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第一話 ちょうど五百年前に

 ユリウス暦1524年 大永四年 旧暦二月


 転生したら日本の戦国時代だった。よく妄想していたことが自分の身に降りかかるとは思わなかった。というか実際に起こり得ることだとは思わなかった。世の中には神か仏か、人のおよび知らない“何か”があるのだろう。


 何故転生したのかについては、若干の心当たりがある。前世(という言い方が適切なのかは分からないが、取り敢えずそのように表現する)では何をするわけでもなく、日銭を稼いで只どうしようもなく生きていた。暇なときは大戦ものや戦国もののIF戦記や逆行転生小説を読んで自分なりにどうするのか妄想することが楽しかった。そのうち、自分でも書いてみようと思い立った。小さい頃から歴史やミリタリーは詳しいとは言えないが興味があったし、何より人生でどんなことでも良いから何かを成し遂げた経験が欲しかった。


 とりあえずは戦国時代において使えそうな知識を書き出してみた。小説の主人公としてお目当ての人物がいたので、その人物周りの歴史から手を付けることにした。我が地元には小学生の時分に習った石炭や石灰石以外の鉱山資源も豊富にあることであったり、隣県の有名な世界遺産が、その主人公が活用するのにちょうどよい時代に発見されたことであったりを初めて知った。昔から災害報道は気が滅入って仕方がないので、せめて小説の中だけでも出来得る限りなんとかしたいと1500年代から現代までの世界の大きな災害を年表にした。


 そんな物書きにはあまりにも心もとない資料集めで一旦満足してしまい、USBに詰め込んだその資料をプリントアウトしようと出掛けた道中で車に撥ねられた。撥ねられる寸前、とてつもない恐怖を感じた。嗚呼、何も為せずに一生が終わるのだと思った。いっそのこと妄想が現実にならないだろうか。最後の思考はそんな感じだったと思う。そうして次に気が付いたのは赤子として生まれた時だった。


 所謂転生特典やチートというもので翻訳がされているのでなければ、自分の耳に聞こえてくるのは日本語だし、少なくとも周りの人々はモンゴロイド、日本人に見えた。もちろん獣耳や尻尾など生えていない。服装は簡潔に言えば男女ともに着物姿だ。部屋は時代劇に出てきそうな和室であることや、出産時に母以外にも産婆や侍女がいたことからもある程度、いやかなり身分の高い家に生まれたらしい。


 ここまでお膳立てが整っていると、自分が書こうとした小説の主人公に転生したのではないかという思いが頭をもたげてくる。とは言え、ここが何時何処で自分が何者なのかを断定することは会話や歩行ができるようになるまで難しいと思っていたが、生まれてから恐らくひと月ほど経った時の父と母の会話が聞こえたことで確信に至った。

「太郎が生まれて間もないというのに上洛で離れることになる、すまぬなお時。」

「権中納言様、あまりお気になさらず。もちろん寂しゅうございますが、義父上義母上や皆様もお気にかけてくださりますので。上洛道中の権中納言様と玉姫様のご無事を太郎と共に土佐からお祈りしております。」

「そう言ってくれるとは、玉も喜ぶだろう。万千代もまだ三つで此度の上洛には連れていかぬ。母親と離れてむずかるかも知れぬから、太郎ともどもよろしく頼む。」

「はい、わかりました。」

「そういえば、山口の義父から手紙と贈物が来ておった。後で部屋まで届けさせておこう。」

「父上からすれば初孫ですから、さぞかしお喜びになられたのでしょう。」

 父と母の会話によればここは土佐国で、自分の名前は太郎と言うらしい。そして母の出身は山口のようだ。そう、自分は自分のお望み通りに一条太郎=大内晴持に転生したのだった。


 大内晴持は、西国一の大名家である大内家が滅亡する最初のきっかけとなった人物だと言ってよい。土佐一条家から養嗣子として山口入りした晴持は養父の大内義隆に非常に可愛がられた。眉目秀麗、文武両道で雅な教養にも通じていたという晴持は、大内家を継ぐものとして大いに期待されたはずだが、月山富田城の戦いにおいて撤退中に中海へと落水し数え年20歳という若さで溺死してしまう。義隆は目をかけていた義理の息子を失ったことで政治に対する意欲を失い、大寧寺の変で自害。クーデター側の陶晴賢に擁立された豊後大友氏出身の大内義長も毛利元就に滅ぼされ、大内家は歴史の表舞台から消えることとなる。まあ大内義隆が政治への関心を失ったという通説は令和においては否定されるようになっていたが、晴持の死後15年も経たずに大内家が崩壊したのは事実である。


