12. そしてまた高速バス狂騒曲
旅最終日の朝、宿を後にして高速バスの乗り場へ向かう。今日は1日、高速バスを乗り継いで帰るだけだ。
例によってバスの予約はしていないが、行きに2年続けて苦杯をなめたこの区間、帰りはどういうわけか、2年続けて無事乗れた。
あとは乗っているだけ。特に不安なこともない。天気は芳しくないが、のんびり景色でも眺めながら行こう。
仙台のビルの谷間を発ったバスは、いつの間にか街を抜けて長いトンネルを走ると、やがてインターに着いて東北道へ。
今年乗ったバスは、どうやら石巻始発のようで、高速に乗って最初の菅生パーキングで早くも1回目の休憩となる。
まだ乗ったばかりなのだが、せっかくなので降りて店の中を歩いていると、不穏な言葉を耳にした。
――那須で車両火災――
声の主は、どうやらあのバスの乗務員。急いで交通情報のディスプレイを探して見てみると、これからバスが向かおうとしている東北道の上り線、那須インターの先で、通行止めのマークがつれなく道をふさいでいた。
またか……。
去年の忌まわしい記憶がよみがえる。そう、去年も同じ東北道で、車両火災の通行止めに行く手を阻まれたのだ!
去年の旅初日、福島経由の高速バスで仙台へ向かっていたときのこと。
次の日朝早かったので、少しでも早く仙台に着きたいと思っていると、いよいよ宮城に入るという最後の休憩場所・国見サービスエリアで、運転手が本部と何やら電話で話している。
ほどなく、その運転手から「この先、車両火災で通行止めですので、次の白石インターから村田インターまで、一般道で迂回します。」との声。
そのとおりに、バスは夕闇に輝く発煙筒に導かれて白石インターを降り、真っ暗で見えないが、一般道らしき道を一般道らしきスピードで走っていく。やがて山道と思しきところを走り抜け、ようやく着いた村田インターから再び高速バスとなり仙台に向かったが、早く着きたいとの願いもむなしく、1時間近く遅れたのだった。
まさか、まさか2年連続で車両火災に阻まれるとは!
だが、まだ那須までは距離がある。時間がある。それまでに何とか復旧してくれれば……。菅生パーキングを出るとき、運転手は何も言わなかった。きっと乗務員陣もそれを期待しているんだろう。
バスはパーキングを後にして、この先のことなど気にも留めずに東北道を飛ばしていくが、こちらはそうもいかない。今日は帰るだけといっても、この先の乗り物にも限りがあるのだ。
行く手に交通情報の案内板があれば鋭くにらみ、手元では交通情報サイトを開いて、ときどき更新ボタンをタップし続ける。どっちも、あいかわらず通行止めの一点張り。
サイトのほうでは、たまっている車を誘導したとか、消火が終わって路面の補修に入るとか、ごくたまに情報の更新はあるのだが、通行止めなことに変わりはなく、開通の見込みも教えてはくれない。
仮に開通が間に合わないとして、迂回するならどこをどう走るのだろうか。手元の地図を開く。
たいていは、去年のように、直前のインターで下りて直後のインターから乗るだろう。だとすると、そのあたりで主要な一般道である国道4号は、高速から何キロか離れていて、逆コの字型に走ることになり、なかなかのロスになりそうだ。
1つ手前の白河インターなら国道にダイレクトに出られるが、一般道走りが長すぎる。他の車ならそのルートをとるかもしれないが、高速バスに限ってそれはないだろう。
仮に距離のロスが大きくても、スムーズに走れさえすれば、時間のロスはそれほどでもないはずだ。幸い、那須あたりは大した街中ではない。
ただ、今この大動脈を走っている車全てが流れ出していったとき、はたしてどうなるか……。
そんなことを考えるうち、バスは福島県を走り抜けて白河インターへ。
窓の外を眺めていると、白河インターの先あたりで、一瞬おぞましい光景を目にした。高速道の下をくぐる片側一車線の道路に、おびただしいトラックが長蛇の列をなしていたのだ。
あれはきっと国道4号に違いない。距離のロスを嫌ったトラックたちが、白河から国道へと出ていったということか。いや、違うかもしれない。見なかったことにしよう……。
結局、開通の情報はないまま、現場の手前にある2回目の休憩場所、那須サービスエリアに着いた。
昼飯のための少し長めな休憩からバスに戻ると、運転手がマイクで乗客に告げる。
「この先、車両火災で通行止めとなっております。次の那須インターからその次の黒磯板室インターまで一般道を迂回運行します。遅れが発生することが見込まれます……。」
バスにいる誰もの期待に反して、開通はこのバスの通過に間に合わなかった。
サービスエリアを出たバスは、ほどなく着いた那須インターで左へ寄り、屈辱のランプウェイへ。ああ、行くはずだった本線車道がどんどん右へ遠ざかっていく……。
インターを出てしばらくは、那須の森の中を行く。このあたりは不思議なほどスムーズだが、敵はこの先に待ち構えている。
やがて国道に合流する側道に入ると、はたしてバスは少しずつスピードを落とし、そしてその渋滞の一部となった。分かっていたこととはいえ、現実はいつも手厳しい。
バスはほかの車と一緒に、動いたり止まったりを繰り返しながら、少しずつ進んでいく。高速バスに乗る以上、渋滞は覚悟せねばならないが、それでもつらいものだ。それも迂回の一般道でとは……。
