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現代魔術師譚・境界のベナンダンティ  作者: みさっち
第1章:魔術師の帰還
18/27

1-10:記憶継承の扉の意味

修正部分

3.20 スマホから投稿したために半角となった段落など修正しました。

   ルビを振らせていただきました。

 (くに)で忍たちにあてがわれた部屋は、質素な造りだったが、清潔な寝台と布団が備えられていた。

 野外で過ごした夜はたった一晩だけだ。しかし、ロクに寝ていないこともあり、布団に倒れこむや瞬く間に眠りに落ちていた。

 そして朝目覚めると、アガレスと海音に呆れ顔を向けられた。


「知らない場所で、よくもまぁ、グースカ寝られるわね」


主人(あるじ)は妙な部分で肝が据わっておるようじゃのう。それとも、ただ単にお人好しというべきかのう?」


 どっちの言葉にも棘があり、ザクザクと忍を突き刺してきた。


「疲れてたんだし、仕方ないだろ」


「あの安全地帯ならともかく、ここは貫匈人(かんきょうじん)の町よ? いつ寝首をかかれるか、わかったもんじゃないんだから!」


「そうは言うけど、寝首をかく気なら、ここに連れてくる間にやられてるよ。李さんの方が明らかに実力は上だろ」


 忍の反論は明らかに正しく、海音は言葉を詰まらせた。


「まぁ、主人の言い分はもっとも。それにしても、主人の度胸の座り方は、少し異常にも見えるのう……」


 アガレスは忍の度胸の大きさを測るかのように、マジマジと忍の顔を覗き込んできた。


「なんだよ」


「普通の神経の持ち主なら、妖魔とまともに戦うことなどできぬ」


「だって……比良坂さんは……」


 忍に比良坂さんと呼ばれ、海音は飲みかけていた白湯(さゆ)を吹き出した。


「海音でいいよ! 比良坂さんなんて、学校のクラスメイトくらいしか使わないから」


「それは良いとして、先ほどの話じゃ。海音は位階(いかい)こそ主人よりも低いが、これまで実戦経験がある。自分から異端審問官との戦いに割って入るくらいだからのう」


「そうは言っても、一年程度の実戦経験よ」


「しかし、主人の実戦経験はほぼないに等しい。であるにもかかわらず、主人はあの枯れ野で異様なほど落ち着いた様子であった」


 そう言われてみると、自分でもおかしいと思うほどに落ち着いていたことを忍も思い出した。

 妖魔との戦いだけじゃない。死霊(レイス)を目の当たりにして戦った時も、あの異端審問官と相対した時もそうだ。忍は落ち着いていた。

 あの〝通り者〟に追われた時のように、恐怖に支配されなかった。あんなものよりも、よほど恐ろしい妖魔に牙を剥かれていたというのに……。


「僕がおかしいの……かな?」


「普通じゃないとは思う。それが……伝説のエヴァーラスティング・グリーン・ワンの特徴だというのなら、そうなんだろうけど」


 どうなの? というようにアガレスを見た海音に、アガレスは首を振って否定した。


「余も数多(あまた)のエヴァーラスティング・グリーン・ワンを見てきたが、今の主人のような方は初めてじゃのう」


「エヴァーラスティング・グリーン・ワンって、魔術の知識と記憶だけを継承する人なの? 戦闘経験とかも継承しないの?」


「過去にそのような者はおらぬ。しかし、余の預かり知らぬところでいたのかもしれぬのう。まぁ、主人の成長を観察して楽しむ身としては、いささか物足りなくはあるがのう」


 ニヒヒと笑ったアガレスの様子から、これまでも時折見せていた笑みは、すべて忍の成長と選択を観察して楽しんでいたものだと推測できた。


「それにしても……乾さんは?」


 今さらながらに、彼がこの部屋にいないことに気づいた様子の忍を見て、アガレスと海音は、わざとらしいほどに深いため息をついた。


「あんたがグースカ寝てる間に、どっかに行っちゃったわよ。もっとも、いなくなってくれてホッとしたけどさ」


「なんで……ホッとしたの?」


 忍には、海音がホッとしたという意味がまったくわからなかった。少なくとも忍にとっては、良き相談相手になってくれそうな先人にしか見えなかった。


「あのタヌキ親父は、独自勢力を築いているけど、時それぞれでベナンダンティについたり、マランダンティについたりと宗旨替えをする因業ジジイよ!」


「そんな悪い人には……」


「悪い人には見えないから余計にタチが悪いのよ! 関わっているとロクなことがないから、いなくなってくれて清々したわ」


「そんな人なのか……」


 少なくとも、まだ実害を被っていない忍には実感がわかないものだった。


「でも、あの人がいなくなって、元の世界に帰れるの?」


「それは問題ないわ。李貴人が教えてくれるそうよ」


「そうか……」


 それならと言いかけた時、忍は自分の寝台の枕の下に畳まれた紙が差し込まれていることに気づいた。

 引っ張り出して紙を開くと、それは乾からの短い挨拶状だった。


『用事を思い出したので、先に立たせてもらう。ノーライフ・キングの前途に幸あらんことを』


「ノーライフ・キングって……アンデッドのリッチとかヴァンパイアのことじゃないの?」


「エヴァーラスティング・グリーン・ワンの別名じゃな。魔術を追い求める者にとっての究極の目標。永遠に知識を継承する生命を持つ者のことじゃからのう」


「そうは言うけど、転生してもその知識の記憶がないんじゃ意味ないじゃないか」


 魔術知識を継承していたとしても、生まれながらにその知識を使えなければまったく意味がないように忍には思えた。その転生に意味はあるのか?


「主人の頭の中に膨大な記憶がないわけではないのじゃ。転生した際に混乱を来さぬように、その記憶の扉が閉じられ鍵がかけられておる。その扉を開けても問題ないとなった時、アンダーテイカーの店への道が開き、余との契約が発動するのじゃ」


「その面倒な流れに意味はあるのかな? そもそも、魔術の知識記憶を知ったままの状態で生まれると、問題があるのか?」


「例えば、この魔術を使うには生贄に人間の若い娘の生きた肝臓が必要だという知識があったとする。それを知った状態の赤子や幼児は幸せかのう?」


「なっ……」


 極端な例だったが、確かに情操教育にはよろしくなさそうな気がした。

だとすると、それなりに人格形成が成された段階で知識解放されることに意味はあるのかもしれない。


お読みいただきまして、ありがとうございます。


遅ればせながら、偉大なオカルト作家、古賀新一先生が3月1日にお亡くなりになったとのことを知りました。

ここに、哀悼の意を表させていただきます。

先生の代表作『エコエコアザラク』に少しでも近づけるお話が作れるように頑張りたいです。

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