気の弱い公爵令嬢の姉は妹に陥れられ、婚約者を奪われ、婚約破棄された。悪役令嬢と言われて辺境送りになった彼女が復讐のためにしたこととはなんだったのでしょうか?
「……私は強くなりたいのです」
「強くかい?」
「ええ、弱い自分が嫌いなのです」
私はいひひと笑う魔女を見て、恐ろしさに震えていました。
私は自分が弱いばかりに、大切なものを失った後悔に打ちひしがれていたのです。
山をまた越え、もっと先にいるという魔女の元へ来るのは恐ろしい以外にありませんでしたが……。
「……弱さが消えることによって強さが生まれるということだねえ」
「え?」
「あんたの願いをかなえてやるよ、そうだね、あんたの弱さと引き換えでどうだい?」
「強くなるのであれば、弱さなんていりませんわ!」
私は弱気な自分が嫌いでした。だって私が弱いばかりに妹をいじめたという無実の罪で、王太子殿下に婚約破棄をされ、辺境に追いやられたのです。
私は弱くて、悪役令嬢という汚名を着せられても、ただ震えるばかりで何もできないうちに辺境に送られ、妹が殿下の婚約者になったということを聞くしかできず。
すべてに絶望し、私はなんでも願いをかなえてくれるという魔女の元にやってきたのですわ。
「愚かだねえ」
「え?」
「ほら、あんたの弱さはなくなった、今のあんたは強い女だよ! ほらどこにでもお行き!」
ぼろ小屋にいる薄汚い魔女は私を見てため息をつきました。
ああ、どうして私はこんな汚い小屋にいるのでしょう。私は本来こんなところにいる身分ではないはずです。もっともっと私は……。
「ありがとう、ではさようなら」
私は魔女を一瞥し、そして手をひらひらと振って小屋を後にしました。
ああ、ここまでくるまでに恐れた夜の闇、盗賊や獣に会ったらどうしようと震えていた自分が嘘のようでしたわ。
うふふ、私は公爵の娘、辺境なんかにいる身分ではないはずです!
何もかも取り戻して見せますわ!
「……あの人の優しさを返してください!」
「優しさなんぞとっちゃいないよ」
あたしの目の前にいるのは、前にきたお嬢様の幼馴染の少年とやらだった。
あたしは優しさはとってはいない、弱さをもらっただけさと話す。
あの人は変わってしまったと少年が泣く、鬱陶しいね。あたしは弱さをとっただけさと繰り返す。
「あんたは、あの子を助けなかった。あの子は一人で戦うことを決めたのさ、あんたも悪くはなかったかい?」
「……でもあんなことをするなんて!」
「もうあの子の弱さは残ってないのさ、強さを与えて弱さは消えた。弱さはね、優しさ、思いやりといったものにもなりうるんだよ、そしてね、それがない人間は傲慢さを生み出すのさ。強さは傲慢に結びつくのさ、あの子は強くなっただろ?」
「すべてをあの人は壊してしまった! 貴族たちを味方につけ、殿下と妹を陥れ、そして復讐を終えても満足せず、戦争を隣国にしかけようとまでしている! ……私の身分に相応しい富がこの国にはないというんだ。もう贅沢の限りを尽くしているのに、どうして……」
優しいあの人が消えたとしつこく食い下がる少年、あたしはねえ、あの子の弱さをとっただけさ、強さを与えるということは弱さを消すということ、それが思いやりと優しさといったあの子の美徳を消したのさ。
あたしはもう残ってないものは与えようがないと少年に言い聞かせたよ。
面倒くさいねえ、こうなる未来はわかっていたけど、あたしは対価をもらって願いをかなえるんだよ。
「そうだねえ、あんたも対価をよこしな、そうすれば戦争を起こそうとしているあの娘の周りにいる貴族の考えを変えさせるといったことはできるだろうよ、戦争を回避させたいんだろ? あの子は美しい、その美しさに強さがあるんだよ、それにねえ愚かな男は惹かれるものさ」
「違う!」
少年は乱暴に机をたたいたね、あの人の優しさを返せとしつこく食い下がるんだよ。
消し去ったものはどうしようもない、あたしは仕方ないねえとため息をついて、少年に忠告をしてやったんだ。
「弱さはね、完全に消えたように見えても、また生み出されることはあるんだよ。あんたがね……」
あたしは小屋を出て行った少年を見送り、うまくやれるかねえとため息をついた。
対価をとらず、忠告を与えるだけなんてあたしも甘ちゃんだね。
……ああ、あたしはねえ、昔愛した旦那様に似ている子には甘くなるんだよ。優しい男に弱いのさ。
でもあの子も違う、あたしの愛しい旦那様の生まれ変わりではない。
いつか訪れるんだ。あたしのところに、あたしが愛した旦那様の生まれ変わりがね。
愛しい人はもういない、あたしはねえ、愛した旦那様がいない世界に一人生きる魔女なのさ。
愛しい人をよみがえらせるために悪魔と契約し、その生まれ変わりが現れるたび、ついついねえ、あたしはおせっかいをしてしまう。
ああ、あの子も旦那様の魂を持たなかった。
いつ、やってくるのかまではあたしにはわからないよ。
でもねえ、あの娘に弱さをまた与えることができるのだろうかね、それはあたしにはわからないのさ……。
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