10. 花、雪、そして庄内①
朝、宿を早々に引き払い、昼の弁当を買ってから、駅前のバス停で待つ。それなりの人数待っていたが、みんな直前の仙台行きに乗ってしまい、そのあとやって来た鶴岡行きのバスは、これから月山に登ろうというこの旅人1人だけを乗せて、山形駅前を後にした。
バスは高速に乗って、山形の盆地を横切り、やがて山あいに入ると、ほどなく西川バスストップに到着。
案内板に導かれて通路を進むと、高速の側道に出て、すぐ目の前に町営バスの待合スペースがある。ふつうの路線バスのバス停なのだが、しっかりした壁と屋根に囲まれて、なかなか立派なつくりをしている。
高速バスのバス停というと、とかく他の公共交通から隔絶したところが多い印象だが、鉄道がなく、高速バスが貴重な公共アクセスであるここ西川町、この町営バス乗り場の立地と待合スペースに、高速バスへの依存度のほどがうかがえる。
去年乗った仙台発の高速バスだと、着いてほどなく町営バスがやってくるタイミングなのだが、山形発だとだいぶ時間がある。
かといって、あたりに何かありそうなところでもない。前には高速道路の土手、後ろは林。時折高速を飛ばしていく車の音と、あとはせせらぎの音とセミの声が聞こえるばかり。
おとなしく、天気でも調べて過ごそう。今ここは薄曇りといったところだが、今日この先は……どうも芳しくなさそうだ。運が悪ければちょっと降られるかもしれない。
そうこうしているうちに、40分は思いのほかすぐに過ぎ、登山口行きのマイクロバスがやって来た。
バスは側道を下ると、町の中心街と思しきエリアに入り、役場や病院など、公共施設にひととおり寄りながら国道を進んでいく。
そんな街並みの眺めもいつの間にか尽き、やがて巨大なダムが見えてくると、国道を離れて山道へ。途中、公園や温泉街を通りつつ、標高を上げるごとに、道は狭くなり、坂もカーブも急になっていく。
これまで、いろいろなところで山に登るバスに乗ってきたが、たいてい田舎だし、道が険しいのもあるからか、総じて運賃が高いものだ。それがこのバスは、小1時間乗って、標高差もかなりあるところを、500円で登山口まで連れていってくれる。
時間が遅いのが玉に傷だが、ありがたい。
バスは、険しい山岳路をゆっくりあえぎつつ登りきると、終点の姥沢に着いた。降りるとそこは……霧雨。
それも、立っていると髪や服がみるみる湿ってくるレベル。
山の天気というものは、結局、行ってみなければわからない。平地とは条件がいろいろ違うので、どの情報を見てもあてにならないことが多い。
それだけに、今日のように、日にちが限られていて変更がきかず、しかも予報がはっきりしないときは、少しでもいいことを願って山までやって来るのだが、ダメだったか……。
問題は、レインウェアを着るかどうか。このまま降り続くようなら、着るしかないだろう。ズボンのすそが草に触れば濡れるし、ベンチがあっても腰かけて休むこともできない。
だが、いつも見ている降水短時間予報は、ほどなく雨がやみそうなことを言っている。レインウェアは、ひとたび濡れてしまうと、なかなか荷物に戻しにくい。なんとか着ずに済みそうなら、そうしたい。
さてどうするか……。しばらく迷ったが、イチかバチか、着ないで歩いてみることにする。
迷って、準備をして、歩きはじめるころにはもう10時になっていた。
少し進んだところのプレハブ小屋で、月山環境美化協力金というのを納める。
ここをまっすぐ行くと、夏まで滑れるスキー場があって、そのリフトは山歩きにも便利なので使うハイカーも多いが、右へ曲がって登山道へ進む。それほどの高低差でもないし、ここから登山道を歩いて登ったほうが、魅力的なスポットを楽しめるのだ。
歩き始めは樹林帯で、雨のしずくをまとった枝や笹が容赦なく触ってくる。レインウェアを着なかったのは失敗だったか、と心が揺れるが、意を決してそのまま進む。
やがてうっそうとした樹林から、右に谷側の眺めが開けるところまで来ると、霧雨が降っていないことに気づいた。これは運が向いてきたかもしれない。
とはいえ、あいかわらず空は灰色。向かいの山並みは中腹から下しか見えず、右前方にあるはずの目指す月山の姿など、望むべくもない。
仕方ない。今年はこういう日にしか月山との縁がなかったのだ。この曇天の下、見られるものを見て、楽しめるものを楽しもう。
しばらくは、右下がりの斜面の中ほどをひたすら登っていく。少しずつ木がまばらになり明るくなってくると、足元に花が見られるようになってきた。はじめのうちは種類も数も控えめだが、進むごとに木々が低くなっていくにつれ、どちらも増えていく。
それを楽しみながら歩いていくと、一旦木がなくなって、幾筋もの小川が道を横切るところに着いた。