 また生家の土佐一条家も将来は暗い。現当主である祖父一条房家の時代は順調と言えるが、父房冬は家督相続後2年で病死。現在3歳の万千代こと異母兄の房基は28歳で暗殺又は狂気により自害。そしてゲームでは最弱武将と揶揄される兄の子兼定は祖父が助けた長宗我部国親、その息子元親の侵攻により土佐を追われ、戦国領主としての土佐一条家は滅びる。


 しかしながらそれは本来の歴史において起きる出来事であり、赤子の一条太郎からすれば未来の話だ。大内晴持という人物は摂関家に繋がる土佐一条家の血と、西国一の大大名家で日明貿易によって莫大な利益を挙げている大内家の縁を持つという点において、乱世を終わらせるにはうってつけの存在だ。さらに長門と筑豊の炭田と石灰岩や、石見銀山と伊予の別子銅山など、大内家の支配地域やその近隣には社会や技術の革新を早めるための資源が多い。


 未来の知識を持ちながら戦国時代の大名家に生まれた以上、天下統一というのが一つの目標だろう。しかし500年後の世界を考えると宗教・植民地・イデオロギー対立など、日本の統一だけでは様々な悲劇がこの国だけでなく世界に起こり得る。自分がいつまで生きることができるかは分からないが、出来得ることならば世界統一の嚆矢となる人生を送りたい。前世では何事も成し遂げたことがないまま死んでしまった。この世ではそうはなるまい。


 …まあ言葉も話せない生まれたての存在では何も出来ない。まずは無事に大きくなる必要がある。腹が減っては戦ができぬと言うし、乳飲み子の間は食う・寝る・出すが最優先だな。寝る子は育つ、果報は寝て待て。


 ユリウス暦1525年 大永五年 旧暦一月 


 一条太郎、後の大内晴持に転生しておよそ1年が経った。この間気付いたことがある。一つは不快感などの感覚がどうやら鈍いということ。赤子なので便所に行くことが出来ず、当然オムツもないので垂れ流しだ。意識が令和の三十路男なら濡れたまま、漏らしたままで気持ち悪いと思うはずだが、その感覚がない。前世では昆虫の類が大の苦手で近くに飛んで来ようものなら大騒ぎしたのに、何も感じない。生きるために食わなければならないとは思い泣くことで授乳を求めたが、そこに空腹感はなかった。思うに車に撥ねられる瞬間の恐怖によってヒューズが飛んだような状態を生み出したのだろうか。もう一つは調べた知識が消えないことだ。前世の自分がどう過ごして来たかや、義務教育などで学んだ内容は人の記憶相応に忘れているのだが、戦国時代に役立つ知識として調べた内容は全て鮮明に思い出すことが出来る。ひょっとすると資料のUSBの中身が、事故の際に脳に焼き付いたのかもしれない。どちらもなんとまあ都合のいい話ではあるが、これからの人生には非常にありがたい。


 中身が成人済なおかげか、発声自体が可能になる生後1年、数え年2歳を迎えた正月にはほぼ話せるようになっていた。歩行もまだ体が育っていないなりに出来るようになり、付き添いはあるが自分で用を足している。乳離れも済み、食事もある程度は大人と同じだ。その成長速度に「鬼子」「狐憑き」などと思われないか心配だったが母やその周りは驚いてはいるものの、マイナスの感情はなさそうで安心している。


 一条太郎が大内家の養嗣子になったのは3歳の時だ。その時期に山口へと移動したかは兎も角、話自体はそろそろあってもおかしくない。その前に土佐で準備しておきたいことがいくつかある。父はまだ在京中だし、現在の当主は祖父の一条房家が健在だ。まずは祖父と母に話をする必要があるな。それが初陣になるだろう。



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