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1. 高速バス狂騒曲

 雨の中自宅を出た後、路線バス・電車・高速バスと乗り継いで、昼前に、東京最大の高速バスのターミナル・バスタ新宿に着いた。外はあいかわらずの雨模様。


 到着フロアからエスカレーターに乗って、ひとつ上の出発フロアに移動。カウンター頭上の電光掲示板に目をやる。おびただしい時刻・バス名・行先のリストの中から、13時発仙台行きを探すと……やっぱり「満席」表示。分かっていたこととはいえ、苦々しい思いで一瞥し、とりあえず置いといて、まずは昼飯にしよう。


 近場のファミレスに入って、ランチのハンバーグ定食を食べながら、これからどうするか思いを巡らす。


 まずは、キャンセルに期待して運転手との直談判。高速バスは、満席と言っていても実は1つ2つ空いていたりして、この方法で乗れることもあるが、こと仙台行きは人気なようで、思えば去年もこれで失敗している。


 ダメだとすると、20分後に別の会社の仙台行きがあるのだが、福島に寄るバスなので仙台着が遅くなるのがデメリット。それならば、いっそ直接青森行きの夜行バスで行ってしまおうか……。


 普通、長距離移動に夜行バスは定番のはずだが、だいぶ前に何度か乗って、眠れず次の日を棒に振った記憶がよみがえる。できれば避けたい。でも、バス2本乗り継ぐよりはるかに安いうえに宿代もかからず、明日の朝には青森に着ける。しかも空席がありそうだ……心が揺れる。


 思えば、かつて青森と札幌を結んでいた「急行はまなす」という夜行列車に何度か乗ったこともあるし、バスと列車の違いこそあれ、夜行でも何とか耐えられるのではないか。


 そんなことを考えながら、食べ終えた後も店で時間をつぶし、ほどよいタイミングでバスタに戻る。まずは、第一希望の仙台行きバスの乗り場へ。場所を確認して向かうと、よく見かけるデザインの、そのバスが止まっている。


 ちょっと離れて見ていると、まずはバス停に列を作っていた面々が、一人ずつ運転手に切符を見せながらバスの入り口に吸い込まれていき、それが終わると、あとは一人一人バスに近づいてきては、同じように乗り込んでいく。それも途切れて、発車時間も迫ってきたところで、さあ運命の直談判。バス入口に立つ運転手のところへ。


「すみません、キャンセル出てないですかね?」

 バスのドアの横で座席表片手に立っている、年配の運転手に尋ねると、何も言わずに手元の座席表に目を落とす。あまり愛想がいいほうではないようだが、こういう運転手、嫌いじゃない。どうやら、予約した客が2人ほど来ていないようだ。すると、イヤホンをして横に立っていた、バスタの若いスタッフから、「今1人向かっています」との声。


 2-1=1。じゃあ1つ空きが出るんじゃないか……当然そう期待する。だが、そのとき運転手が、あいかわらず手元の座席表を見たまま、

「でも切符買ってきてもらわなきゃいけないねえ。窓口で買えるのかな……」

 そう、それが次の問題だ。バスタのスタッフが答えて言うには、

「満席表示だと買えないので、直接手売りになりますね」

 それができるかどうか、やってくれるかどうかが、まさに運命の分かれ道。さあ、どうなる……。

 スタッフの言葉を聞いた運転手は、座席表に落としていた視線をこちらに上げて

「……満席、ですね。」


 運転手は、あいかわらず無表情のまま、こともなげにバスに乗り込み、ほどなくドアが閉まる。見慣れたカラーリングがさっきより幾分色あせたように見えるそのバスは、運転手と同じように無表情のままゆっくり動き出し、そして、バスタ新宿の出発フロアを去っていった。


 かくして、2年連続で同じバスを見送ることになった。


 バスタの待合室に戻り、さあどうするか、と再び考える。がっかりしている場合ではない。昼行バスにするなら、もう発車まで20分を切っている。このバスとて、乗るには直談判が必要なのだが。幸い、昼飯を食いながらシミュレーションしておいたおかげで、考えはまとまっている。


 今日着くのが遅くなる昼行か、眠れる自信のない夜行か……。

 最後にもうひと迷いして、決めた。

 久しぶりに夜行バスに乗ってみよう!


