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現代魔術師譚・境界のベナンダンティ  作者: みさっち
第1章:魔術師の帰還
16/27

1-08:三人目の魔術師

ペットロスで落ち込み、執筆が遅れてしまいましてすみませんでした。

「ん……」


 草原でそのまま眠ってしまった忍は、小刻みに草を噛む音で目を覚ました。

 薄く目を開けると、すぐ目の前でオレンジ色の毛並みの小柄なウサギが草を食んでいた。そっと手を伸ばしてみると、捕まることを考えていないのか逃げる素振りも見せないので、ゆっくりとその頭に手を乗せてみる。やはりウサギは逃げる様子はなく、触れるなら撫でろとばかりに頭をグイッと押しつけてきた。


「あはは……。おまえ、本当に野生の子か?」


 そう疑うほどにウサギは人懐こかった。

 ウサギの頭を撫でて、その柔らかいモフモフした毛並みを堪能していると、すぐそばで寝ている海音がニヤニヤしながら忍を見ていることに気づき脅かされた。


「動物好きなの?」


「そうだね。動物はなんでも好きだよ。魚や爬虫類とかもね」


「そうなんだ。じゃあ、仲良くなれそうだね。あたしも動物好きだからね。うふふ」


 笑って起き上がった海音は髪をまとめていた髪留めとゴムをはずし、手ぐしで乱れた髪をなおしてから再び髪をまとめた。


「長い髪だね」


「赤毛は欧州では魔女の証と称することもあるのよ。おかげで物の怪や悪魔との取引に使うことができるんだけどね」


「取引? 悪魔と?」


「そう。とは言っても、せいぜい情報や魔術の知識を得られるとかその程度の取引だけどね」


 初めて聞くことだけに、忍は目を丸くしてアガレスの姿を探した。

 当のアガレスは、忍同様に複数のウサギと戯れ、楽しんでいる様子だった。


「僕は……別にアガレスと取引も直接的な契約もしていない」


「エヴァーラスティング・グリーン・ワンなら、それも仕方ないことでしょうね。数代、あるいは十数代前の存在が魔術の知識と能力継承のために悪魔と協力契約を結んだって伝説でしょ」


「そうなの?」


 そもそも、忍はそのエヴァーラスティング・グリーン・ワンの伝説からしてアンダーテイカーから聞くまでまったくの初耳の存在だった。実際のところ魔術について、よほど詳しい研究をしていない限り一般人が耳にする言葉ではない。

 だが、海音も多少知っているというだけで、実際のところ知っていることは忍とほぼ変わらないようなものだった。


「あたしだって、本物に会うのは初めてだし。正直、ただの伝説だと思っていたからね」


 初めて会った同業の魔術師である海音も伝説としか思っていなかったエヴァーラスティング・グリーン・ワンとは、いったいどんな存在なのか? より一層、忍の興味を引くものだった。唯一わかることは、ゲームなどに登場する〝勇者〟のように、この世にただ独り的な存在ではないということだった。


「他に知ってい……」


 そこまで言いかけた時、忍の耳に草を踏む足音が届いた。

 もちろん、海音も聞いたらしく、すぐさま起き上がり片膝をついた姿勢で太刀に手をかけていた。もちろん、この領域で血を流すことは禁忌に触れるために、戦うなら領域外に出なければならない。

 しかし、足音が二足歩行の人のものと感じた海音は、警戒の色を強くしていた。

 妖魔や野獣なら、この禁忌は確実に守られる。しかし、人間がそれを守るとは限らない。

 足音はゆっくりとしたものだが、しっかりとした足取りでこちらに近づいてくる。

 やがて草をかき分けて姿を見せたのは、灰白色の長い髪を後ろでひとつにまとめ、ダークブラウンのツイードのスリーピース・スーツを着た、紳士然とした六〇代後半くらいの男性だった。


「おや、先客がいたか。失礼。休息が取りたくてこちらにきた。敵意はない」


 老紳士はそう言って両手を軽く上げて広げて見せると、警戒されているということを察しているのか、海音からやや離れた場所から領域に入り、中央の水場にやってきて地面に片膝をついた。そして水に手を差し入れる前に、左右それぞれの手の甲に六芒星と五芒星が銀糸で刺繍された黒革の手袋を脇に置いた。

 魔術の発動体と思われる道具を脇に置くことは、確実に戦意がないことの証明と受け取った海音もまた、太刀を地面に置いて腰を下ろした。

 水を飲んだ老紳士は濡れた手をハンカチで拭きながら、忍と海音、そしてやや離れた場所でニヤニヤと笑っているアガレスの順番に目を向けた。


「私の名は(いぬい) 鏡三郎(きょうざぶろう)。〈7=4〉の魔術師で、O∴S∴T∴――銀の黄昏会の主宰だ」


「O∴S∴T∴……オーダー・オブ・シルバー・トワイライト?」


 銀の黄昏会と聞いて海音は眉根にシワを寄せた。

 海音が知る限り、その名を冠する魔術結社はひとつしかない。ベナンダンティにもマランダンティにも組みしない第三勢力。二〇世紀末頃から存在が噂されるようになった、ブラック・シャンパラーと呼ばれる場所に至る道を探すことを目的とした結社だった。


