探求編
「これが今回の事件のあらましよ。
一応、遠山さんは一命を取り留めたらしいけど重態で今も入院中。警察の調べでは毒を飲まされたらしいわ。遠山さんの胃液と飲み残しのコーヒーから同じ毒物が検出されたって話。それで、その時現場に居合わせた演劇部の人たちが疑われているの」
私、秋山茜はそう話を締めくくった。
「ふ~ん」
隣でコーヒーを飲む春川駿は気の無い返事を返してきた。
「なにか分かった?」
「そうだねぇ~。まるで見てきたような描写だった」
「そんなこと聞いていない。犯人が分かったかって聞いているのよ」
「なんで一介の高校生にそんなことがわかるって思うの?」
「だって、駿は推理小説とか読んだり、書いたりしてるじゃないの。だから分かるでしょ!」
「そりゃ、推理小説とか好きだし、三文小説も書くけどね。だからって、そういう人間がみんな名探偵になれるのなら、世の中、名探偵だらけになっちゃうよ」
「理屈はいいのよ! 私の親友の珠美が容疑者の一人なのよ。その疑いを晴らしたいの。だから何とかしてよ」
「う~ん、だから、それが無茶ぶりだっての」
「いいから、考えてよ。幼なじみでしょ」
「気が進まないけどねぇ」
コーヒー缶をずずずと吸うと、駿はぽりぽりと頭を掻いた。
「まだ、情報が足りてないね。少し質問していいかな」
「いいわよ。私が知っている範囲で答えるわ」
「まず、現場に居た人を整理したいな。
結局、何人いたの?」
「その時の演劇部の人は全部で九人かな。
まず、被害者の遠山飛鳥さん。
部長の大岡泰代さん。
部員で役者の轟大輔さん。
同じく、白鳥優子さん。
部員でマネージャーで私の親友、黄桜珠美。
小道具係りの小鳥遊小夜さん。
大道具の三島徹さん。
衣装、メイクの大島唯さん。
なんでも屋の田中圭太さん」
「なんか半分ぐらい初登場の名前があるね」
「三島さんとかは部屋の隅で道具の準備をしてて、遠山さんに近づいていないの。たぶん休憩の時ぐらいかな。近くにきたのは」
「メイクの大島さんってのは、遠山さんに化粧とかしてないの?」
「その日の稽古は衣装は着てるけどメイクはしてないの。だから最初の衣装合わせの時にしか遠山さんには接触していないかなぁ」
「ふーん。じゃ、次ね。遠山さんは誰かに恨まれていたりした?」
「そういう意味じゃ、演劇部の部員全員に恨まれていたかも。お世辞にも性格が良いとはいえなかったからね」
「話を聞いた感じだとそんな感じだけどね。毒を盛りそうに恨んでるっていうとどうなんだろう」
「うーん、さすがにそこまではわかんないかなぁ。
でも、例えば、白鳥さんとはかなり険悪みたいだった。なんでもいつも主役の座を争っていたみたいで、どっちもいけ好かない相手って思っていたみたい。
で、大岡部長もいろいろと不満があったみたいって話よ」
「不満?」
「うん。大岡部長はどちらかというて文芸系のお芝居がやりたい人なんだけど、遠山さんはとにかく中世ヨーロッパのお姫様マニアでね、そればっかりを強硬に主張してたみたい」
「そんなの、部長権限でねじ伏せればいいんじゃないの?」
「それがね、遠山さんってこの高校の校長先生の親戚なんだって。で、演劇部の顧問の先生をつかって色々圧力をかけてたみたい。だからさ、部長が一生懸命シナリオ考えても全部パァ。いわば、部長の三年間をぶっ潰した張本人みたいな人らしいわ」
「へぇ。そうなると思った以上に恨んでいるかもしれないね」
「ま、そうね。温厚そうな顔してて、実はものすごくどろどろしてるかもしれないわ」
「あと、轟さんは遠山さんの元カレって噂がある」
「元カレ?」
「うん、噂だから本当か嘘かわかんないけどね。でも噂によると、手酷く振られたらしくて、そのせいで轟さん、一ヶ月ほど学校を休んだって。休んだ理由は分からないけど1年生の頃に実際、そのぐらい休んでる」
「なるほど。それから他には?」
「えっと、小鳥遊さんね。今は小道具係りをやっているけど元々は役者志望だったんだって。だけど、1年生の頃に階段から落ちて足に大怪我を負ったのよ。で、今も少し足を引きずっていてね。そんなんだから役者やれずに小道具係りに甘んじてるって」
「うん? それと遠山さんへの恨みとどう関係するの?」
「それがね、これも噂なんだけど、当時、主役の座を争っていた遠山さんに突き落とされたって」
「ほうほう。それも噂ね」
「うん。証拠はないからね」
「いや、まあ、四面楚歌だね。後は?」
「後?」
「うん。後、他にそういう人はいないの?」
