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恋愛イロモノ短編

愛する貴方のため泳いで参りました

作者: 大海烏

「フロート?何故キミがここにいる!?」


 私の愛する旦那様、キックボウド伯爵は澄んだライトブルーの目を見開いて驚く。


「ままま、まさか幽霊」



 何と失礼な。

 だがまあ常識的に考えて、正直そう思われても仕方がないか。


 私は1年ほど前に島流しにあった。

 それも行ったら二度と戻れぬと噂のエイトアイランドに、である。



「うそ……あり得ない」


 私が島流しになる元凶となった、この国の第八王女も酷く驚いた様子だ。

 ふっふーん、思い知ったか。

 何でも殿下の思い通りにはなりませんよ?


 まあ王女殿下の事はこの際どうでも良い。私は伯爵に向き直り、こう言った。


「ええ、泳いで参りましたわ。

 愛する貴方の為に」


  


 巷で婚約破棄が流行っていた時期に、私自身は大きな問題もなく無事に愛する伯爵と結ばれてその夫人となった。


 まあ小さな問題なら二つあった。

 問題の一つは、私が後妻であるという事。伯爵にはかつて愛する奥様がいたが元々病弱で二人の間に子供が出来ないまま亡くなってしまった。

 そして伯爵とは私が幼児の時に「大きくなったらお嫁さんになる」と口約束したくらいの長い付き合いでほんの少し、軽く15歳ほど私が年下である。

 故に、先に成人した先妻様に先を越された事は仕方ないと、その時は容認したのだ。


 もう一つの問題は、私と同世代であるこの王国の第八王女殿下も伯爵の夫人の座を狙っていた事。

 けれど王女殿下の愛は重過ぎて、策を弄するには稚拙で露骨過ぎた。

 愛する気持ちなら私も同じくらい、いやそもそも負けるつもりはなかったけど、亡くなった奥様に想いの残る伯爵の心にズカズカ入り込んで自己主張する様な下品な真似は、淑女の嗜みとしてやってはいけない事だと思った。


 何より生前の先妻様には大変お世話になり仲良くもさせて頂いて。


「私が死んだら、彼の事をお願いね」


 と私の手を取って、そう言って下さったのだ。


 その信頼に応えるべく控えめに伯爵を支えていこうという気持ちが彼にも伝わったのか無事私達は結ばれて、先妻様がついぞ叶わなかった一粒種である跡取り息子まで無事に出産する事が出来て、幸せな日々を過ごしていた。


 そんなある日、事件は起きる。

 私の旦那様である伯爵家に、収賄の容疑がかかったのだ。


 伯爵領の取り潰しは絶対に避けたい、将来の領主となる幼い息子の為にも。

 その結果妻の代わりはいても、優秀な領主である旦那様の代わりになる者はいないと伯爵を説得して、私が夫の罪を被って裁判を受ける事になった。


 そして私に言い渡された判決は王国でも最重罪の、エイトアイランドへの島流しであった。

 たかが島流しと思われるかもしれないが、貴族にとっては死罪や永久投獄より重いとされる。

 投獄なら政変で解放される可能性もあり、死の痛みは一瞬だが、島流しでは二度と帰れぬ遠方に追いやられ深い苦悩と失意のままその地で命を落とすことになる。


 そんな苦行を言い渡された私であったが、むしろ計画通りであった。

 そもそも島流しまでの一連の流れが、あの第八王女殿下の差し金であったのは情報として既に掴んでいた。

 ならば彼女に乗せられたフリをして、吠え面をかかせてやるのが最良だと思ったのだ。


   


「準備は出来てる?ジェスト」

「ええ奥様、全てお望みの通りに」


 今回の作戦には彼、発明職人ジェストの協力が欠かせない。

 私には前世の記憶があり、その能力の補完には彼の発明が必須なのだ。


 前世での私の名前は浮板(うきいた) ナオ。

 そして御先祖はあの戦国武将・浮板家直(いえなお)

 史実にも残る「泳いで参った」の台詞が余りにも有名である。


 関ヶ原の戦いで徳川家吉に付いた家直だったが、結果家吉側が負けてしまい島流しにあう。

 しかし江戸夏の陣では、流された島から急きょ江戸城に駆けつけて善戦する。

 結果として徳川家はこの戦いで滅亡し、その後は豊臣秀康を初代将軍とする大阪幕府の大阪時代が続くことになるが、浮板家は島から泳いできたという忠臣ぶりとその武勲により島流しとなった島に連なる一帯を与えられ、後世にも浮板諸島として名を残す。