あちこちからせせらぎの音がステレオで聞こえ、水の多いところが好きなリュウキンカが、鮮やかな黄色い花を点々と咲かせている。よくミズバショウといっしょに咲いているのを見てきた、思い入れのある花だ。
左の尾根のほうから流れてくるせせらぎの中に、ところどころパイプが顔を出していて、水を汲めるようになっている。ここは水場として紹介されているスポットだ。
恐らくは、すぐそこで湧いているわけではなく、もっと上のほうにある豊かな残雪からの雪解け水が、ある程度の距離流れてきているんだろうが、すくってみてもチリひとつ入っていない。去年に続いて、ボトルに入るだけいただいていく。
夏山を歩くとき、道すがらに水場があるのとないのとでは、準備にかなりの差が出る。質のいい水場がある山は、ありがたい。
あいかわらず右下がりの斜面に続く道を歩いていくと、初めは急だった斜面が、そのうち少しずつ緩やかになってくる。そうすると、木はよりいっそう低くまばらになり、眺めは開け、花が増えていく。足元には、濃いピンク色がかわいらしいイワカガミが目立ってきた。
やがて、低い木立すら完全に途切れて、草原状のところに着いた。そこで待っていたのは、月山で初めて出会うチングルマの群落。月山でも、最大のお目当てはこの花だ。
ほとんどのハイカーはリフトを使い、人通りがないこの道のこと、心おきなく道脇の石に腰かけて食事休憩にする。
霧に濡れた目の前のチングルマ、純白の花びらがうっすら透けている。花びらが濡れて透けるのはサンカヨウが有名だが、チングルマも透けるのか。
晴れた日には味わえない眺めに違いないが、それと引き換えに、よく晴れた日のあの輝きは、今は得られない。やっぱり、青空のもとに輝くチングルマが一番だな……。
どうしてもそんなふうに考えてしまうが、それでも、今目の前に咲いているのはまぎれもなく、我が愛しの花、チングルマ。風が吹けば、みな一斉に首を振る。
それをしばらく眺めて、ふと我に返り、腰を上げて先へ進む。
このあたりは傾斜の緩い木道が続き、実に歩きやすい。左には、いつからか残雪が見えはじめ、進むごとにその広がりを増してくる。この雪がチングルマの園を育むのだ。
少し行くと、さっきの何倍も広い草原がパッと開けた。チングルマたちが、そこここに思い思いに集まって咲いている。山頂でもチングルマを見られるが、途中だとここが最大の見どころだろう。庭の花を愛でる屋敷の主人のように、後ろ手でそぞろ歩く。
木道から少し離れたところでは寄り集まって一斉に風に揺れ、木道のすぐ脇では健気な瞳でこちらを見上げている。まったくこの花は、自らの咲くところを、どこでも楽園に変えてしまうのか。
出立が遅かった今日のこと、時間に余裕はないのだが、花のあるたびにどうしても足が止まる。これを目的に来たんだから当然だ。
そんな調子の庭園散策を終えると、リフトのほうから来る道が左から近づいてきて、合流。これまでほとんど見なかった他のハイカーを目にするようになる。それといっしょに、遠くに見えていた残雪も、少しずつ少しずつ左から近づいてくる。
関東あたりでは蒸し暑さにあえぐ7月にあって、豊かな残雪は贅沢な清涼感も味わえるし、高嶺歩きの醍醐味ではあるのだが、行く手を阻まれるとなると一転、厄介な奴に思えてしまう。この月山の残雪も、ほどなく道の先に立ちはだかった。
雪解けの後に咲く花を目当てに山を歩いているんだから、雪渓歩きはもはや付き物といってもいいのだが、いつもちょっとした緊張感を禁じ得ない。アイゼンがなくても何とかなる程度なものの、特に雪のふちは、溶けて薄くなっていて踏み抜いたり、逆に凍っていたりするので、場所を選んで心して足を乗せ、歩きはじめる。
視界は、さっきまでの、緑の中に白い草花が点在する平和な眺めから、汚れた雪と周りを囲む黒い枯草だけの、厳しい世界に一変していた。
雪の上には灰色の濃い霧が立ち込め、雪道の終わりを全く見せない。どこまでも無限に続く雪原を、目印のロープだけを頼りにひたすら歩き続ける他はないのだ。眺めもない。花もない。ただただ足を進めるだけ。
やがて行く手に地面が見えてきて、降り立ってひと息。だがすぐに次の雪渓がやってくる。1つ目はゆるやかだったが、次はなかなかの登り斜面だ。なぜか波打つ雪面の、その波をステップにして、一歩、また一歩、登っていく。去年も雪があったにはあったが、明らかに去年より多い気がする。たしかに、今年の冬は寒かった。
登りのときはまだいいが、何時間か後にここを下らねばならないことを考えると、気の重さしかない。この山を楽しむうえでの最大の関門といっていいだろう。花咲く楽園を訪うものへの試練か、神住まう山の結界か……。
結局、3つの雪原を歩きとおし、やっとの思いで稜線に登りつき、解放された。




