悪役令嬢は「ボンバイエ!」と叫ぶ〜新妻になったマリーさんと夫になった猛禽系紳士〜
皆さま、あけましておめでとうございます!
おとぼけヒロイン娘のマリーさんと、
彼女に翻弄される目つきの悪い猛禽系紳士のお話で、
にまにまほっこりとしたお正月をお迎えくださいね。
今年もよろしくお願いします(*´∀`*)
「マリー、実家から手紙が届いているぞ」
「あら嬉しいわ! ありがとう、フレッド」
わたしが夫にお礼を言うと、彼は「いや、別に、俺が書いたわけではないのだから礼はいらない」などともごもご言いながら目を逸らした。
「うふふ、当たり前じゃない。フレッドったら相変わらず面白い人ね。そういうところが親しみやすくて好きよ。持ってきてくれてありがとうって言う意味に決まっているでしょ。でも、別にあなたがわたしにお手紙をくださってもいいのよ……じゃなくって、よろしくってよ?」
わたしは、マナーの教師に習ったように上品な言葉遣いに変えて、ついでににっこりと笑ってみせた。
わたしの名はマリー・クラスト辺境伯夫人だ。
以前はヤウェン男爵家の長女だったのだけれど、両親が散財して食べるものにも困る状態になったので、双子の弟と妹を食べさせるためにわたしは必死だった。世間体を気にする両親に入れられた学園で、お金を持っていそうな貴族のボンボンたちに笑顔や癒しの言葉を振り撒き、貢いでもらったプレゼントを売り払ってお金にした。
わたしはあくまでもお友達の範疇を越えないようにしていたのに、誰の恋人にもならないわたしのことを逆恨みした者でもいたのか、いつの間にか男を誑かす悪女であるかのように噂されていた。
酷い話だと思わない?
そして、金づる……ご親切なお友達が離れて行ってしまい、これからどうしたものかと悩むわたしを、自分の贅沢のためなら娘すら売り払う、顔は良いけど中身は最低な父親が、借金のかたにフレッド・クラスト辺境伯に嫁入りさせる算段を取り付けてしまったのだ。
クラスト辺境伯は辺境を守るとても強い男性なのだけれど、見た目が恐ろしくて鷲のようなイメージであるため、女性にモテないらしい。もう少しお肉がつくと、間違いなくハンサムに見える整ったお顔なのに、もったいないわね。
そんなフレッドには、クラスト家のためにお飾りでいいから夫人が必要だったのだ。
わたしは幸いなことに見た目が男性にとてもウケる。
ふんわりした金髪に、お人形のような青い瞳、薔薇色の頬に蕾のように愛らしい唇。
そっと目を伏せると、長いまつ毛の影ができて、庇護欲をそそる。だからこそ、貴族のおぼっちゃまたちが可愛くて健気なわたしに散財してくれたのだ。
飾っておくのにとても良いビジュアルのわたしは、今度はクラスト辺境伯の隣に飾られることになった、それだけの話のはずだったんだけど。
鋭い目つきにこけた頬の、いかにも気難しげなこのフレッドは、わたしが双子たちのことを心配していると知ったらごはんやお勉強をしっかりできるように手配をしてくれたし、着る物があまりないと知ると素敵なドレスやシルクの下着を惜しげもなく買ってくれた。
どうやら彼は、恐ろしい外見とはそぐわない親切な心を持っているようなのだ。
見た目でご婦人方に嫌われていたというのに、女性に優しいとか、びっくりじゃない?
わたしは結婚したら虐げられ、暴力の犠牲になるとばかり思っていたのに、クラスト家での暮らしはかなり居心地が良くて、思わず神様に感謝の祈りを捧げてしまったくらいよ。
この屋敷に到着すると、彼は質素だが風の吹き込むことのないしっかりした部屋をわたしのためにわざわざ空けておいてくれた。ベッドには粗末な布団が用意されていたが、くるまって寝ると充分暖かく、よく洗濯してお日様に当てられていたので清潔で気持ちが良かった。
洋服ダンスも書き物机もちゃんと部屋にあった。傷があったから、たぶん、フレッドのお下がりだと思う。
これだけの準備をしてもらえただけでもありがたいのに、フレッドときたら家具職人やら布団屋やらを部屋に連れてきて、壁に新しい壁紙を貼って、わたしの趣味に合わせて新しい家具と寝具を一式、新たにあつらえてくれたの。
わたしがフレッドに「このお下がりの家具でわたしは充分満足よ? しっかりしたいい木でできているじゃない、まだ普通に使えるわ。とても良い家具をくださってありがとうね、フレッド」と言ったら、なぜかメイドさんたちが目を手巾で押さえてしまい「いや、その、なんだ」とか口籠るフレッドを制してメイド頭のレベッカさんが「奥方さま、お嫁入りの道具はもっと女性らしく、きちんとした貴婦人がお使いになるのに適切なものを用意するのが慣わしでございます。お古を使い続けることは、旦那さまを低く見るのと一緒ですので、なるべく豪華な品の良い品をお選びくださいませ」と忠告してくれた。
