転校生
水森さな
整った顔立ちの女子生徒はそう発言した。
いきなり私に向かって友達になろうと詰め寄り、ハグをし、そして何が彼女の心を動かしたか分からないが親友とまで言い出した。全く訳が分からない。それは昨日の夜からだった。変化もない日常にいきなり父が現れる事態に驚く暇もなく、学校までこのような状況に嫌気がさすのも無理はないだろう。いい加減に夢から覚めろ私。
さなに連行され、一年一組の隣の席に座った私は、さなにじっと見つめられたまま、この状態を気まずいというクラスの女子達の言葉の意味がようやく理解した気がした。この場の空気感に耐えきれず、限界寸前。誰でもいいから誰か来てくれという声がどこからか伝わったんだか、ゾロゾロと女子の団体組が教室に入ってくる。肩の荷を下ろし、額まで汗ばむ汗が引いてくる感覚を実感しながらようやく一呼吸がつける。目を移すとさなは顎に手を当て、何か考え事をしているんだろうか、ノートになりやら文字らしきものを書いている。
「夕夏、あなたは絵が好き?」
またまたいきなり話しかけられたが、先程の耐性がついているのか、そこまで驚くことはなかった。
「絵は、まあ、普通くらいには、」
「あらそう?私はね、絵がとっても好きなのよ。絵は私の全てだから」
目をキラキラと輝かせながら生き生きと話すさなに目を奪われたのはきっと彼女が美人だからなのか。私とは違う系統の人を見て、羨ましいと感じているのか。答えは定かだが彼女の片隅に少しでも触れたような気がして胸が温かくなったのは気のせいではない。
ホームルームが始まりいよいよ学校生活が始まるのか、不満は拭えきれず、またいつもとは明らかにおかしい点でもモヤは晴れることはない。
先生の低い声が教室に響き、机に突っ伏していた生徒たちもしぶしぶと上体を前に起こす。どうやら私の日常はまだまだ大きく変わりつつある。
「転校生を紹介するぞ、入ってこい」
先生の指示があった後、ドアが軋んだ音を立てながらギシギシと開き、教室中の女子達の歓声が沸き起こった。どうやら男子らしい。私もゆっくりと顔を上げ、見つめると確かに唸った女子達の気持ちも分かる。芸能人かと間違えられるほどの端正な顔立ちに、私も目を離せなかった。さなは私を見つめるなり不機嫌そうな顔立ちで視線を合わせてくるので、見た目に反して意外と男子生徒が苦手なんだと思った。私の机を軽く叩きさなは、小声ではなくはっきりと呟いた。
「あら夕夏、あの男子のこと好きなの?」
「へ?」
「はあーーーーー??」
「えーーーーーーー!!」
さなのまたもやいきなりのカウンターに私は目を最大限に見開いた。女子達の怒りの形相が私に向けられ、肩が大きく上がる。
まずい、まずい、まずい。
さなは先程の質問が早く欲しい眼差しで見ていて、一方、周りの女子達は目も向けられない。
目をどこに向ければいいのか迷っていたが、ふと一つの方向に目線が行く。整いすぎだ顔立ちの男子は、私をじっと見つめたまま、目を大きく見開かせていた。これは本当にやばいなと頭がレッドカードを出している。この場から逃げなくては。逃げ道を失った小動物事私は、肉食類しか居ないこの地で生還することはゼロに等しい。
助けを求めるように先生に目を向けるも、Good Luckという映画で見る主人公が困難に直面した時の師範からの最後の鼓舞的なものを感じ取られとうとう崖っぷちに追い込まれた。絶体絶命という言葉がよく似合う状況だなと呑気に考える時間もなく、何か言わなければと震える口を開けるときだった。
「赤羽せい、よろしく」
鶴の一声とともに騒ぎまくった教室が静寂に包まれる。ありがとう、転校生。
嬉し涙もつかの間、赤羽さんは私の後ろの席に着座した。