「珠美? 珠美は大丈夫よ。彼女は犯人じゃないから!」
「いや、そういうことじゃなくて……
例えば演劇部以外で恨んでいる人はいないのかってことなんだけど……
まあ、いいか、次の質問するね。
毒物は遠山さんの飲んだコーヒーから検出された、で間違いない?」
「間違いないわ」
「他のところからは? 例えば、他の人のコーヒーとか砂糖とかミルク。遠山さんをピンポイントに狙ったのではなく無差別に毒物をいれてきた可能性とかはないのかな?」
「毒物が検出されたのは、遠山さんの飲んだコーヒーだけよ。砂糖にもミルクにも毒物は検出されなかったわ」
「遠山さんが口にする可能性がある他のものは? たとえば口紅とか小道具、ああ、たしか付け牙とかしてたんだよね」
「遠山さんはそもそもその日、リップはしていなかった。付け牙からは毒物はまったく検出されなかったそうよ。毒物が検出されたのは繰り返すけど、コーヒーにしか入ってなかった。胃液の中からも毒物が検出されたから、注射とか針なんかで皮膚から注入されたのではなく経口によるものってのが警察の見立てなの。
だから、飲み物を用意した珠美が一番疑われているのよ!」
「まあ、正確に言うと、遠山さんが飲む前に飲み物を取った人物はみんな容疑者だけどね」
「え? …… やっぱり! 良かった。そうよねぇ。珠美が犯人じゃないのね!」
「いや、ちがうよ。珠美さんだけが犯人とは限らないってこと。
さっきの話を信用するなら、少なくとも飲み物を用意した珠美さんのほかに、遠山さんの前に飲み物に近づいた大岡さん、白鳥さん、轟さんにも毒を入れるチャンスがあったと思う」
「ふむふむ、で、だれなの?」
「いや、わかんないよ。そもそも、それは毒を入れるチャンスがあったってだけで、ピンポイントで遠山さんに毒をいれれるわけじゃないんだ」
「あっ、そうか。遠山さんがどの飲み物を取るかなんかわかんないもんね」
「そこが悩みどころだね。で、次の質問だけど。まず飲み物の入れ物に特徴はあった?
例えば、お気に入りのカップがそれぞれにあったとか」
「う~ん。ないわ。全部同じ白いカップだったような」
「なるほどね。ちなみに遠山さんは紅茶しか飲まない人だった? あるいは逆にコーヒーしか飲まないとか」
「それはないかなぁ。それに遠山さんは紅茶が飲みたかったけど無かったからコーヒーを飲んだってぐらいだからね。
そうだよねぇ。どうやって遠山さんが取るカップに毒をいれれたんだろう。そんなこと不可能だよね」
「いや、まあ、条件とか限定すれば、相手に自分が望むものを選択させることはできないってわけじゃないんだよ」
「え、まじ? そんな事できるの?」
「うん、例えばね」
駿は、手帳のページを1枚破り、何かを書き込んだ。そして、破ったページを二つ折りにすると私の目の前に置いた。
「まず、これね。中を見ちゃだめよ。それからと……」
次に、財布から小銭を何枚か出して、私の前に握った両手を差し出した。
「右と左。選んで」
「え? 選ぶの? じゃあ、右」
「右はね、穴の開いた硬貨さ。五円玉と五十円玉ね。で、左が十円と百円。いいよね」
「うん。そうだね」
「でね、選ばなかった左の十円と百円を、茜に見えないように左右に握りなおすっと。
それで、さあ、もう一度右と左を選んで」
「え? また? じゃあ、やっぱり右」
「なるほど、右ね。 はい、百円玉。じゃ、さっき渡したメモを開いて」
言われたとおりにメモを開くと、そこには「100」と書かれていた。
「うわ、すごい。私、選ばされちゃったってこと?」
「まあね。そう思えるよね」
「ふへー、じゃあ、じゃあ、犯人も同じ方法で、遠山さんに毒の入ったカップを選ばせたってこと?
「うーん、この方法では遠山さんに毒の入ったカップを選ばせることはできないかなぁ。でも別の方法で選ばせた可能性がないわけではない。ちょっとすぐには思いつかないけど……」
「えーー、ここまできて、方法が分からないの?」
「そうだよ。僕は別に高校生探偵じゃないからね。
ま、でもコレだけはいえるかな。今回の事件の犯人は、遠山さんに毒を飲ませることができた人物、ってことだね。…… あれ、当たり前かそれは。あはははは」
青空の下、駿の能天気な笑い声だけがむなしくこだましていく。
本当にこんなんで大丈夫なんだろうか、と私はすこし不安になった。
2020/12/13 初稿
2020/12/19 誤字、脱字修正
2022/10/08 イラストの著作権を後書きに明記
本編のイラスト著作権 (C)遥彼方