わたしはお金の事情であまり貴婦人としての教育を受けさせてもらえなかったので、レベッカさんに「まあ、ご親切に教えてくださってありがとう! 良かったら、どんなデザインのものを選ぶのが貴婦人らしいのか、相談に乗ってくださらない?」とお願いして、フリルのついたシルクのカーテンが下がる天蓋付きのベッドや素敵な彫刻が彫られた豪華な家具を選ぶのを手伝ってもらった。
このレベッカさんは、メイド頭になるだけあって立派な辺境伯夫人に必要なものにとても詳しかったので、その後もドレスやアクセサリーを選ぶ時に力になってもらった。
さすがは辺境伯、使用人のレベルが高くて驚いたわ。
そして、レベッカさんはお姉さんみたいで頼りになるわ。
この前間違えて「ねえ、お姉さま」と呼びかけてしまったら、真っ赤な顔になって狼狽えてしまったので、慌てて謝ったのよ。失礼なことをして申し訳なかったわ。でも、そう言ったら「立場上、クラスト家の奥方さまにそのようにおっしゃられると困るのですが、お心の中でそのように頼って頂くことはやぶさかではございませんので、ええ、どうぞお気になさらずに」と早口で言われたの。
レベッカさんは、その後もクラスト辺境伯家での生活についていろいろとアドバイスをしてくれるのよ。やっぱりお姉さんみたいだわ。
親切なフレッドは、途中で学園を退学して学のないことを気にかけるわたしのために、勉強やマナーの家庭教師まで手配してくれたのよ。
「何かあるとは思わないが、何かあった時に知識がないと不安なのだろう」というフレッドに「そうね……今のわたしは若くて見映えがするけれど、これから容姿が衰えるだろうし……フレッドが他の女性を奥さんにしたくなる可能性もあるだろうから、知識や技能はなるべく身につけておいて、離縁されてもお金を稼いで暮らしていけるようになりたいわ」と答えたら、手で顔を覆って呻き声を上げてしまった。
「俺はそんなに、酷い男に思えるか?」と聞かれたから「何を言ってるのよ、借金のかたに結婚したわたしの将来のことまで気にかけてくれるなんて、フレッドはとても親切で優しい殿方だわ。わたし、フレッドと結婚できて良かったと本気で思っているの。だからこそ、不要になった時にあなたに迷惑をかけたくないのよ」と胸を張って答えたら……その場にしゃがみ込んでしまったのよね。なぜかしら?
そんなフレッドは、わたし宛に来たお手紙をあらかじめ開封して、わたしの心を傷つけるようなことが書いてないかを調べてくれるの。
「お父さまとお母さまからのお手紙は、いつものように愚痴とかお金の無心かしら?」
「そうだな」
「じゃあ、フレッドが焼いてちょうだい」
読む価値がない手紙を読んで、嫌な気分になることはないのだ。
「こっちは双子からだ」
「わあ、ありがとう!」
わたしは喜んで受け取った。
ケリーとヤリーからの手紙は、本当に可愛くて楽しいのよ。世話役のエルクとダーナに美味しいものをたくさん食べさせてもらったり、お勉強させてもらったり、時にはお芝居や音楽会にも連れて行ってもらって、素敵な時間を過ごしているらしいの。読んでいるわたしも楽しくなるわ。
「フレッド、エルクとダーナによくお礼を伝えておいてちょうだいな」
「先日も手紙に書いたが」
「それはそれ、これはこれよ。双子がすくすく育っているのも、エルクとダーナがよく面倒を見てくれるからなのよ、それはきちんとお礼を言っておきたいの」
「……ああ、わかった」
「ありがとうフレッド、助かるわ! それから……」
わたしは夫に向けて、ウインクをした。
「あなたからのお手紙も、楽しみに待ってるわね。お返事を書くから、きっとちょうだいね?」
「……そ、それは……そんなに、欲しい、のか」
わたしが笑顔で頷くと、素敵な夫はそっぽを向きながら「善処、する」と小さく呟いた。
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その夜の、フレッドの私室では。
「おい、ロバート! 妻への手紙には、いったい何を書けばいいのか教えろ!」
「いや、旦那さまがお考えになっていることを、そのまま書けばよろしいかと……」
「自分でも、何を考えているかわからなくて困っているから聞いているんだ!」
「はあ?」
猛禽に睨まれた家令のロバートは、呆れたように口を開けた。
「……そうだ、お前が代筆すれば……」
「ラブレターの代筆なんて、ごめん被りますな!」
「なっ、ラブレター、だとぉっ⁉︎」
家令は、残念な子を見る瞳で主人を見た。
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そして、メイドの控え室では。
「それでは、『第5回マリーさまが尊すぎて困る会』を開催いたします」
怪しい会が開催されていた。
FIN.
「マリーさまが、このわたくしに向かって、お姉さまとっ、お姉さまと! ああ、尊いいいいいいーっ!」
「レベッカさんって、結構二重人格ですよね」
「というか、ツンデレ?」