〈7=4〉(アデプタス)の魔術師(イグセンプタス)がいたとは幸運なことじゃな。余の主人に、魔術師の戦い方というものをひとつご教授願いたいものだ」


「ほう……」


 乾はアガレスの言葉に目を細め、なにも知らない様子の忍を見据えた。

 海音と忍を見て、自分を無警戒の様子の忍が悪魔の主人と考えたのだろう。


「悪魔が主人と呼び、その主人に魔術師の戦い方の教授を願うということは、降臨したてのエヴァーラスティング・グリーン・ワンということだな」


 アガレスの一言でそれぞれの立場を呑み込んだらしい乾は、胡座をかいて草地に座り込んだ。


「少年よ。魔術師の戦いの基本とはなんだと思うね?」


「え……?」


 いきなり奇妙な質問を投げかけられて忍は戸惑った。

 魔術師の戦い方なのだから、それは当然魔術と言うべきだろう。だが、それで答えは合っているのだろうか?


「攻撃魔法……ですか?」


 忍の回答に乾は苦笑しながら首を横に振った。


「違うな。魔術を使わせないことだ」


「魔術師なのに?」


「その通りだ。傍らの少女を見ればわかるだろう? 魔術師というのに身体を鍛えて、あまつさえ太刀まで携えている」


 忍は言われるままに海音に目をやった。

 確かに海音は筋肉質とは言いがたいが、鍛えられた無駄な肉のないアスリートのような足腰をしている。もちろん女の子だけに胸に脂肪があるのは仕方ないし、その部分には平均以上の肉がついているが……。

 なにより、魔術師と言うには似つかわしくない日本刀を携えていた。


「魔術師はいついかなる時も、物理的な攻撃力を持つ武器を携帯している必要があるのだよ。このようにな」


 乾が軽く上げた右手を開いて閉じると、いつの間にかそこに銀色の拳銃ブローニングM1910が握られていた。

 あわてて海音が身構えた時、乾は心配ないというように左手で海音を制して拳銃をクルリと回転させ、銃口を自らの方向に向け、そしてまたどこかに隠してしまった。


「安心したまえ。今、私と君たちが戦う理由はない」


 そう言われても、海音はもう露骨に警戒の色を顔に浮かべ、左手に持った太刀を手放すことはなかった。


「拳銃、太刀。あらゆる武器や魔術以外の技に精通していなければ、魔術師は生き残れぬよ、少年。これでよいか? 悪魔よ」


「結構じゃ。礼を言うぞ」


 乾は気にするなというように軽く手を上げると、肩に提げていた鞄から摘んだらしい野草を取り出し、ビニール袋に入れてわけ始めた。


「薬草を摘みに、この世界に来たんですか?」


「その通り。この地域には珍しい薬草がある。肌を美しくする薬草、瘤を治す薬草。魔術薬の材料となるものばかりだ」


 忍の質問に気負う様子もなく答えてくれる乾を、なぜ海音が警戒するのかわからなかったが、それでも彼女の気持ちを察し、忍はある程度距離を置いたまま質問を続けた。


「ここから現代日本に戻る道をご存知ですか?」


 今まで表情に変化も見せずにいた乾は、この質問に薬草を選別する手を止めて顔を上げた。


「迷い込んだのか?」


「いえ、異端審問官に追われて、無我夢中で西池袋の大境界に飛び込みました。そしたら、ここに辿り着いて……」


「なるほど……。見境なしの狂犬どもに追われたか」


 乾は納得したように、また選別していた薬草に目を落し、そしてそれらを鞄に戻した。


「知っている。彼らが案内してくれるはずだ」


「彼ら?」


 ハッとして忍と海音が周囲を見回すと、そこには胸に大きな穴があいた半裸の男たち――貫匈人(かんきょうじん)たちが、興味深そうな顔をし、この安全地帯を取り囲むようにして立っていた。

お読みいただきまして、ありがとうございます。


◆O∴S∴T∴

オーダー・オブ・シルバー・トワイライトの略字表現。実在の魔術結社表記にも使用。

魔術結社の性質を表現する時、通常の結社は∴を使用し、悪魔崇拝などを行う結社は∵を使うことが一般的。∴を使っているから正しい魔術を使う結社というわけではなく、∴を使っても邪術に手を染めている連中もいるらしい。

自ら悪い結社ですと表明していることになる堂々たる態度を見せることで、より強い力を得られるという考え方があるのかもしれない。

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