 そう決めたら、今度は夜行バスを選ばなきゃいけない。


 東京から青森駅までの夜行バスは、いろいろな会社がいろいろなタイプのものを走らせているが、3列シートに絞ると、見つけた範囲で2路線。


 1つは、東京駅発盛岡経由青森行きで、安いが残り1席。もう1つは、東京駅発バスタ新宿経由青森行きで、席に余裕があるようだが高い。


 バスタ新宿に寄るほうを選べば、東京駅まで移動する必要もないのだが、東京駅まで行けば、安いほうのバスに乗れるかもしれない。運試しかたがた行ってみるか……。ここで、自分の貧乏根性と、ある種の「遊び心」が首をもたげる。


 我が身の命運に翻弄されたり、迷い悶えたりしているようでいて、こうして結構旅を楽しんでいるのかもしれない。


 地下鉄で東京駅へ移動すると、雨は止んでいた。八重洲口のバスターミナルの窓口で尋ねると、安いほうのバスがまだ1席残っているという! ここでようやく、北へ向かうバスの切符を手に入れることができた。


 次に考えるのは、バスが発車する夜10時までの過ごし方だ。まだ晩飯にも早いので、どこで過ごそうか……。なるべくのんびりできるところで、いろいろ調べたりして過ごしたい。駅周辺にそういう場所もなさそうだな……としばらく考えていると、東京国際フォーラムまで遠くないことを思い出した。あの中庭ならのんびりできそうだ。


 10分くらい歩いてそこに着くと、ビルに挟まれた中庭に長蛇の列ができている。ベンチの空きを見つけて座り、この平日に何の公演だろうか、そりゃ東京国際フォーラムのこと、何かやっていても不思議じゃないよな……などと思いながら、幾重にも不規則にのたくる行列を見るともなく見ていると、少しずつホール入口へ吸い込まれていき、やがてうそのように静かになった。望みどおり、のんびり検索などして過ごす。


 東京国際フォーラムといえば、クラシック音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ」で何回か来た。最後に来てから何年もたつので、懐かしさを感じるくらいだ。今は人もまばらなこの中庭が、ケータリングカーでいっぱいになり、小舞台を設えての生演奏や過去のコンサート映像の音楽が流れるなか、みんな食事やアルコールを楽しんでいて、実に華やかだった記憶がよみがえる。コロナ禍の打撃を受け、何年か中止が続いているが、次はいつ頃、あの祝典的な雰囲気を味わえるのだろうか……。


 おおかた日も暮れきったころ、東京国際フォーラムを後にして、まず晩飯を済ます。それから向かったのは、東京駅から20分くらい歩いたところにある銭湯、その名も「銀座湯」。まさか東京のど真ん中で銭湯に入る日が来ようとは思ってもみなかったが、夜行バス泊といえども風呂ぐらい入りたい。


 よそ者からすると、「銀座に銭湯」というのがなんともミスマッチに感じるが、考えてみれば、銀座は浅草などと並んで東京有数の下町でもあるのではなかろうか。


 中はかなりきれいで洗練されていて、さすがは銀座。銭湯にはめずらしく、シャンプーとボディーソープが備え付けてある。浴槽の奥の壁が、銀座の街角を描いたモザイク画に彩られていて、銀座の片隅で銭湯を営み続けるプライドが垣間見られるようで、印象深かった。


 はるか先に思えた発車時刻の10時10分だったが、風呂を済ませ、コンビニに寄ったりするうち、結局ギリギリになった。さあ、久しぶりの車中泊だ。


 乗り込んでみると、さすが残り1席だっただけあって、見事に席が埋まっている。少しでも寝やすいようにと、あえて3列シートのバスを選んではみたが、残り1席では当然窓側なわけはない。右にも左にも寄りかかれるものはなく、前も後ろも人がいる。深々とリクライニングできるシートなのだろうが、後ろに人がいたのではそうもいかない。発車の時点でもう10時過ぎだし、早々に寝入ってしまおうと思っていたが、これでは苦戦は想像に難くない。ほどなくバスは、夜の東京駅をゆっくりと後にした。


 すべてのカーテンというカーテンが閉め切られ、外の世界から隔絶された車内。今どこをどう走っているのか、全く見当もつかない。だから移動は昼に限るのだが……。まあいい。寝て移動できるのが夜行バスの最大の価値。寝てしまう気になれてちょうどいいじゃないか。


 とはいえ、比較的すぐに寝入ることに成功しても、リクライニングが浅いと、どうしても頭がどっちかしらに傾いてきて、首が痛くて目が覚める。体の向きを変え、寝入っては体の痛さで目が覚めてまた逆向きへ。こんな調子でどのくらい眠れただろうか。


 途中の休憩場所で降りるつもりはなかったが、早朝、最後の休憩場所だという秋田県内のサービスエリアで降りてみる。ん? 何か目が開かないぞ?


 なぜだかよく分からないが、目がよく見えない。朝日がやたらとまぶしい。それでも周りの車に気を付けながら、平静を装って歩いてみると、足つきもおぼつかない。これはまずい。いくらよく眠れなかったといっても、こんなふうになってしまうとは!


 降りて歩いてみてはじめて分かるこの現実。これじゃあ今日一日、先が思いやられる。


 トイレだけ済ませてバスに戻ると、ほどなくバスは青森へ向けて走り始めた。もう少し時間がある。寝よう。そんなこといっても、それほどよく眠れるはずもないのだが。


その後、結局どれくらい眠れたかよく分からないが、バスは定刻通り青森駅に着いた。降りて、頭と体の自己診断。サービスエリアの時より多少マシになった気もするが、状況はたいしてよくなっていない。あらためて夜行バス泊の厳しさを思い知らされた。


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