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目が覚めると私はベッドに寝かされていました。ここは助けてくれた親子の家でしょうか。
窓が無いので昼か夜かもわかりません。
それから、なんだか懐かしい匂いがします。
これは、お母様が王宮から帰られた時によくしていた消毒液の匂いだと思います。
私は立ち上がってドアから外に出てみました。指輪を使った疲労も取れて、調子は元に戻っていました。少し足が筋肉痛ですけど。
狭い廊下を抜けると、少し開けた場所に机と椅子が置いていて、椅子に男性が座っていました。机には緑色や赤色の液体が入った瓶が所狭しと置かれています。
「起きたのか。随分と疲れていたようだな」
その男性は私に気付いたようです。歳は私よりはだいぶ上のようですが、青年と言っても良いくらいでしょうか。細身の整った顔立ちの人ですけど、目が鋭くてちょっと恐そうです。
「助けていただいてありがとうございます。私はフリージアといいます」
連れてきてくれたはずの親子の声とは少し違う気がしますが、とりあえずお礼を言いました。泊めていただいたことには変わりありませんから。
「私はライラックだ。君を助けたのは私ではない。ここは君のような者が運び込まれる場所なだけだ」
「ライラックさんはお医者様ですか?」
いろいろと合点がいきました。消毒液の匂いがしたりカラフルな小瓶、恐らくポーションが置いてあったり。
「私は治癒魔法が使えるわけではないから医者というより薬師になる。この診療所で薬を使った医者の真似事をしているんだ」
「薬師ですか。ポーションを作る人には初めてお会いしました」
「そうは言っても簡単なものしか作れないがな」
治癒魔法を使える者は限られているので、身分が高くないと魔法による治療はなかなか受けられません。庶民の間ではポーションの様な薬品の投与や、消毒等を用いた処置で怪我や病気を治します。
とは言っても、私達貴族も軽い怪我や病気くらいなら薬を飲んだり包帯を巻いたりしますけど。
それと、ポーションを作れる薬師は都会では引っ張りだこの人気職です。辺境の村に薬師がいるなんて意外でした。
「君を連れて来たのはマルクという男だから後で礼を言いに行くと良い。マルクの娘がしつこく様子を聞きに来ていたからな」
元気の良さそうな女の子でした。顔は見れなかったけど会ってみたいです。早めにお礼を言いに行きましょう。
「調子はどうだ。軽く診た感じだと、君は魔力の枯渇による衰弱状態だったようだ。放っておけば元に戻るが念のためマジックポーションを処方しておいた」
私が魔力を使ったということは、あの指輪は使うと魔力を消費するものだったのですね。使うと脱力していたことに納得がいきました。
マジックポーションは高価なものです。私は慌ててお礼を言いました。
「自分で作ったものだから原価は大したことはない。しかし、君は魔法を使うのだな。こんな辺境の村に何をしに来たんだ」
マトリカリアに知れたらまずいので、親に殺されそうになって家を飛び出したとは口が裂けても言えません。どう答えましょうか。
「事情があるなら無理に答えることはない。これからどうするんだ?行き倒れていたようだがアテはあるのか」
どこかに行くアテはありません。とにかく逃げて、その先にある村で暮らすというのが目的です。逃げて来たとは言えませんがそう伝えると、ライラックさんは難しそうな顔をしました。
「こういう小さな村は誰かにタダ飯食わせる余裕は無いから、全員が働いて役に立たないと成り立たないんだ。君は力仕事には全く向かなそうだし何か出来ることはあるのか」
「私に出来ることですか……家事全般と、一日一回だけなら簡単な治癒魔法が使えますけど」
指輪の事は言わないでおきました。ライラックさんは大丈夫でしょうけど、治癒魔法が使える指輪なんて、誰かに知られたら盗られるかもしれませんし。
そう言ってから、私はこの診療所で働かせてもらえないかと考えました。どうやらライラックさん一人でされているようですし、何より指輪の力が役に立つ気がします。試しにそう伝えてみました。
「私もほとんどボランティアのようなものだから給料はほとんど払えないぞ」
「それでも構いません。どうせ行くアテもないので居場所をいただけるなら充分です」
ライラックさんは少し考えてから、了承してくれました。
「部屋はいくらでもあるから住み込みで家事をしてくれないか。あとは食費がかかるから、君の治癒魔法で治療した客の治療費の半分が君の給料、という感じでどうだ」
願ってもない条件だったので私は二つ返事で了承しました。
「ありがとうございます!よろしくお願いします!」
私はその日から診療所で働くことになりました。