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そのまま国王陛下の寝室に向かうと、部屋の前には既にルピナス様とライラック様が到着していました。
私の自意識過剰ではなく、二人とも明らかに着飾った私を物珍しげに見ています。
ルピナス様は目を見開いていましたが、珍しく照れくさそうに私を褒めてくれたので、逆にこちらが恥ずかしくなってしまいました。
ライラックさんは「本当に貴族だったのだな」なんて酷い感想を言ってきたのですが、照れ隠しだと思いたいです。
結婚経験者の余裕がある人、などと心の中で褒めた私を返してください。
「フリージアはなかなかの器量良しでしょう?ルピナスもしっかり頑張らないとね」
マリーゴールド様の押しが強すぎます。そう思ってルピナス様を見ると、彼はライラックさんの方を見ていました。
まさかルピナス様はライラックさんのことが好きなのか、と思うほど私も馬鹿ではありません。マリーゴールド様もそうですが、私とライラックさんの仲を疑っているのかもしれません。
私もなんとなくライラックさんが気になって目で追ってしまうのですが、自分がどう思っているのかよくわかりません。ライラックさんは私に全く興味が無いみたいですし。
外で話し込んでいても仕方ないので、ルピナス様が衛兵に話して中に通してもらいました。
国王陛下は眠っているようです。側では侍従とお医者様が待機しています。
「起きていると随分と痛がるのです。今は薬が効いていて眠っていますけど、ずっとそうしているわけにはいかないから見ているこっちも辛くて」
マリーゴールド様が陛下の容態を話してくれました。
「少し診せてもらってよろしいでしょうか」
ライラックさんがそういうと、ルピナス様がうなずきました。主治医が少し眉をひそめましたが、ライラックさんは気にせず陛下に近寄って様子を見ています。
「なるほど、本当に栄養が足りなくて衰弱しているようだな。栄養を吸収できず患部を痛がるということは内臓の疾患ということか……あまりに出来たタイミングなので毒物の類を疑っていたのだが違うようですね」
ライラックさんは診察してから投薬するという本当に医師の仕事をしていたので、患者を見るとついそうしたくなるのかと思っていたら、全く違う理由でした。
「あまり大きな声では言えないが僕たちもそれは疑ったんだ。医者は信用できる者に持ち回りで任せているからその心配は無いよ」
「余計なことをしました。これでは治癒魔法や治療薬の類では治せないのも無理はないです」
なんだか凄くハードルが上がった気がします。本当に治せるのでしょうか。
さっさと試してみたいのですが、そう言うとルピナス様に止められました。
「ギャラリーは多いほうが良いと思ってね。いろいろな人を呼んでいるんだ。君のご家族も呼んでいるよ」
私はそう聞いて思わず動揺してしまいました。あの人達から身を隠すためにこっそり侵入したのではなかったのでしょうか。
「心配しなくていいよ。彼らは捕えるために呼んだだけだから。君の身を守るためというのもあるけど、万が一、君の姿を見て逃げられたら困るから回りくどい方法を取ったんだ。私の一存で爵位を持つ者を罰せれるほど私に権限は無くて、それができる者を呼んだんだ」
ルピナス様がそう言うと人が入ってきました。
先ほどのラムサス様とキャメリア様です。二人とも私達の姿を見て驚いているようです。
その後ろから見知らぬ老人が入ってきました。
「ルピナス様、たかだか怪我の治療を施されただけで、部外者をここに招き入れるなど非常識にも程がありますぞ」
老人はいきなり文句を言ってきました。言いたいことはわからなくもないですけど。
「あちらは王国宰相アルベルト・ディセントラ公爵だ。わざわざ呼びつけてすまない。ディセントラ公にちょっとお見せしたいことがあってね」
「まさかその村医者が陛下を治療できるとでも言うのではないでしょうな」
「まあ、ちょっと違うけどそのまさかだよ」
ディセントラ公爵様は全く信用していないのか驚きもしません。それどころか鼻で笑って部屋を出ていこうとします。
「ディセントラ公、我々は失われたマトリカリアの聖女の正当な後継者を見つけたのだ」
「なんだと?」
サージェント様が煽るようにそう言うと、ディセントラ公爵様は踵を返してこちらに向かってきました。
「まさか、卿はさっきから隣にいるこの娘がそうだと言いたいのか」
「その通りだ」
「なるほど。つまりルピナス様を治癒したのは村医者ではなくこの娘ということなのだな」
ディセントラ公爵様は私を上から下まで見回しています。
「ディセントラ公爵様、お初にお目にかかります。フリージア・マトリカリアと申します」
「カトレア卿に其方のような娘がいたとは知らなかった。マトリカリアのことは報告を受けたはずなのだが」
横を見るとサージェント様が何だか恐い顔をしています。ディセントラ公爵様はそれに気づいているようです。
「ハイペリカム卿、巷の噂を私は知っているが、マトリカリアの聖女を害するほど私は耄碌しておらぬ。自分を診てくれる医者を殺す馬鹿がどこにいるというのだ」
「……ディセントラ公、失礼した」
「こやつらは、其方の母親が亡くなったのを私のせいだと思っておるのだ。どうも、私も随分と勝手に名を利用されているみたいでな」
私がオロオロしていると、ディセントラ公爵様がそう教えてくれました。なんだか聞き捨てならない話なのですけど。
「事故ではなかったのですか?」
「ふーむ、其方は何にも知らぬのか」
ディセントラ公爵様は私を値踏みするように見ています。
「聞いただけでは俄かに信じられぬ。全ては其方の力を見てからだ。陛下を治療して見せるがよい」
なんだか聞いていたほど悪人には見えない人でした。そう思った時、扉から見慣れた人達が入ってきました。