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圧倒的な実力差

 退魔士修練校は、基本的なルールは普通の学校と変わらない。校舎があって、先生がいて、成績がつく。

 違いといえば退魔士としての責務を為すための授業が必修で入るぐらいだ。

 そしてそのうちの一つ、実技訓練の授業が今日もやってくる。

 ぱんぱんと教師が手を打って、良く通る声で告げた。

「来週は待ちに待った御前試合ということなので、今週は組手というか、実践稽古的なことをやっていきます。二人組を作ってください」

「せんせー」

 気だるげな、でも芯に張りのある声が教室に満ちた後、こちらを指された。

「相手が弱すぎて打ち合えない場合はどうすればいいですかぁ」

 その声に同調する者はいなかったが、咎めるような声も上がらなかった。

 全員、わかっているからだ。その生意気な生徒の言っている『弱すぎる』が誰なのか。だからもう、自分には関係のない話だと思って黙っている。

 陰丸も、黙って下を向いていた。

 反論して、じゃあ組んでみるかと言われてボコボコにされる流れは飽きるほど繰り返して懲りている。

 いつものとおり、教師は呆れたように話を締めた。

「そんなの、自分と似たレベルの相手を選んでください。じゃあ、ペアができた組から演習場で各自訓練、どうぞ」

 ぞろぞろとペアが組まれて訓練場へと人が消えていく。陰丸も、いつものように少し離れた席に座っていた色素の薄い少女に声をかけた。

「恋白、行こう」

 声を受けて、尾道恋白(おみちこはく)が立ち上がる。おどおどと周囲を見渡して、それから陰丸に小さく笑いかけた。

「は、はい」

「さっきの奴らはもう出てったし、何かされるならまず俺だから、そんなに心配することはない」

 傷だらけの外履きに履き替える。大型の武器を支給されている者は武器庫に向かうのだが、生憎と陰丸も恋白も得物が短剣なので、常に携帯している。もっともそれでも、平均的な素手の五回生に勝てないのが現状だが。

「でもまあ、恋白はまだましだよ」

「そ、そうでしょうか……?」

 訓練場の端っこに陣取って、陰丸は恋白の短刀を見る。敵と戦うときに安心できるかと言われれば怪しいが、ちゃんと刃のついた立派な武器だ。

「ちゃんと共振させられたんだろ」

「たまたまです。結局、短刀以外は使えませんでしたから」

「まだわからない。明日にでもコツを掴むかもしれない」

 本当にそうなってしまうとペアがいなくなるので、陰丸としては困るのだけど。

 あまり雑談をしていると教師に睨まれるので、お互いに武器を構える。

「じゃあ、そろそろ」

「はい。……いきます」

 何度も手合わせをしている仲なので、始めの合図は要らない。

 ひゅ、と小さく息を吸い込む音がして、恋白の小さな体が肉薄する。一歩、二歩。一〇メートル近い距離を一瞬で詰められ、みぞおちの辺りに切っ先が迫る。

―――身体強化。

 どこをどれぐらい強化するかは個人の判断と戦術に引っ張られるが、ありとなしでは全体的な性能が一段変わる。特に、小ささを生かして速度にリソースを振った恋白は、ぴたりと張り付かれると冗談抜きで見失いかねない。

 体を引いて、初撃を避ける。返す刀で木刀を振るが、地面に這いつくばるように身をかがめ、かわされた。足首を払われて、バランスを崩す。がら空きの首に、さすがに手加減してくれるのか、峰が迫る。

