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現代魔術師譚・境界のベナンダンティ  作者: みさっち
第1章:魔術師の帰還
13/27

1-05:山海魔境へ

3.4 抜けている部分がありましたので、修正しました。

3.5 文中の『物体発火』の魔法使用のアガレスの説明が足りなかったので修正しました。また、忍たちが下りた空き地についての記載も追加しました。


3.8 海音の自己紹介に巫術について記載していなかったため、追記いたしました。

 眩い光に包まれたのは一瞬だった。

 すぐに、忍の耳元では激しい風音が聞こえはじめ、眩しさから閉じていた目を開けると、そこは地表までン千メートルほどの空の上だった。


「はあああああああああああああああああああっ!?」


 忍は絶叫を上げたが、忍の脇にしがみついている(?)ポニーテールの少女もアガレスも、ビュウビュウを吹き荒れる風音のせいか、まったく気にしていない。

 あまりの高さに忍は意識が遠のきそうになったが、頬を撫でる冷気ですぐに目覚めさせられた。


主人(あるじ)よ! エリアルに命じてインバネス内に風を当てさせ、減速するのじゃ!」


「風? そうか! エリアル、インバネスの中に風を当てて減速させてくれ!」


『承知しましたわ。主人さま!』


 エリアルの承諾の声が脳裏に響くや、インバネスの内側で風が動きはじめた。すると、インバネスの裾が生き物のようにシュルリと動き、忍の脚にピタリと吸い付き、簡易的なパラシュートになるような動きを見せた。

 瞬く間に減速し、頬を撫でる風も和らぎ、忍たちは地上に向かってゆっくりと落下し続けた。

 速度が落ちることで辺りを見る余裕も出てきた忍が、この境界を潜った先の世界を見て思った感想は『まるで中国の水墨画の世界』だった。

 夕暮れ時のオレンジ色の空と境界を成す山々は、急峻だがどこか丸みのある不思議な絶景であり、眼下には木々が生い茂る大森林が広がっている。

 仙人が修行をしているような人里離れた世界にしか見えない。


「ウチの玄関に飛んだみたいな、〈アポーツ〉みたいなので、地上に降りられないの!?」


「それは無理じゃ、主人よ。先になにがあるのか、さっぱりわからないからのう」


 そうかと忍は一人納得した。

 確かにあの時は、忍が自分の家の玄関を思い浮かべたから飛ぶことができた。だが、この下にはなにがあるかわからないから、それは不可能な話だった。


「あそこに少し開けた場所があるわ!」


 現世(うつしよ)では忍を抱えて逃げてくれたが、今は忍の腰につかまっている少女は、森の中の小さな空き地のような場所をを指さした。

 木々生い茂る場所に下りるより、はるかに楽に着地できそうだと考え、忍は彼女が指さした場所に移動するように、エリアルに風をコントロールしてもらい、そこにふわりと着地した。


「境界を潜った先では、落ちるのが基本なわけ?」


「時と場合によるのう。たいていは、どこか別の場所にいるのじゃが、主人の人徳が成せるわざかのう」


「僕のせいであんな空高くに出現したと?」


「いや。おそらく今回は高い所から飛び降りたせいじゃのう。アンダーテイカーの店に天井から落ちるのは、あの女の性格の悪さゆえじゃな」


 ニシシと笑って説明しなおすとアガレスはキョロキョロと辺りを見回した。


「薄暗く特徴のない森じゃのう。まず、余は見たことがない世界じゃな」


 空き地は直径百メートルほどの歪んだ円形をしていて、ヒョロリとした立ち枯れた細い木がまばらに立っており、一面枯れ草と枯枝でおおわれた起伏の緩い土地だった。

 日が傾いているために森の中はもうかなり暗く、この空き地が真っ暗になるのも時間の問題に思えた。


「たぶん、ここは山海経(せんがいきょう)の世界よ」


「山海経? なにそれ?」


「中国の妖怪世界の案内書みたいなものかな? その説明通りの世界があったから、山海魔境って呼ばれてるわ。まずは焚火の準備ね。それから話をしましょ」


 少女は深紅の長いポニーテールを揺らしながら、そう提案してきた。

 薪になりそうな乾燥した細い枝があちこちに落ちているために、焚火の準備はすぐに整った。しかし、どうやって火を着ければいい? マッチもライターも忍は持っていない。原始的な木を擦り合わせるやり方で火を起こすために必要な固い木が無かった。


「主人よ、火をお求めなら自分で着ければよいのじゃ」


「え?」


「まずは焚火用に組んだ薪を、燃えとと考えながら睨む。そして、『発火』と呪文を唱える」


「それ、呪文じゃなく日本語の単語だけどいいの?」


 アガレスはニンマリと笑って頷いた。


「すべてはイメージじゃからのう」


「イメージね……」


 なんとなく納得がいかないものを忍は感じたが、勧められるままに焚火用に組んだ薪を睨み、呪文(?)を呟いた。


「発火」


 その瞬間、視線を辿って高温の熱が薪に向かって走るのを忍は感じた。そして、ボッと激しい音を立てて火が燃え上がった。それを見て、ポニーテールの少女は驚いた。


「あなた、〈物体発火〉が使えるの?」


「〈物体発火〉?」


「睨んで火をつけたじゃない。物体自然(スポンティアネス)発火現象(カンバッション)を人為的に行う魔術よ」


「そうなのか?」


 今はじめて使った魔術のために、それがなんと呼ばれるものかわからず、忍はそのままアガレスに訊ねた。

 アガレスはその通りというようにコクコクと頷いた。


「うむ。主人の得意技じゃな。主人はこれで放火しまくっておった」


 不穏当なものも追加されたが、先代の得意としていた魔術なのだろう。


「ところで、そろそろ自己紹介をしてくれぬか? 助けてくれた恩人を疑いたくはないが、ここがどこかもわからぬ魔境ゆえに、解決できるものは解決しておきたいでのう。余は、アガレスと申す」


