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現代魔術師譚・境界のベナンダンティ  作者: みさっち
第1章:魔術師の帰還
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1-09:貫匈人

確定申告、その他諸々で更新が遅れてしまいまして申し訳ございませんでした。

 忍たちを興味深そうな目で見つめていた貫匈人(かんきょうじん)たちの一角が割れ、その奥から海音(あまね)が話していた通り、竹竿を胸の穴に通して二人の従者に担がれた貴人級の貫匈人が姿をみせた。もっとも、貴人と言っても担がれている以外はこれと言った特徴の違いはなく、腰布も中華風の(まげ)を結った髪型にも違いは見られない。

 貴人は地面に下ろされると、流れるような動作で担いでいた従者は胸の穴に通していた竹竿を引き抜き、その傍らに傅いた。


「余は李史文と申す。失礼とは思ったが、先ほどから耳鼠(じそ)を通してそなたたちを拝見させてもらっていた。許されよ」


 やや鼻に空気を通すような高めの声で、李史文は自己紹介を混ぜてそう前置きしてきた。


「耳鼠?」


 それがなんなのかわからず忍が聞き返すと、心得ているというように李史文は鷹揚と頷き、なにかを受け止めるように掌を上にして右手を掲げ上げた。すると、森の木からヒュッと風を切って一匹のモモンガに似た生物が飛んできた。


「この者は我が目、我が耳となる妖魔じゃ。使役することで離れたものを見ることができ、音を聞くことができる」


「使役?」


「西洋魔術で言う使い魔(ファミリア)だ。ゲームに慣れた日本の少年には、召喚獣と呼んだ方がわかりやすいかもしれんな」


「呼び方はお国ごとに異なりますな。我々は従魔(じゅうま)と呼ぶ」


 乾の捕捉を聞いて頷いた李は、さらに捕捉し続けた。


「妖魔を捕縛、あるいは縛殺する巫術を使い、末尾の言葉を従属の強制に変更する。あとは、妖魔が頭を垂れ、それに名付けをすればよい。実に簡単な巫術であろう?」


 李は説明半分だが、簡単に従属の術を教えてきたことに忍は驚きを隠せなかった。それほどまでに簡単な巫術なのか? いや、そんなに簡単に他人に伝えていいものなのか?

 そんな忍の疑問を察したのか、乾は苦笑しながらさらに補足説明を加えた。


「この山海魔境(せんがいまきょう)の世界で人間が生きていくのはとても困難だ。場合によっては外部からきた人間が、貴重な安全地帯を血で汚して(けが)しかねない。それゆえに貫匈人たちは妖魔対策の秘術とともに、この世界の則りを教え伝えてくれる」


 昨夜、必死で妖魔と戦う内に海音の巫術を見様見真似し、何度か失敗しながら妖魔を捕縛、縛殺する巫術を忍は憶えたが、最悪、その術も知らなければ、貫匈人はそれも忍に教えてくれたということなのだろう。


「穢されるなら秘術を与えてそれを防ぐ。この世界の住人には、そうした考えを持つ者がいるということを憶えておくといい」


「ずいぶんと……心が広いんですね」


「彼らの心底には、未開の蛮族に文明を教えていった古代中華人の志が残っているからだろう」


 未開の蛮族に文明を教える。

 確かに、日本史を紐解くと日本という蛮地の民に文明を伝えてきたのは、古代中華の人々だった。


「それでは、我が(くに)にご案内しよう。長居するなら、ここよりもさらに安全な場所がよいでしょうからな」


 李はそう言ってついてくるように促すと、その言葉を待っていたかのように従者たちが彼の胸の穴に竹竿を通して、また担ぎ上げ歩きはじめた。

 忍はどうするか戸惑い海音を見たが、彼女は軽く頷き、彼らの後に付いていこうと無言で合図してきた。もちろん、乾も李に続く様子だった。

 それなら、忍一人がここに居続ける理由はない。忍も立ち上がり、アガレスとともに彼らの後に続いて森の中を歩きはじめた。


「それにしても……昨夜から疑問があったんです。どうして、西洋の魔術と東洋の……巫術? のどちらも使えるのかって……」


 忍は少し前を歩く乾にそう疑問を投げかけると、彼は軽く忍を見てから口を開いた。


「それは簡単だ。その魔術文化が成長した場所は異なれども、根源たるものは同じもの。魂の力――我々魔術師はソウル・ドロップと言っているが、それを使って、普通とは異なる術を使う。原型が同じゆえに構造さえ理解すれば、使いこなすことは可能だ」


