ニャアと鳴けなくても
写真を眺めているうちに、ふと、会いたくなりました。
わたしはネコという生き物らしい。
茶色と白に黒いブチ。
気付くと田んぼのまわりをグルグルと、バッタを追い掛けて遊んでた。
夫妻のお世話になったのは、ほんの気まぐれ。
あるとき寒かったから消火器のボックスで寝てたら、玄関を開ける気配。
なんとなくお腹が空いてたので食事にありつこうと飛び出し自己PR。
でもわたし、ニャアってキレイに鳴けないんだよねぇ。
ウキャキャとしか声が出ない。
「あらヘンな鳴きかたの迷いネコ! 捨て猫かな」
若ーい女の人。とっても優しそう。その横に恐そうな大柄のオトコが立っていた。
女の人、玄関のトビラをそっと開けてくれるものだから「おじゃましまーす」と無遠慮に中へ。
ところがエサなど無い。むろんトイレも無い。
女の人と大柄オトコはわたしを見て困っている。
こりゃ追い出されるぞ。
わたしは渾身の愛想でふたりの足元にじゃれついた。こんな行動とったのは後にも先にもない。
大柄オトコが女の人に何か話し、「ついて来い」と知らない部屋に連れていかれた。
ここは……?
「まずはキレイにしてやろう」
ま、マジかーっ! ヤメテくれーッ! ヘンタイ、チカン!
それにわたしは水がキライなんだーッ!
死んだ。ホント、死んだ。
後から知ったが使いやがったのは人用シャンプーで、それで全身くまなくゴシゴシされ、お湯をぶっかけられ、あまつさえ尻まで念入りにタオルでこすられた。
後悔、後悔。大後悔!
目を回してるうちに車に乗せられ、病院へ。
なんだか分かんないまま注射を打たれ、首の後ろに液をかけられ。ああ、散々だ!
ふたたび二人の家に連れ戻された。
「頑張ったわね。オナカ減ってるよね? ごめんね」
へ?
ナンデスカ、これ?
見たことない、まあるい器にいい匂いのする食べ物。
おさかなの缶詰め、ですね?! コレ?!
うう。
いっただっきまーす!
うんまいうんまい、うんまあぁぁい!
「あなたが選んでくれたネコ缶、おいしそうに食べてるわよ?」
「ああ、そう」
ぶっきらぼうの大柄オトコの目が優しい。
なぜ?
◆◆◆
わたしの名はマカロン。
名付け親は女の人。好きなお菓子の名、ではなく、好きなアニメキャラの名前だと言う。何だよそれ。
この人はわたしの中でお母さんと呼んでいる。
お母さんは常に優しい。頬ずりしてくれる。
でもわたしはウザイと感じて暴れて逃げ出す。それでも楽しそうに笑って許してくれる。
そしてもう一人。大柄オトコ。
彼はダンナ、わたしは畏怖の念を込めてそう呼んでいる。
ダンナをナゼ畏怖しているのか。
彼がわたしに毎食ゴハンをくれるからだ。そして夜勤の彼は添い寝もしてくれる。
それから彼は、ときどき脱走するわたしをネコ缶で釣り捕まえ、容赦なく風呂に入れる。シリをゴシゴシこする。お湯をぶっかける。
そのときのダンナのカオは怖くて見れない。でもアタマを撫でてくれる手はとても温かい。
ところでダンナは食べ物に細かい。
こないだ彼のサンドイッチを少しつついてかじってみたら、鬼の形相で首根っこを掴まれた。コロサレルと思った。彼の夕食時にウンチしたくておトイレに行ったら、鬼の形相でにらまれた。
「わざとだな」
わざと?
ナニが、ですか?
◆◆◆
あるときわたしに妹が出来た。
お母さんの姿が最新見えないな―と思ってたら、赤ん坊が増えたんだ。
どうやら妹だ。
でもわたしはコイツが苦手。
だってわたしをペシペシ叩いて来るし、ちょっとベットを盗ってやったらダンナがキレるし、もう大変。
それにお母さんがあんまりわたしをかまってくれなくなったから、それが一番さみしくてイヤ。
今日も一日中、押し入れに引きこもっていよう。
◆◆◆
妹は知らない間に大きくなって、わたしを姉さん気取りで撫でるようになった。
こら、妹よ。
わたしはオマエより年上だし、オマエが赤ちゃんのときから知ってるんだぞ。
少しは敬いたまえよ?
そう言うつもりで見詰めたら、「マカローン」とナメた声音で呼び捨てにした。
ムシだ、ムシ。
オマエのクッションはわたしの物だからな。
◆◆◆
このところ、歯の調子が悪いんだ。
このカリカリした食べ物はかたすぎて食べれないんだよ。
頼む、ダンナ。
昔食べさせてくれたあのネコ缶を食わせてくれ。
「またお残しか。朝からカンヅメ食べたいなんて、贅沢だぞ! ちゃんと食べないとネコ缶はやらんからな」
ちがう。
ちがうんだよ、ダンナぁ。
◆◆◆
あれ?
体に力が入んないぞ?
今日は寝てよう。
「マカロン、元気ないの」
「病院に連れて行くか」
ゲージいやだよお。
でもま、優しいからいいか。
「もう歯が悪くて柔らかい物しか食べられないようですね」
そ、そーなんですよ先生!
もっとふたりに説明してやってくださいな!
その日からわたしの食事は毎食ネコ缶になった。バンザーイ!
うんまい、うんまい、うんまーい!
◆◆
「最近ずっと寝てばっかりだな」
「ゼンゼンごはんも食べないの」
いやぁ、だってさ。
口を動かすのもダルイんですよ?
ふたりの会話は聞こえる、でも目があまり見えないし。
わたしのために点けてくれてるホットカーペット、とっても温かいですよ。
何だか胸が苦しいですが、寝心地はサイコーです。
……あ、おさかなの良い匂いがする。
どこにあるの?
……ま、いまはいいか。
グイッと体が包まれる感触。この手はダンナか。
朝は妹、お昼にはお母さんが同じことをしてくれた。
手の大きさと温かさはそれぞれ違うもんだね。
そのとき、わたしはなぜか見えたんだ。
三人とも優しい目でわたしを見て。
「早く元気になって」
でもなんで泣くんだよー。
息が詰まる。
ちょっと声を出してみよう。お礼を言うんだ。ひょっとしたら「ニャア」と鳴けるかも知れない。
「ウキャキャ……」
ワーっと。
ダンナの大泣きが聞こえた。
ウルサイニァ、耳はしっかり聞こえるんだから。
「うわあぁぁ、マカロン、マカロン、マ゛ガロ゛ーンッ!」
だから聞こえてるって。
どうやらわたしはネコ。人じゃない。
ネコってのはこっそり隠れて人生を終えるそうだ。
家族に看取られるなんて、ネコとして失格、「ニャア」と鳴けないのも失格。
失格だらけのネコ人生は、ダンナと、お母さんと、妹の三人のおかげで。
最高でした。
ありがとう。
さようなら。
次生まれ変わったら、また消火器ボックスに入ってていいですか。
ところでさ、マカロン。
いったいいつになったら転生して会いに来てくれんのさ?