夢から覚めないで
日が暮れ夜に差し掛かる頃、小さな明かりが灯る部屋に父と思わしき人物が立っていた。
部屋中に広まる温かな薫りとともに、私の涙腺は僅かに緩む。喉に詰まってある感情をなんとか吐き出したいが言葉が頭から生まれてこずにいる。父は素っ頓狂な顔つきで私を見つめる。
――父はこんな顔をしているんだな
父とは11年もの間疎遠となっていた。母は父の話などするはずがなく前に物置を片付けていた時に写真で見たくらいしか父の話題に触れたことはない。
けれどなぜ父が家にいるのか
そもそも母が父の事を許すとは思えない
困惑、疑惑、頭にあるのはそれだけ
父が私に話しかけるまでは
「夕夏、飯冷めるぞ。早く食べろ」
父は私が戸惑う様子に心底不思議そうな表情を浮かべ、手入れがされた綺麗なテーブル席に腰を掛けた。私が仁王立ちしたまま立ちつくすなか、片手で父の正面に見える椅子に数回叩く。どうやら座れということらしい。考えるよりも先に体が動いていて、指示通り父の座る正面の椅子に腰掛ける。どこを見ていいのか分からず、とりあえずテーブルに置かれてある湯気が湧いているご飯に目を向ける。
「母さんは昨日から出張だから寂しいな」
「え?」
父の唐突な発言。母の名前が出てきて私は少し驚く。母さんと何かあったんだろうか、私は怖くなり恐る恐る父の目を見て口を開ける。
「えっと、母さんとは仲直りしたの?」
「は?仲直りも何も母さんとは喧嘩してないぞ」
どういうことだ、父は私になにか隠してるのか、頭の収集が追い付いてこない。
「だって、私、11年も父さんに会ってなかったんだよ!今更帰ってきて驚くに決まってるじゃん!」
口から出た言葉は紛れもない事実。今更帰ってきてなんの真似だか、家族を見捨てて出ていったくせに。困惑から怒りへと私の感情は壊れかけていた。自分でもまだこの状況が信じることが出来ない。
「夕夏、何言ってるだ?父さんはずっとこの家に住んでるじゃないか、頭でも打ったのか?」
何かがおかしい、私はようやくこの事態を異変に感じたが、あえて気づかないふりをした。
これが夢かもしれない、朝起きてまたいつもの日常に戻るのが今の私にはとてつもなく恐怖に思えるから。
父が戻ってきたことに僅かな嬉しいという感情が湧くことを抑えるのに必死になってかき消した。
現実はいつも残酷だ。
だから、お願い。
夢から覚めないで