アホの子は転生してもアホでした
一ノ瀬モヨは正真正銘アホの子である。
家庭科の授業で小麦粉をまき散らした挙句に粉塵爆発させた直後、「これから転生するにあたって望むことはありますか?」という声に対して「お姫様になりたい!アイドルになりたい!魔法少女になりたい!」と言ってのけ、声の主を困惑させた剛の者である。
一方、岡マリカは天才である。
家庭科の授業中に粉塵爆発に巻き込まれた直後、「これから転生するにあたって望むことはありますか?」という声に対して「何もないわ。だって私は天才だもの」と言ってのけ、声の主を困惑させた剛の者である。
ロワーヌ侯爵家の令嬢であり、領地にファンクラブがあり、魔法少女に変身できるという本当にお姫様でアイドルで魔法少女のモヨは、栗色のショートボブに同色の大きな瞳、黙っていればかなりの美少女と言える。
しかし彼女は先程から試練に直面していた。尿意が波となって押し寄せているのだ。
「アイドルはおしっこなんてしないもん!つーかここで野ションなんかしたら人生終わるもん!」
実は2時間ほど前から寒風吹きすさぶ時計塔の頂上で悪者が現れるのを待っているのだが、一向にその気配がないので困惑しているのだ。領民を守る貴族として、市民を守る魔法少女として、トイレに行っている間に悪者を見逃すわけにはいかない。
「来た!あいつだ!」
一方マリカは長い黒髪に切れ長の黒い目、その美貌をもってしてもあふれ出る知性は隠せていない。
その優れた頭脳から生み出された数々の発明で財を成した彼女は、近年勢力を増すピノン男爵家の養女となっていた。
さらには侯爵家を追い落とすべく、ロワーヌ領内で様々な悪事を働いているのだ。
「早く運びなさい。時間がないわよ」
マリカと手下10名は、小舟に乗せられた荷物を次々と運び出している。暗い路地に積み上げられたものは袋詰めされた粉のようだったが、袋の中身を取り出したマリカがにやりと笑う。小麦粉の中に隠されたそれは現代の重火器にも見えた。
「ふふ、今夜でロワーヌも終わりね」
「そうはさせないわ!」
声がした方を見上げると、時計塔の頂上で少女が栗色の髪とプリーツミニスカートをはためかせていた。
「モヨ!またあなたなの?どこまでも邪魔をする気!?」
「当然よ!ロワーヌの平和はこの私が守るわ!」
「ふん、そんなこと言ってられるのも今のうちよ。みんな、あれを用意しなさい!」
「へい!」
「うわっまぶしっ」
マリカの手下どもが構えたのは強力な投光器と、撮影機能付きの携帯電話だった。夜の中にモヨの姿が明るく浮かび上がり、パシャパシャとシャッターを切る音が響く。
「ふふふ、これであなたも終わりね。そんな場所でミニスカートを穿いていた己の身を呪うがいい!」
「くっ、卑怯な!こうなったらあれだ、変身!もにょてぃにょにょ・・・いや、もにゅ・・・もよてぃもにょ!」
『説明しよう!一ノ瀬モヨは、なんだかよくわからない者のいい感じの力により、魔法少女モヨティモヨに変身するのだ!ちなみに変身による身体能力の向上、魔力の強化、その他一切の効果は全くない!』
モヨの身体がピンク色の光に包まれたかと思うと、そこにはピンクと白のワンピースフリルスカートを纏った少女が立っていた。どのような原理か髪の毛までピンクに変わり、いかにも魔法少女っぽい杖まで持っている。
「出たな、モヨティモヨ!さあ勝負よ、降りてきなさい!」
「うん!ちょっと待ってて!」
魔法少女が時計塔の螺旋階段を駆け降り、管理人のおじさんに怒られ、入口の鍵を開けてもらい、入り組んだ路地で迷って泣きそうになり、通りがかりのおばさんに道を尋ね、悪者達が待つ路地にたどり着いた頃には、マリカと手下たちは今流行りの携帯ゲーム「ネズミートムトム」の対戦プレイで盛り上がっていた。
「はあはあ・・・待たせたね悪人ども!さあ覚悟しなさい!」
「ちょっと、ガチャ引いてんだから待ちなさいよ。・・・くっ、ノーマルピロじゃない。あなた達、やってしまいなさい!」
「雑魚なんて何人いても同じよ!【異界転移】!」
モヨは相変わらずアホの子だが、転生時に獲得した魔法の力は絶大である。マリカの手下を10人まとめて異世界に転移させてしまった。
「何をしたの!?あいつらはどこ!?」
「ふふん、異世界に飛ばしてやったの」
「異世界ってどこよ」
「前に私達が住んでた世界だよ。だって私、他の世界なんて知らないもん」
