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選挙と現実

作者: 仁藤欣太郎

 本邦は数日前まで東京都知事選の話題で持ち切りだった。各候補者の政策提言についてここで何か具体的に論じる気はないが、選挙における有権者の言動に関して、以前からずっと疑問に思っていたことがある。


 有権者が候補者を選ぶ際、各候補者が掲げる政策というのは誰に投票するかを判断するための重要なファクターのひとつだろう。その政策の意味、メリット・デメリット、短期的な影響と長期的な影響、理論上では見えてこない実務上発生する様々な問題などなど。あらゆる側面から適切に判断できるような能力を持った人は極めて少ないにせよ、各々が何らかの判断基準によってその政策の是非を判断しているにちがいない。


 ここでは各々の判断基準の妥当性については置いておいて、一度「ある経済政策Eが確実に日本経済を好転させる」と仮定して考えてみよう。その経済政策Eを明確な意図でもって支持したか、なんとなく支持したかにかかわらず、仮にその政策が実現されたら自分たちには今よりマシな未来が待っている、と考えるなら、その根拠は何か。


 ある貧困層の有権者が経済政策Eを支持したとしよう。それが貧困層ほど有利で、かつ富裕層ほど不利な政策であるならば、その人の期待はそれなりに実現するかもしれない。しかしあらゆる層が利益を得られるのであれば、その人の社会における立ち位置はその後も変わることはないだろう。国民全員が同じ比率で資産と収入を増やし、物価もそれと同じ比率で上がれば生活は以前とほとんど変わらない。むしろ比率が同じなら格差は広がる。


 富裕層に対する邪推を根拠とした敵意を持つ人は、「それでもインフレになってお金の価値が下がれば格差が縮まる」と考えるかもしれない。しかし多くの金持ちはインフレ・デフレの意味ぐらい理解しているだろうから、インフレの傾向が強まると予想される状況では現金資産の比率を減らし、不動産や証券の比率を増やすだけの話で、実際のところ大して差は縮まらないだろう。


 問題はそれだけではない。政策議論などで他人を論駁ろんばくすることに何らかの意義を見出している人が、おそらく議論の間中ずっと忘れていることがある。それらの政策の影響は、その政策の影響が及ぶ範囲以上には影響しないということだ。よしんば波及効果で小さな影響があったとしても、それに有用性を認められるほどの効用がなければ意味がない。


 仮に経済政策Eがある層の生活を豊かにし、かつ他の層との相対的な差を縮めるとしよう。そのようなことが起こったとしても、それによって非モテが急にモテだすことも、嫌われ者が知らないうちに人気者になることも、普通の人が何の挑戦もしないまま同じことを繰返していて急に有能な人間になることもそうそうないのではないか。臆病者が多少勇敢になることならあるかもしれないが、勇敢になってリスクを取ったとして、相応のリターンを得られるのは潜在的に能力が高かった臆病者と、たまたま運がよかった者だけだろう。


 この世で現に起こっていることは、多かれ少なかれ社会や環境、時代、先天的な差異などの影響を受ける。だからといって何か問題が起こるたび、自分自身の行いに起因する問題を一切合切無視して、己の身に降りかかるすべての不幸は社会や他人がもたらしたもので、それらが変われば自動的に自分の置かれている状況も良くなるはずと考えるのは、政策議論以前に現実的ではない。


 専門的な話に首を突っ込んでいるときは埒外(らちがい)の話に注意が向かなくなりがちだが、自分がある物事に意識を向けている間も、他の物事の影響が消えてなくなるわけではない。現実を構成する要素の()()についてどれだけ自分の考えや能力が優れていると誇ったところで、その考えや能力が意味を成す範囲を一歩でも出れば、それらはまるで役に立たなくなる。これこそが現実ではないか。


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― 新着の感想 ―
[一言] 人民主義と体制主義の問題ですかね。つまり「この政策が良いと判断したなら、たとえ普段は自分たちの利益を代弁してくれないであろう政党でも投票する」か、「目先で自分たちに明らかに不利な政策をとろう…
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