解決編
「ところでさ、この話、登場人物が一人たりないよね」
駿が唐突に言った。あまりの唐突さ加減に肺に飲んでいた午後の紅茶を吸い込み、盛大にむせ返ることになった。
「げほ、げほげほ、うがぁ、むせた」
「無意識なのか、それともわざとなのか。茜の話に出てこない人物が一人いる。
で、問題なのはその人物も容疑者の一人になるってことさ」
「な、な、なにを言ってるの。そんな重要な人物がいるなら私、ちゃんと言ってるよ」
「そうかなぁ……
じゃあ、ちょっとおさらいしようか。まず、珠美さんが用意した飲み物の内、紅茶は幾つ用意されていた?」
「えっと、三つかな」
「そうだね。珠美さんは『(紅茶の)パックが三つしか無くて後は、コーヒーだ』って言ってたよね。
次にね。大岡さんがとったのはコーヒー、白鳥さんもそう。轟さんが自分と珠美さんのために紅茶をとった。その後、遠山さんが言った言葉、『紅茶がないじゃないの』。
数が合わないよね。つまり、轟さんと遠山さんの間に、紅茶を取った人物が少なくとも一人いるんだ」
「あっ、本当だ……。あれ、だれだっけ……」
「次の質問しようか。茜はどうしてさ、現場のことにこんなに詳しいわけ。珠美さんに聞いたからだとしてもその時の飲み物のカップがみんな同じだったなんてなんで知ってるの?」
「なんでって、そりゃ、その場にいたからだよ。珠美に誘われて、見学してた……
あーーーーーーーーーーーー
紅茶とったのわたしだぁーーーーーーーーーーー
ってことは、え? え? 犯人、わたしぃ-------!?」
「……」
駿が無言でじっと見つめてくる。なんか、全てを見透かされたような居心地の悪さにお腹がきゅうっと締め付けられた。もう、本当の事を言うしか……
いや、いや、いや、いや。私、犯人じゃないから!
「……ち、違うよ!
私、犯人じゃないから! 本当だよ、信じてよ」
「……んな事、分かってるよ。
容疑者ではあるけどね。事件のガイド役が犯人なんて、アガサ・クリスティじゃあるまいし……
そもそもさ、もしも茜が犯人だったら僕に犯人を見つけてなんて持ちかけないでしょ。
仮に犯人だったとして、やっぱりどうやってコーヒーカップに毒を入れたのかの謎を解かなくちゃ駄目だよね」
「ああ、良かった。疑われてるかと思って視線が痛かったよ!
それで、じっちゃんの名にかけて謎は解けた?」
「だから、うちのじっちゃん、普通の人だからね。ま、それは置いておくとして、色々考えた結果、やっぱり犯人はあの人しかいないって結論に達したよ」
「へっ?! 分かったんだ! さすが駿。
でっ、誰なの?」
「うん、それはね……」
「小鳥遊さん。小鳥遊小夜さん」
駿の声に帰宅しようとしていた小夜さんは振り向いた。
「? どなたでしたか?」
見知らぬ男に声を掛けられてあからさまに警戒をしている顔だった。
「初めまして、だと思います。春川駿といいます。こっちは秋山茜。たぶん、彼女と会うのは二度目だと思います」
小夜さんは、怪訝そうに首を傾げたけれど、すぐに思い出したようだった。
「ああ、あの時の…… 珠美さんのお友達の方ですね」
「そうです。で、今日、お会いしたのはその時のことで少しお話をしたかったからです」
「…… なんのお話ですか?」
貝が殻を閉じるようなあからさまな拒絶のオーラが発散された。
「遠山さんに毒を盛ったのはあなたですよね?」
「え? な、なにをいっているんですか? へんな言いがかりはよしてください。
毒はコーヒーに入っていたんですよ。私、飲み物は一番最後にとったのですから、毒を入れることなんて不可能です」
「なんで一番最後に飲み物をとったんですか?」
「え? な、なんでって、あの時は、えっと、付け牙の調整するのに忙しかったからです。
私、ポカしちゃって、遠山さんの口のサイズを間違えちゃったからうまく口に入れれなかったんです。