「なんて事を・・・あなた自分が何をしたか分かっているの?」
「だから前の世界に飛ばしただけだって。飛行機乗れるし、スマホでエロ画像見れるし、むしろ最高じゃん」
「私達の前の世界はね。伝染病でGDPマイナス成長になって、失業率上がるわ派遣切りされるわ、新卒の採用だって撤回されているのよ?そんな中に何のスキルも知識もないおっさんを送り込んだら、人生詰むに決まってるじゃない。鬼!悪魔!アホの子!貧乳!脳味噌お花畑!」
モヨにはマリカの言っていることが2割ほどしか理解できなかったが、なんとなく罵倒されているらしいことはわかった。
「何とでも言いなさい。ここで決着をつけるよ!【隕石召喚】!」
【隕石召喚】は、衛星軌道上の隕石を地上に召喚して相手にぶつけるという最上級の攻撃魔法である。対象物は跡形もなく消し飛ぶことであろう。
しかしマリカの表情には余裕があった。右手をスカートのポケットに入れると、何やらスイッチを押す。
「あれっ?えい!メテオストライク!えい!なんでぇ!?」
「ふふふ、天才を舐めるんじゃないわよ。この【魔法無効領域発動装置】があれば、あなたの魔法なんか恐れるに足りないわ」
『説明しよう!岡マリカが持つ【魔法無効領域発動装置】は、一度スイッチを入れると1時間、半径5m以内の魔法を無効化することができるのだ!』
「形勢逆転ね。さあ、おしおきの時間よ」
マリカは路地に置いてあった小麦粉の袋の中から長い筒状の物体を取り出した。表面についた粉を軽く払うと、それは鈍く鉄色に光った。
「私が開発した魔法発動器よ。【原子分解】の魔法が装填してあるの。ふふ、アホのかけらも残らないから安心なさい」
「くっ・・・これまでか!パパ、ママ、みんな、最期までこんなアホでごめんなさい」
「地獄で閻魔様にアホを治してもらいなさい。さらばモヨティモヨ!」
マリカは迷わず引き金を引いた。モヨは思わず目をつぶる。
「あれ?」
『説明しよう!岡マリカが持つ【魔法無効領域発動装置】は、一度スイッチを入れると1時間、半径5m以内の魔法を無効化することができるのだ!』
「・・・・・・」
「・・・・・・」
モヨが小麦粉の袋を持ち上げ、マリカの脳天に叩きつける。空になった袋を奪い取ったマリカがそれをモヨに被せ、新たな袋を破いて武器を探す。もはや互いの必殺技が意味を為さない以上、物理攻撃に頼るしかないのだ。
大量の粉が舞い踊り、モヨのピンク色のフリルスカートも、マリカの黒いワンピースも、分け隔てなく真っ白に染まっていく。
「そこだ!」
マリカがピンク色の影を見つけ、中身入りの麻袋を叩きつける。しかしそれは木の枝に掛けられた魔法少女のフリルスカートだった。
「忍法空蝉の術!」
意外にも難しい言葉を使ったが、それはもはや魔法でも何でもなく、下着姿のモヨは新品の小麦粉をマリカの顔にぶちまけた。マリカが咳き込んだ隙にそのポケットから【魔法無効領域発動装置】を取り出し、遠くに放り投げる。
「しまった!」
モヨは先程まで鈍器として使っていた魔法少女の杖を拾い上げ、余裕を持って構えた。
「油断したね、マリカ。私だって考えてるんだよ!【炎の嵐】!」
「ちょっ、バカ、あんた・・・」
川沿いの路地は爆炎に包まれた。周囲の荷車を、小舟を、塀を、屋根を宙に吹き飛ばし舞い上げる。その爆発によるキノコ雲は5㎞離れた市街地からも確認できたという。単発の魔法などとは比較にならない、災害レベルの爆発であった。
『説明しよう!粉塵雲、着火源、酸素の3条件が揃えば、一般に可燃物と認識されていない物質でも爆発を起こすことがあるのだ。これを【粉塵爆発】と呼ぶ!』
「いててて・・・あのアホ女、覚えてなさいよ。ロワーヌはこの天才にこそふさわしいんだから」
そのマリカの呟きは、おそらく無理というものである。元々アホの子が爆発の衝撃で頭を打って、この日の出来事を覚えているはずがなかった。
「あれー?わたし確かマリカちゃんと戦って・・・あ、大変、火事だ!変身しなきゃ。服はどこ!?」
アイドルはおしっこどころかお漏らしもしないはずであったが、爆発の衝撃で膀胱を刺激されたのは不幸であった。ただし本人が気づいていないからセーフと言えないこともない。
麗しきロワーヌの町を巡り、天才と紙一重のバカと正真正銘のアホの子の戦いは今日も続く。
二人をこの町に転生させた大いなる者は、心底それを楽しんでいた。