昔話4
でね?
(博士は転送装置を押した右ひとさし指を、上に向けて、インタビュアーの女性に抑揚をつけて話し出した)
私はね、時間を遡行するなんてことは不可能だって悟ったんです。
空間を固定する、
(右中指を立てて)
局所的に時間を逆進させる、
(右薬指を立てて)
空間を超越するほどの速度で打ち出す。
色々考えて、やってみたんです。
(中指薬指を再び握り、人差し指でこめかみをトントンたたく)
空間の固定は、たぶんできたと思うんですよ。
ほら、あの一帯。見えます?
(右人差し指を窓の外に向ける)
クレーター。吹っ飛んじゃったんですよね。
(あはは、と博士)
逆進は無理でした。ええ、もうまるっきり。どうしていいかわかりませんでした。
(しょんぼり、と博士)
超越する速度は。。。おお、恐ろしい。爆散はこの世で最も派手な死に方ですよね。
(ぶるぶる、と博士)
でね?
気づいたんですよ。
誰でも、一度だって、ちらっとでも、「もしこうだったらなあ」とか「昔に行ってやり直せたらな」とか、思ったこと、あるでしょう?
(どや顔で、インタビュアーに人差し指を向ける)
当然、貴女も。
(インタビュアーの女性が首を横に振る)
…は?ええ?ない?
ほんとに?
(インタビュアーの女性が首を縦に振る)
ちぇっ、それは……素晴らしく、幸せな半生だったんでしょう。
なんて傲慢!……ちっとも羨ましくないですがね!
(口ひげを右人差し指と右親指で何度もしごく)
ともかくね、私はやり直したい事ばかりですよ。
貴女と違ってね!
……こほん。だから、色々考えたんですよ。
私が欲しい事象に必要な運動量に対して、ヒトが再現可能な運動量は、砂粒ひとつにもなりません。まったくエネルギーが足りないって。
(人差し指と親指の腹がつくかつかないかの間で維持して)
でね?
物質転送が当たり前になったいま、転送装置もいろいろな場所にあるじゃないですか。
(博士の後ろにある転送装置を肩越しに指さして)
あの装置は簡単に言ってしまえば、空間を飛び越えた物質の交換です。
時間も距離も関係ない。
今や魔法とともに社会に欠かせないインフラの一つですよ。
未来にもこの技術や装置が無くなることは無い
でね?
未来にもこの技術や装置が無くなることは無いと仮定するなら、百年後、二百年後未来に、その装置に物質を送り込むことは可能なんじゃないかって。
逆もまた出来るんじゃないかって。
え?
じゃあ、なんで今まで未来から物質が送り込まれなかったかって?
いい質問ですね。
貴女にしては。
そりゃあ…なんで!?おこるんですか!?あぁ!殴らないで!
(インタビュアーの女性に、ぼこぼこに殴られながら、博士は非難の声をあげる)
(しばらくして)
ああ、痛い…
でね?
そりゃあ…まだ私がそれに対応した装置を作って無かったですもの。
貴女は、歴史的な瞬間を、実は目の当たりにしているんですよ!
(直後、後ろにある大きな転送装置から起動音がする)
な、なんです!私なにもやってないですよ
え、蟻?ですかね?おおき…
(博士は、インタビュアーの女性にすっと真剣な眼差しをむけて、人差し指で部屋の扉を指し示した)
逃げ…逃げ…いや、ちがう
これを撮って、私の功績を全世界に報道なさい!
貴女もすごい有名人になれますよ!
(転送装置から、人の腰ほどもある蟻の頭ような黒々とした物体がせり上がってきていた)
絶対生きて帰りなさい。
私が何とかするから。
(博士が転送装置に向かう後ろ姿を最後に映像が乱れ、)
逃げなさい!逃げろ!いま!はやく!貴女、いきなさい!
(音声で、終了する)
-現在『支配への戴冠』や『戴冠式』と呼ばれる蟲の大侵攻の発生場所で撮られたとされる、ある博士の取材記録の三次元映像