前編。冬の夜中のネコナベ事情。
にわかながらに、落語の高座風味な地の文に挑戦してみました。そんな雰囲気を味わってもらえたら幸いです。
ペットの中でも猫。こいつぁあかわいらしい反面気まぐれでも有名。振り回されてる飼い主様方も、少なくないんじゃあございませんか?
さて、そんな猫の中にかわったスタイルで寝るのがいるのをご存じでしょうか?
ーーねこなべ。
鍋にはまって丸くなって寝てる状態のことを言います。しかも自ら好き好んでひょこっと入り込む。器用なもんです。
そんなねこなべ状態の猫の様子を、ちょっと 覗いてみることにしましょう。
師走に入った深夜。飼い主さんがぐっすりこんと眠ってるその時間に一匹。中華鍋にはまった黒猫が目を覚ましました。
一つあくびなんぞしながら、四方にそれぞれの足を延ばして寝起き感満載。窓から差し込む月明りに照らされたその姿は、ちょっとばっかし幻想的です。
寒くて起きたのかと思えば、とてもそうには見えず。むしろ空気が冷たくてシャッキリ起きられたぜ、とでも言いたげに目をパチっと開けて余裕の表情。
「さて。でかけるとしますか」
今のは猫の声。紛れもなく人の言葉を発しております。
猫は昔から、魔法使いのおともとして描かれることの多い生き物です。この猫も、そう言った潜在能力を持っているのかもしれないですね。
でかけると言ったわりにこの猫は、鍋から出ようとしません。後ろ足をむしろ鍋に戻し、前足を鍋の縁にひっかけるようにして置いてる状態。
人が気持ちを落ち着ける時のように、ゆっくりと目を閉じた黒猫。すると、
なんということでしょう。鍋が宙に浮き始めたではありませんか!
そのままふよふよと鍋は、まるで猫が操縦してるかのように自在に動き、手ごろな大きさの窓の前に行くと 猫はその鍵を、ロックを解除しサッシをオープン。
一切迷いなく、キンキンに冷えた寒空へと鍋ごと出ると、今度はサッシを閉めたから驚きだ。そして、あたりまえのようにねこなべは夜中の町へと繰り出したのでございます。
目的地でもあるのか、ねこなべは迷いなく道を行きます。この情景を見たら老若男女、誰もが我が目を疑うこと請け合い。
そんな人間の事情なんぞ知ったこっちゃないとばかりに進むねこなべ。とある路地裏に到着すると、そこはおかしな空間だったのです。
なにがって? そりゃあ。
ねこやかんにねこフライパンなどなど。いろんな、料理に使う深さのある物に猫が入って、それも全て浮かんでるんですよ。
これを奇妙と言わずしてなんと言うって光景でしょう。
「寒い中ご苦労なこったにゃ」
フライパンに乗ってる毛の短いのが、中華鍋猫に目付き悪く声をかけまして。
「無駄な努力はやめたらどうだ?」
挑発返しをする中華鍋猫。
「ふうう。なにを言うにゃ。努力は報われるって、ごしゅじんさま言ってたにゃ!」
表情を険しくしたフライパン猫、威嚇の声。
「まったく、すぐにギャーギャーと。品がないなぁ君たちは」
気障ったらしいやかん猫。
「にゃんだと?」
「品だけよくてもしかたないだろ」
自信ありげな中華鍋猫。フライパン猫ともやかん猫とも違う、落ち着きから来る風格のような物を感じさせますね。
「人間の世界には、三度目の正直と言うのがある。見ているといい。そこでにぼしでも咥えてな」
そう言ってニヤっと一笑いして、やかんは地面に降りた。はてさて、いったいなにをしようと言うのかこの猫たち。
にぼしを咥えるって言うのは、どうやら指をくわえての猫の間での言い回しのようで。しかし、フライパン猫も中華鍋猫も聞く耳持たずと言った調子。
「あなたたちのおかげで、一週間って言うのがわかったわ。ありがと」
聞こえて来たのは、呆れたような プライドの高そうな女の声。しかし綺麗な声です。鈴を転がしたような、って言うんでしょうかね?
月明りを浴びて、一層際立つ純白の毛を持つ水色の瞳の猫。居場所を考えると野良のようではありますが、その美しさは野良猫生活をしてるとは思えないほど。
浮遊した食器や調理器具のあちこちから、上ずった黄色い歓声が上がります、男の声が黄色いのかはいささか疑問じゃあございますが。
どうやら彼女を目当てに、この浮遊猫たちは集まっているようでございます。
「なぜ、ぼくのところに来てはくれないのですか お嬢さん」
ガサリっとなにかを持って、やかんから出たやかん猫。そう言いながら、袋を彼女の前に置きました。
「ぼくのところに来れば、冬の寒さにも夏の暑さにも苦しまず、なにもせずとも食事にありつける。素晴らしい環境だって言うのに」
おおげさにがっかりしたと言うジェスチャー。食欲と楽に訴え、なおかつ相手の心をチクリと刺して、
『ごめんなさい、そんなに思ってくれているなんて知らなかったの。わかったわ』
と言う同情票を得ようとするとは、この猫なっかなかの策士。
でも人間の観点から見るとこの、物と一時の心の波で釣るやり方。たとえ射止められたとしても、一瞬で破綻すると思うんですが、はたして猫業界ではいかがなんでしょうかね?
「いらないわ。そんな環境」
にべもありませんでしたね。呆れかえるを通り越して、最早哀れみすら声に乗っております。
「どうしてさ。こんなにもぼくが良さを教えているじゃないか」
本性が出ましたこの猫。どうやら、本気でこの白猫ちゃんを射止めたいのではなさそう。
「はぁ。この際だからはっきり言うわ。自分の手柄でもないことを振り翳して言うことを聞かせようなんて、そんな野生じゃ生きていけないような奴はタイプじゃないの。後、あなたみたいな無駄にまるっこくておっきいのもね」
そうなんです。実はこの気障猫。よくよく肥えていたのです。よくやかんに収まったな、と思わず二度見するほどに。
ぐううと、悔しそうに低くうめく気障猫。どうやら猫の世界でも、痩せてる方が好まれるようで。
「あなたにはきっとお似合いの、尻軽女がいるはずだから。そんな子見つけて、よろしくやって」
右の前足、右手で 追っ払うようにシッシと白猫ちゃん。
「こ……この、こけにしやがって。後悔するからな!」
捨て台詞一つ。力が入りすぎて、いくつか袋の中身 ーーキャットフードがこぼれてしまいましたが、そんなことはかまわず。
やかんに戻った気障猫は、苦々しい表情一つを残して、すごい勢いで飛び去って行きました。
嘲笑のような意地の悪い笑いが、一部からザワザワとするそんな中。
「で? 次は誰かしら?」
地面に散らばったキャットフードをかき集めながら、挑発するように めんどくさそうに白猫ちゃん。
この零れ落ちた物が、食べ物だとこれまでの経験で学んでるんですね、この娘は。
「次はぼくにゃ」
フライパンが降りました、が。
「語尾に『にゃ』なんて、人間に媚びてるようなのは鼻からお断りよ」
なにを言うまでもなくバッサリ。
なにも言えず、フライパン猫はそのまま固まってしまいました。かわいそうな奴ですね。