因果応報
いつ見ても不気味だな。
「おっかねえな」
ついそんな弱音が洩れた。
「なにいってるの?私達はい・つ・もお金ないよ?」
「おっかないって言ったんだよ馬鹿!あといつもを強調するな阿呆!」
「馬鹿かアホかどっちかにしてよね兄ちゃん。できればアホでお願い!空飛びたいし!」
「お前に特別天然記念物の生物の称号は与えたくないね」
プイッとわざわざ口に出しそっぽを向く馬鹿。
午前2時、俺たちが立っているのは寺の敷地内つまり境内だ。意味深な時間に意味深な場所になぜ居るのか。目的は肝試しでもお墓参りでもお祓いをお願いするためでもない。
住職に以前から頼まれていた物を渡しに来たのだ。
ぽっと暗闇の中に1つ灯りが灯る。
「丑三つ時に煩いな」
狸親父が不機嫌そうな顔で表に出てきた。
「坊主なのに口が悪いなあ」
「昼にありがたい説法をしているのだから夜は口が悪くなるんだよ」
この寺の住職はそう言いながら俺たちを中に招き入れた。
応接間に腰を落ち着けようとすると狸親父は一言持って来たのか?と俺に確認してきた。
「せっかちだなあ。そりゃあ。手ぶらでこんなとこ来ないよ」
風呂敷の結びをほどく。木箱が姿を表す。
「首を長くして待っていたんだ」
興奮しているのが解った。
「駄洒落だあ」
馬鹿が口を挟む。
駄洒落ではないだろう。洒落だ。
少しだけ木箱を開けるのを焦らしたくなった。
「ところで住職、何故これを欲しいんだ?」
「収集するのが好きでな」
即答だった。
部屋は暗く燭台を持っているはずの
住職の顔は不思議と蝋燭に照らされず表情が解らなかった。
カン……カン……
遠くで何か音が鳴った。
「またか」
暖かい灯火が住職の複雑な表情を映し出す。
「なんだ、この金属を叩くような音は」
「キツツキだろう」
狸はそう答えた。語尾のほうは生気がなかった。
「そんなことはどうでもいい、早く見せてくれ」
話をわざとらしく逸らした。いつもの狸親父らしさは消えていた。箱の中身を見たくて興奮しているからだろうか。
否、原因は他にある。
「わかったよ。そう焦んなよ」
木箱に手をかけ、蓋を開ける。
辺りが暗くなる。蝋燭の火が消えたのだ。
カン……カン……
先ほどの音が聞こえる。
「やめろ!」
突然住職が叫ぶ。
「やめてくれ!」
カン……カン……カン……
音が近づいてくる。
「南無阿彌陀仏……南無阿彌陀仏……」
必死に唱える住職。
それに応えるかのように遠くでゴロゴロと雷がなる。
暗い部屋を巡るお経、近づく金属音、雷鳴、雨音。
静かになった。刹那か永劫かそれは立場で変わるだろう。
雷光で部屋は一瞬白く照らされた。
狸親父は狐につままれたような顔だった。
また雷光。
「うわあああぁぁ!!!」
バタバタと袈裟を畳に擦る音が聞こえた。
「どうした、住職」
「あいつが………」
「あいつ?ああ……あれが欲しかったんだろ?住職」
障子に映ったのは首が伸びた人の形。
「住職。あなたが俺に頼んだのはろくろ首の首だっって事を忘れたのか?」
絶えずえずく住職。
酷く怯えているようだった。
するすると障子がひらく。
「ご住職……」
怯えた狸は両手で耳を塞いでその声を聞こうとしない。
縮んだその姿はまるで小動物のようで滑稽だった。
住職という高位な存在とは程遠い姿を見て哀れにも思えた。
決して住職に哀れみなどという感情を抱いてはいけないのに。