だから、一生懸命入るように付け牙を削ったりしていたんです。それで、飲み物を取るのが遅れてしまったんです」
「休憩が終わって、みんなが練習を開始した頃に飲み物を取った?」
「はい、付け牙を遠山さんに渡してから、一人で飲み物をとりました」
「つまり、遠山さんの飲み残しのコーヒーに毒を入れることも簡単にできたってことですよね」
「はい? なにを言っているんですか。飲み残しのコーヒーに毒をいれても意味が無いじゃないですか。
それは、たしかに練習が終わってから遠山さんがそのコーヒーを飲んだのなら別ですけど、そんな偶然にかけるなんていい加減な計画立てませんよ。それに遠山さんはそんなことしてませんから!」
「そうですね。遠山さんはあなたが毒を塗った付け牙のせいで中毒になったのですからね」
「ば、馬鹿なことを言わないでください。何を証拠にそんな事をいうんですか」
「えっと確認したんです。あの付け牙からは全く毒が検出されなかったっていってました」
「ほうら、そうでしょう。当然です」
小夜さんは少し勝ち誇ったように胸を張った。
「それがおかしいんですよ。あの時、遠山さんは嘔吐して、その拍子に付け牙が落ちてるんです。胃液からは毒物が検出された。胃液が付着した付け牙から毒が全く検出されないのはおかしいんです。
そこから導きだされる答えは、誰かが、毒のべったりとついていた付け牙と毒のついていない付け牙をすりかえたってことです。
あなた、遠山さんが倒れてみんなが大騒ぎになってる隙にすり替えたのでしょう」
「……ないですよね。
私がすり替えたって、証拠ないですよね」
「すり替えたのが誰かはわかりませんが、毒のついた付け牙を遠山さんに渡せるのは、小鳥遊さん、あなただけです」
「……
…………何度でも云いますよ。証拠はないですよね。
理屈がそうでも、ちゃんと私が牙をすり替えたって証拠、見せてください。それに、休憩を提案したのは私じゃありません。部長です。私に部長が休憩を提案するかどうかなんで分かりません!」
「休憩の件ね。
だから、あなたは初めにサイズの合わない付け牙を用意したんですよ。
サイズが合わなければ稽古は中断せざるを得ない。そうなれば部長は休憩を宣言するでしょう。しなけば、調整に時間が掛かりそうだとか言って休憩を提案したでしょうね。
珠美さんがお茶を用意するのも同じ方法で対応できる。今回はどちらもあなたが手を下す事なく皆が都合良く動いてくれた」
淡々と語る駿の言葉を小夜さんはまるで彫刻にでもなったかのようにピクリとも動かず聞いていた。
「それからね。念のために、警察で参考品として保管している付け牙をもう一度遠山さんにつけてもらったんですよ。そしたらね、歯に引っかかってうまくつけられなかったそうです。
あなた、三つ付け牙を用意してたでしょ。遠山さんが付けれない付け牙、ちゃんとつけれる牙、そして、付けれて毒が塗られている牙の三種類。で、毒のついた奴を回収した時にうっかり付けれない方をおいてしまったんです」
「そんなことないわ! ちゃんと突起が出てない方を……あっ!」
小夜さんの目が大きく見開かれた。
「それでね。言いにくいんですが、警察に呼ばれる前に自首されることを忠告にきました」
駿の言葉に、小夜さんの顔はみるみる真っ白になっていった。立っていられるのが不思議なほどだった。
「だって、だって、あいつが悪いんだ。あいつに私は突き落とされたんだ。でも証拠がないから、泣き寝入りで、なんで、なんで、なのに、なんで私は証拠があるかって裁かれないといけないのよ……」
ついに小夜さんはぼろぼろと泣き出した。
駿がこまったような顔をこっちに向けた。そしてぼそりとつぶやいた。
「だから、気が進まないって言ったんだ」
2020/12/13 初稿
2022/10/08 イラストの著作権を後書きに明記
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