「ソウル・ドロップ……」


 それはアガレスからは教えられなかった言葉だった。しかし、ソウルがついている以上アガレスが説明した魂に関係する言葉だと忍にも容易に想像できる。


「ソウル・ドロップ――魂の雫と呼ぶものは、我々が魔術を使用するエネルギーだ。魔術だけではなく、生命活動を維持するためのすべてのエネルギーと言える」


「ゲームとかによく出てくる、マナとか言うものですか?」


「根本的に違うものだ。ゲームに登場するマナとはラリー・ニーブンという小説家が作り出した数値化出来る魔力表現のひとつにすぎぬ。あるいは、東南アジアで言う万物のすべてに宿る存在だな。前者はフィクションであり、後者を操ることはかなり難しい」


 乾は人の悪い笑みを浮かべて言葉を続けた。


「この世でマナの操り方を知る魔術師がいるとすれば、それはエヴァーラスティング・グリーン・ワン以外にはないだろうな。魔術知識を連綿とつないできた、文字通りアンデッドな魂を持つ存在だからな」


「でも、僕にはそんな知識は……」


「エヴァーラスティング・グリーン・ワンの知識には鍵がかけられており、その鍵とは契約の魔神――すなわり、君の場合はアガレスそのものだな。アレから知識を引き出せなければ、君はただの魔術師でしかない。力を尽くして、その知識をものにすることだな」


 乾の言葉にアガレスはニヤニヤと笑いながら、なにも言わずにワニの背に揺られているだけだった。

 そうこうする間にいきなり森が開けた。

 森のすぐそばは開けた緩やかな下り坂の草原になっており、その先に断崖が見えていた。かつて巨大地震があり、地面がそこで数十メートルずり上がったような、そんな大地を隔てる巨大な断崖だった。


「ここに平地が……。でも、空からは見えなかった気がする……」


 忍の言葉通り、現世から落ちてきた時、上空からこんな森の途切れる場所も断崖も見えなかった。だから、かろうじて見えたあの僅かに開けた枯れ野に忍たちは下りたのだ。

 忍たちが森の中を歩いた時間は、ほんのわずかにすぎない。

 では、なぜ?


「〈縮地(しゅくち)〉の術ね。あの李貴人は、あたしたちが気づかぬうちに空間を歪めて、別の場所につないだのよ」


 驚く忍に海音がそっと耳打ちした。

 要するにアガレスが使った〈アポーツ〉モドキの術を使ったということなのだろう。


「李貴人は、かなり高位の魔術師……いや、巫術師だな。そして邑も立派なものだ」


「邑?」


 感心したように乾は頷いたが、忍と海音には邑などどこにも見えない。断崖絶壁に人影も穴が掘られている形跡も見当たらないし、そこに至る場所に建物もなかった。


「目に見えるものがすべてとは限らない……。錬金術の書に書かれている一節の通りだ。真贋を見極める術は、常に使っていることで役に立つのだよ」


 乾は苦笑すると同時に短く呪文を唱え、忍と海音を指さした。すると、突然、眼前の岩壁が木造家屋で覆われ、忍たちは言葉を失った。


 岩壁にへばりつくように、多層構造の木造家屋が立ち並んでいた。それは、高さにして十五層くらいあるかもしれない。家々は階段や渡り廊下でつながり、長さ数百メートルの生活に不自由のない縦に長い巨大な町を形成していた。


「あの岩盤に含まれる成分が妖魔を寄せ付けぬ気を放っておるため、そこに我らは住まわせてもらっている。岩盤の成分は邑の建物幅ギリギリでな。当然、余の屋敷もあの中にある。さあ、参られよ」


 李はそう促すと、巨大な木造家屋に向かって歩き出した。

お読みいただきまして、ありがとうございます。

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