 そして元々泳ぎが得意だった浮板家の末裔は、更なる水泳道を極める事となる。


 日本はおろか世界の水泳界でも目覚ましい活躍をし、オリンピックのメダルに何度も絡む功績を上げている。

 前世の我が父、浮板直樹も素潜りの世界大会では著名な人物だ。


 私自身もそんな環境で育った為、幼い頃から酸素ボンベを背負って父と海に潜った。

 本来スキューバダイビングの最年少資格所持は十歳から、無資格の場合同伴で付きで八歳からダイビング可能という規定があった。


 しかし父が動画サイトに当時六歳二ヶ月だった私のスキューバダイビングの勇姿を投稿した結果、ダイビング協会で大きな物議を醸した。

 結果ダイビング業界の宣伝を優先、世界的に著名な父の監視下なら安全というお墨付きも貰い特例的に年齢が引き下げられ、これは世界一で有名な某ビール会社公認の記録にもなり、いまだに破られていない。



 さて少し話が脱線したが相棒ジェストの話に戻る。


 彼は天才的な発明家であったが、天才すぎるゆえの突飛な発明の数々は世間で長く評価されずにいた。

 彼と知り合ったのは偶然で、たまたま私が夫の伯爵と領内散策中に、ジェストの発明の失敗に出くわした事による。


 空気を入れずとも膨らむ風船。

 彼はこれを使って空を飛ぶ事に挑戦していたが浮力が足りず、我々の乗る馬車の前に落ちて来た。


 しかし彼が失敗だと判断したこの発明は、前世で私が散々お世話になったアレとアレに応用出来そうだと考え、彼を雇用した。

 そして彼は、見事その二つを発明で実現化した。

 船乗りには確実に需要があり、商品にすれば確実に売れるであろうそれらを、あえて私は世に出す事を一旦止めた。

 それは私が島流しから帰って来てから商品化するつもりで、その前にお披露目してしまっては計画自体が無くなってしまう可能性があったから。




 さて島流し先であるエイトアイランドへ出航してほどなく、船は嵐に遭遇した。


 船自体は航行不能なまでに難破したが、私がジェストに作らせた発明品、ゴムボートと救命胴衣のお陰で一人の死亡者も出すことなく私達船員一行は難を逃れた。

 そして食料は、やはり彼の発明品である酸素ボンベのおかげで私が海に潜っての調達が可能だった。


 やがて予定より大幅遅れで私達一行はエイトアイランドに到着する。

 すぐにでも伯爵領に戻りたい所だったが、島でじっと機会を待った。

 第八王女が、彼女の立案通り動き出すまで。


 


「王女殿下、私が不在の間に貴女が動くのは想定内でした」


 私は第八王女にそう告げる。


「そして動きがあるとすれば離婚の喪が開けた今日をおいて他はないと」



 私と伯爵の結婚が決まった時、当てつけのように第八王女も侯爵家との結婚を決めた。

 相手の侯爵は私の旦那様よりも20くらい年上のおじいちゃん。財産目当て、もしくはすぐ死んで貰いたいと言う気持ちが見え見えであった。


 この王国では仮に前の旦那と死別、もしくは離婚した際には一つの決まりがあって、ほぼ1年、正確には11ヶ月経ってからでないと再婚が出来ない。

 これは仮に離婚直後に子供が出来た場合、離婚前と後、どちらの旦那の子供なのかが不明になるためだ。これは前の夫がたとえ高齢であっても例外ではない。


 そして私が島流しにあった直後、王女殿下の夫が亡くなったという一報を聞いた。

 つまり私がいなくなった、そして島流しでもう戻って来ないと確信した事で、王女は私の夫である伯爵と再婚する気満々だったのだ。

 私はそれを知ってたから、王女が前の夫との離婚から再婚できる直後に伯爵家に顔を出すだろうと、今日の日を選んで出向いた訳だけど。


「再婚を阻止されて、今どんな気持ち?」

「……ぐぬぬ」


 煽るような私の言葉に、王女は憎しみを込めて睨んでくる。

 でも私の仕返しはこれでは終わらない、終わらせない。



「第八王女、カニンよ」

「お、王弟教皇猊下っ゙!?」


 そこに現れたのは国王の弟君にしてこの国の宗教で一番偉い位にあたる教皇猊下であった。


「キックボウド伯爵を自分のモノにしようとする事を発端とする此度のそなたの数々の悪行、総て裏が取れた。

 追って沙汰を告げるが覚悟するように」

「グウウッ、わかっ……りました」


 悔しさを滲ませながらも王女がその場に平伏する。



「さて夫人よ、我が血縁が大変迷惑をかけた。

 なにか詫びをしたいので、好きな要求をするが良い」


 教皇猊下の言葉に特にないけどな、と少し考えて私は口を開く。

 

 

「では、彼女への処罰を私と同じ島流しにしていただけますか?

 なあに、もし島の生活が嫌なら泳いで島を出たら良いのです」

戦国ネタわからないとさっぱりな作品ですね

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