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事件編

挿絵(By みてみん)


「いいかげん、お前の正体は分かっているんだ」

 その目つきの悪い男は言った。

 視線は深紅のドレスを身に纏った貴婦人に向けられている。

「わたくしの正体……? さて、何のことだかさっぱり分かりませんわ」

「もう悪あがきはよせ! ハイゼルフォン伯爵夫人。

いや、吸血姫きゅうけつひカミーラ! この聖水をくらえ!! 

 男は懐から小瓶を取り出すと中身をハイゼルフォン伯爵夫人へと浴びせた。

「うぎゃあ」

 伯爵夫人は、ものすごい悲鳴を上げると床にひれ伏す。男はさらに杭と木槌を取り出した。

「さあ、観念しろ……」

 男は言葉を切ると、とまどったように立ちすくんだ。そして、もう一度「さあ、観念しろ」と言った。

 さっきより少し声が小さい。

 ……

 気まずい沈黙が訪れる。

 パン、パン、パンと手を叩く音が場に割って入った。

「はい、はい、はい! どうしたの遠山とおやまさん。ここはすぐ起き上がって吸血鬼の本性を現すところよ。なにもたもたうずくまっているの?」

 カツーンと乾いた音が舞台に響く、白いものが転がった。

「私のせいじゃないわ! その付け牙が全然合わないのがいけないのよ!」

 吸血姫カミーラ役の遠山(とおやま)飛鳥(あすか)は怒りも顕わに、大岡(おおおか)泰代やすよに言い返した。

「小道具係り!」

 飛鳥はさらにヒステリックに叫んだ。すると舞台隅から一人の少女が現れた。小道具係りの小鳥遊たかなし小夜さよだ。小夜はすこし足を引きずりながら舞台中央にころがっていた付け牙を拾い上げた。

「まったく、使えない女ね。ちゃんと私の口に合うように調整しておいてよね。あんたのせいで劇が台無しになるじゃないの」

「す、すみません。すぐに調整します」

 小夜は、消え入りそうな声で何度も謝りながら、こそこそと舞台を降りていった。

「自分がドン臭いのを道具のせいにしてるんじゃないの? 劇を台無しにしてるのはあんたのほうだっーの」

 あからさまな嘲笑まじりの声が発せられた。

「なんですって!」

 飛鳥は目をむいてその声の主のほうへと目を向けた。声の主は白鳥しらとり優子ゆうこ。優子は飛鳥とは真逆の黒と白のメイド服を着ている。そういう役柄だからだが、演劇部の2枚看板といわれる飛鳥のライバル的な存在だった。それだけに仲はすこぶる悪い。

「おお、怖い。その顔なら別に付け牙なんていらないんじゃない。その顔でいけますわよ、伯爵夫人様」

 息巻く飛鳥をどこ吹く風と言った風にまったく相手にしていない。それが余計に飛鳥の神経を刺激する。

 掴みかからんばかりの勢いで優子に詰め寄る飛鳥。その時。

「ストップ。ストーーップ! もういい加減にして頂戴」

 泰代は悩まし気に額を手で覆うと叫んだ。

 ため息をつくと、「少し、休憩しましょう」と宣言した。


「お茶が入りました」

 マネージャーの黄桜きざくら珠美たまみがコーヒーと紅茶の乗ったお盆を運んできた。

「ふん。お茶なんてひとつもないじゃないの」

 飛鳥が腕を組んでお盆をねめつけながら毒づく。機嫌はまだ斜めのようだった。

「ふふ、日本語の機微が分からなくて女優ですってね。いやんなっちゃうわ」

 すかさず、優子が拾ってきた。飛鳥は目をまんまるに見開いて何を言い返そうかと口を開く。

「あーー、もうやめて頂戴」

 泰代部長が二回戦を始めようとする二人のすかさず止めた。ため息をつくとお盆のコーヒーを取り、一口すすった。

「もうね。なんであなたたちはいつもそんなに喧嘩ばかりしているのよ」

「別に私は喧嘩したいとは思ってませんよ」

 優子がにやにや薄ら笑いを浮かべながら、同じくコーヒーを取ると近くの椅子に腰掛けた。

「まあ、その辺にしておこうよ」

 三回戦が始まる雰囲気を察して、とどろき大輔だいすけ、先の目つきの悪い男役、が言った。

「珠ちゃん、なに飲む?」

「あっ、はい。紅茶が良いです」

 大輔は自分と珠美のために紅茶を二つ取った。


「あら、紅茶がないじゃないの。私、紅茶が飲みたいの。紅茶をだしてよ」

 飛鳥が飲み物を取ろうとした手を引っ込めた。

「ごめんなさい。パックを切らしちゃってて、三つしかなかったんです。だからあとはコーヒーなんです」

 すまなそうに珠美が言った。

「ちっ。ほんと使えないやつばっか……」

 ぶつぶついいながら飛鳥はコーヒーのカップを手にとるとミルクと砂糖をこれでもかと注ぎ込んだ。

 10分ほどの休憩を挟んで、稽古は再開された。


「いいかげん、お前の正体は分かっているんだ」

「わたくしの正体……? さて、何のことだかさっぱり分かりませんわ」

「もう悪あがきはよせ! ハイゼルフォン伯爵夫人。

いや、吸血姫きゅうけつひカミーラ! この聖水をくらえ!!」

「うぎゃあ」 

「さあ、観念しろ」

 ヘルシング教授は、両手に杭と木槌をもってカミーラへと迫る。うずくまっていたカミーラはむくりと起き上がる。

「しゃーーーー」

 大きく開けた口には鋭い牙が生えていた。

「小汚い人間風情がこのわたくしになにかできると……できると、おも、おも……」

 カミーラ、いや、飛鳥は苦しげに顔をゆがめた。

「う、うう……」

 飛鳥は両手をつく。

「うげぇ」

 嘔吐した。大量の吐瀉物と共に付け牙がポロリと落ちる。そして、そのまま体をくの字に曲げてのた打ち回り始めた。

 あまりに唐突な出来事に皆、呆然とした。

「あ、飛鳥! 大丈夫!?」

 最初に我に返ったのは泰代部長だった。舞台に駆け上がると、飛鳥を助け起こす。飛鳥はすでにぐったりとしてぴくりとも動かなかった。

「だれか、先生を呼んできて。はやく! はやくして!!」


2020/12/13 初稿

2022/10/08 イラストの著作権を後書きに明記


本編のイラスト著作権 (C)遥彼方

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