「ああ、ごめんなさい。あたしは比良坂 海音(ひらさか あまね)。ベナンダンティに属する〈3=8〉の魔術師よ」


 比良坂海音と自己紹介した少女は、年頃は忍と大して変わらないだろう。ライダーズジャケットに赤いタータンチェックのミニスカートを穿き、ニーハイソックスで脚を固めていた。やや吊り目気味の大きな目をした生意気そうな印象のある美少女で、背中の中程にとどくくらいの長いポニーテールに結った深紅の髪が特徴的だったが、さらに特徴的なのは、その姿とは不釣り合いな太刀を背負っていたことだった。


「西洋魔術よりも、東洋巫術(ふじゅつ)の方が得意だけどね」


「東洋……巫術?」


「中華系呪術体系のことじゃな。洋の東西を問わずに使う魔術師は多く、先代も使っておったのう」


 アガレスは昔を懐かしむように目を細めて海音の言葉の補足をした。

 巫術は日本では道術などとも呼ばれる中華呪術体系のひとつで、日本で人気の高い陰陽道も、基本はこの系統に組み込まれた呪術の亜種と言える。


「そうなんだ。僕は十一夜 忍(とおや しのぶ)。ベナン……ダンティについ先日選ばれたんで……数字の並びはわからない。よろしく」


「数字の並びがわからない? なりたてなら〈0=0〉じゃないの?」


 小首を傾げた海音に、アガレスが捕捉説明をした。


「主人はエヴァーラスティング・グリーン・ワンなのじゃ。ゆえに位階は〈6=5〉となる」


 エヴァーラスティング・グリーン・ワンと聞いて海音は驚きと珍しい物を見たような表情を浮かべた。本当にいたんだ! と表情で語る顔つきだった。


「前世の名前はわかるの?」


「僕は知らないけど……。アガレスはわかる?」


「うむ、当然じゃな。主人の先代の名は、淡島輝一(あわしま こういち)と言うのじゃ」


「淡島輝一……それでか」


 アガレスの説明を受けて、海音は一人納得したように頷いた。


「あたしの曾お婆ちゃんと一緒に戦った魔術師が、淡島輝一という人だったわ」


「え……?」


 意外なところから出てきた繋がりに忍は驚き、その顔を見た天音は小さく肩を竦めてみせた。


「どんな人だったのかまではわからないわ。あたしが産まれる前に、曾お婆ちゃんは亡くなっていたしね。でも、お婆ちゃんから、戦争前くらいに一緒にヨーロッパに行って悪い魔術師と戦ったって聞いたわ」


「お婆さんも魔術師だったの?」


「そうね。曾お婆ちゃん、お婆ちゃんは魔術師だったけど、両親は普通の人だったわ。魔術師の家系とかって、あんまり無いのよ。曾お婆ちゃん、お婆ちゃんと続いたのは珍しいらしいわ」


「そうなのか……」


 羊膜(ようまく)をまとったまま産まれる異常出産数自体も少なければ、さらにそのすべてが魔術師の適性持ちとは限らない。どういった理由があって魔術師になるのか、忍にはわからなかった。


「今朝、あたしは啓示を受けたの。会ったこともないはずの曾お婆ちゃんが、あのマンションを指さして『私の大切な人に危険が迫っている。助けなさい』って。あなたの前世と曾お婆ちゃんが繋がりを持っていたならわかるわね」


 前世と言われても忍にはピンとこなかった。

 まず、その記憶がないために、まったく実感がわかないのだ。

 だが、その前世の繋がりを大切にしてくれた存在がいたために、あのジャコモの襲撃から逃れられた。あのまま戦っていたら、ジャコモの言葉通り、忍は拷問を受けて処刑されていただろう。


「曾お婆ちゃんの啓示が曖昧だったから、場所を探すのに苦労しちゃったけどね」


 あははと笑いながら海音は薪を火にくべて、間に合ってよかったとホッと息をついた。


「曾お婆様には足を向けられぬのう。で、ここが山海経の世界と感じたのはなぜじゃ?」


「ああ、それは……」


 説明しかけた海音は、なにかを察して傍らに置いた太刀を引寄せた。


 サク……。


 乾いた草を踏む足音が、微かに聞こえた。

 そして、赤ん坊の鳴き声に似た声が聞こえてきた。


「山海魔境で赤子の声が聞こえたら、それは妖魔の声だと思えばいいわ」


 海音は太刀の鯉口を切り、いつでも抜けるように身構えた。


「赤子の声の主は、たいてい人食いよ」


 サク……。


 また、乾いた草を踏む足音が聞こえた。

 焚火の明かりの届かない場所をゆっくりと周りながら、こちらの様子を窺っているようにも思える。


「埒が明かないわ、ね!」


 海音は素早く焚火から火の着いた薪を一本つかむと、気配がする場所に向かって投げつけた。

 その火で浮かび上がった姿は、あまりにも不気味な存在だった。

 老人を思わせる人面の頭を持ち、その身体は虎そのものだった。


馬腹(ばふく)!?」


 悲鳴にも似た海音の叫びと、それをかき消すようになく赤子の声が宵闇の森に響いた。

お読みいただきまして、ありがとうございます。


◆山海経

中国の奇書のひとつ。西晋代に書かれはじめたもの。

異形の魔物たちが住まう、謎めいた中国異世界の案内書。


平凡社ライブラリーの文庫版がお勧め。

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