元々眺めが開けるような道ではないうえに、天気がいいわけでもなく、外を眺めていても何ひとつ面白いことはない。ただただ苦痛な時間が続いていく。
永遠のような時間が何十分か続いたのち、那須塩原の駅にほど近いところまで来て、バスはおもむろに右折し、ようやく国道と渋滞から解放された。あとはインターまで行って高速に戻るのみ。
だが、事はそうスムーズに進まない。大通りからインターへの道に入ると、なぜかまた渋滞が始まる。ここはいわゆるスマートインターで、それほどの需要を見込んだ造りになっておらず、レーンの数が少ないのだ。
またも永遠をやり過ごし、やっとの思いで懐かしの東北道に戻ったころには、ちょうど1時間が過ぎていた。
地獄の迂回はようやく終わったが、行く先の憂いはなお続く。手元で検索するものが、道路の復旧状況から乗り物の時刻表へと変わっただけだ。
このバスに乗ると決めたときから、家までの乗り物のタイムスケジュールを頭に描いていたが、そんなもの、とっくに崩れ去っている。一体いつ新宿に着き、何時の甲府行きのバスに乗れ、その先どの電車に乗りかえられるのだろう。
いつ新宿に着くか分からない以上、その先のことを考えても詮無きはずだが、その詮無きシミュレーションくらいしか、もはやする気にならない。栃木から埼玉、都内と進んでいくバスの中で、人知れず悶えながら過ごし続けた。
やがて、はるか彼方に思えたバスタ新宿に、バスは1時間ちょっと遅れて滑りこんだ。甲府行きのバスは10分後に出る。このバスに乗れば、そこまで遅くならずに帰れそうだ。バスを降りるや否や、出発フロアへ上るエスカレーターに直行し、歩いて登る。10分あれば、そこまで急がなくても間に合うのだが……。
出発フロアには自動券売機があるのだが、発車直前になると、席が空いていても買えないことを知っている。窓口に直行して、「今出る甲府行き1人お願いします。」
無事切符を手にし、乗りなれたバスに乗り込む。ほどなく、そのバスと一緒に、滞在時間10分でバスタ新宿を後にした。
やれやれ、ほっと一息……といきたいところだが、憂いの種は尽きない。すぐに、甲府駅で乗り換える電車と、そこからさらに乗り継ぐ路線バスのシミュレーションを始める。甲府まで、まだ2時間かかるのだが。
車窓から見える首都高の流れが少しでも悪くなるたびヤキモキし、とにかく時間通りスムーズに走ってくれ……と、それだけをひたすら祈り続ける。
幸い、中央道に入ると流れがよくなり、高速バスらしく飛ばしていく。1時間半ほどそうして走っていくと、バスは勝沼のインターで高速を降り、こんどは国道を進む。ここもまだスムーズ。
ところが、国道を離れて石和を過ぎると、バスはだんだん遅くなり、止まった。前には延々続く車の列。
時計を見ると、5時。
そうだった……。
この時間になると、このバスは夕方のラッシュに巻き込まれるんだった!
甲府は、首都圏と比べると人口も少なく、言ってみればのどかな都市なのだが、そうは言っても甲州の都、それなりに車は多い。しかもこのバスは、石和から昔ながらの狭い道を走っていくのだ。
バスは時々止まりながらゆっくりゆっくり進み、時は刻々と過ぎていく。時計を見るたび、これくらいの遅れならこの電車に乗れるか、もっと遅れたら次のこの電車か……などと、またも詮無きシミュレーションを繰り返す。田舎といえども電車は遅くまで走っているが、路線バスはそうもいかない。タイムリミットは迫っている。
今日何度目かの永遠が過ぎ、定刻に着いたとしたら乗れていた電車の2本後もあきらめかけたころ、バスは甲府駅のロータリーへとたどり着いた。時計を見ると、その電車の発車3分前!
バスのドアから地上に降りた瞬間、スタートゲートから放たれた競走馬のように、人目もはばからず全力で走りだす。
造りの大きいターミナル駅のこと、こんなことをしても間に合う保証はないし、いい歳した男が大荷物を背負ってダッシュしている様はさぞかし無様だろうが、そんなことを考えている余裕があろうか。
エスカレーターを駆け上がり、通路を走り抜け、切符を買って改札をすり抜け、ホームへと駆け下る。途中、時計を見る余裕もなかったが、ホームへと下り着いたその時、なんとしても乗りたかったその電車は、ドアを開けたまま、そこにいてくれた。
乗りこんで、はずむ息を整えつつ、汗だくの身をシートに預ける。
ああ、これで帰れる……。
その電車から、都会では考えられないほど早い終バスに乗りかえ、最寄りのバス停で降りる。
とっぷりと暮れた暗い田舎道を、時折登りながらたどっていくこの家路は、年に何回か、長い旅をするときに幾度も歩いてきたもの。だが今回は、いつになく背中の荷も身体も重く、家までやけに遠かった。
でも、また、行くだろう。時が来れば、また旅に出るだろう。
雨に阻まれても、乗り物や宿に振り回されても、渋滞に立ちはだかられても。
その先に待つ、北の大地に憧れて。高山の可憐な花や胸打つ車窓を思い描いて。
そして何より、「行かずにはいられない」自らの心に応えるために。
完
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