陰丸は、崩れたバランスに逆らわずに、もう片足で地面を蹴った。

くるりと、歪な後転飛びで恋白の二撃目を交わして、棒立ちの顎をつま先で蹴り上げる。人の体を殴っているとは思えない硬い感触に顔をしかめた。

たん、と着地して木刀を構える陰丸だったが、恋雪がくらくらと頭を揺らしているのを見て、構えを解いた。

「あー、……大丈夫か?」

「あはは、喰らっちゃいました」

 はにかんで顎をさすり、恋白はほう、とため息をつく。

「その、……本当に身体強化は使ってないんですよね?」

「使わないんじゃなくて使えないんだけどな」

 頑張って使おうとしていた時期もあったが、体が強張るばかりでちっとも効果がないものだから諦めた。

強化されている肉体に打撃を入れても、こちらがダメージを受けているようなものだ。実際、綺麗に脳を揺らされたはずの恋白はけろりとしていて、こちらのつま先はまだ痛む。

「……素の格闘大会があったら、ぜったい陰丸さんが優勝するのに」

「さすがにそれなら落ちこぼれではないだろうけど、優勝は買いかぶりすぎだ」

「そんなことないです。だってそんな曲芸みたいな動き、今の五回生だって何人できるか……」

「いくら避けても、ダメージを与える方法がなければしょうがない。俺には、武器がないんだから」

 自虐みたいで嫌だなと思いながら、陰丸は再び構えを取る。今度はこちらから責めるぞ、の意思表示だ。

 退魔士学校では、外敵を屠るための特別な武器が支給される。それを受け取る機会は万人に等しく与えられるが、万人が使えるわけではない。

自身が持つ波長を流し込んで共振させられた場合のみ、固有の持ち主として認められる。

 退魔士学校始まって以来の珍事が起こったのは、おおよそ五年前のこと。

『全武器に見放された学生』が、月城陰丸であった。

共振も何もない、ただの木製の小刀を振り回して、奥歯を噛む。

恋白の攻め方と癖を読んで先回りして、細かく動き回る的に確実に打撃を繰り出す。いくつかは外れ、いくつかは当たった。

恋白の細い首で、木刀の切っ先ががつんと止まる。そして陰丸が硬直した一瞬の間に、小さな拳を腹に突き立てられた。

 胃液が喉元までせりあがってきて、たまらず膝をつく。

「あ、だ……大丈夫ですか」

 うかつに口を開くと吐いてしまいそうで、陰丸はうずくまりながら、手で丸を作るにとどめた。

 ―――だから、嫌なんだ。

 こちらの攻撃は何発入れても有効打にならない。だが向こうの攻撃は、一撃でも入ればたやすく陰丸の耐久性を上回ってくる。武器で受けても小刀が折れるだけ。となれば回避しかないが、それにしたって速度でも負けている。

 ようやく咳き込めるようになって、陰丸は片膝をつく。

 そこで気づいた。

 一〇〇メートルほど前方。訓練場の中央付近。

 ちかりと、こちらに向かって青白い光が明滅して、陰丸は急いで起き上がった。

「え、ちょっと陰丸さん!?」

「黙って伏せてろ」

 素っ頓狂な声をあげる恋白を抱き、中央から背を向けて身をかがめる。

 その背中を、冷気が叩いた。

 氷の礫を孕んだ突風が訓練場を一直線に突き抜ける。途中で霧散することなく竜巻を横に倒したような氷風がわずか横を掠めて、背筋が粟立った。

「ああ、すみませんねぇ」

 術者の鼻につく声は、遠くにいるはずなのに不思議と良く通った。ペア決めのときに、からかってきたやつの声だ。

 礫をいくつか受けて背中が痛む。顔をしかめて、陰丸は立ち上がった。

「制御ぐらいできるようになれよ、冷泉」

 一〇〇メートルもの距離は軽々と詰められた。

 青い宝玉のついた大鎌を軽々と抱えて、冷泉氷人(れいせんひょうと)はため息をつく。

「五回生なら、これぐらい避けられると思ったんですけどね。いやすみません、買い被りでした」

「恋白に当たったらどうしてくれる」

「自衛もできない人がこの学校に必要ですか」

 氷人は陰丸を見て、それから恋白を見て、鼻で笑った。

「諦めればいいものを、いつまでもしがみついて。御前試合で当たったら、綺麗に引導を渡してあげられるんですけどね」

 御前試合。

 どうやっても避けられない暗い未来に、陰丸の気分が落ちていく。

冷泉の手前、あからさまに目を伏せるようなことはしないが、そんな心中の動揺を見透かしたように相対する男の顔に笑みが広がっていく。陰丸がよく見る、他者を下に見る非対称な笑みが眼前に立ちはだかる。

ちょうどそのとき時限の終わりを告げる鐘が鳴って、冷泉は薄ら笑いのまま踵を返した。

 ゆったりと校舎へと戻っていく足音は、不疲無傷を象徴するように均一だった。

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