだけは守りたかった。だから同じ気持ちでいてくれたのが、他の何よりも嬉しかったのよ」

「…姉様、ねえさ、まっ!」


イヴァンは再会した日と同じくらい、強く私を抱き締めた。

私も、同じだけの力で抱き締め返す。


「乙女、時間です」

業務的な声が、私たちに降ってきた。


祭りの最後には、街の真ん中に特別に用意された祭壇の上で、贄の儀式が行われる。

あの時と違って、多くの人間に見守られながら、私はまた眠りにつくらしい。


「…ねえ、イヴァン。最後に我儘を言ってもいいかしら」

私は誰にも聞かれないように、イヴァンの耳元で囁いた。


「なんでも、言ってください…」

「私のことだから、また20年後くらいに目が覚めちゃう気がするのよ」

「…っ」

「だから、その時がもし来たら、また迎えに来て欲しいなって」

「かならずっ、必ず姉様を迎えに行きますっ…!」

「えへへ、ありがとうイヴァン。…行ってくるね」

周囲の早くしろという気配をよそに、私たちは顔を見合わせた。


一度目と同じく、ぐちゃぐちゃの泣き顔のイヴァンが、頑張って笑ってくれた。


「…ずっと、セリーナ姉様の帰りを待っています」


その声に頷いて、名残惜しい気持ちを押し殺して、互いに手を離した。


生贄になろうと、私そのものは誰にも奪えない。


それは、戻ってからイヴァンが私に新しく植えて育ててくれた思いだ。

だから、大丈夫。


私はイヴァンに背を向けて、自分の足で祭壇へと歩いていった。




お読みくださりありがとうございました!!  毎日投稿68日目。

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