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現代魔術師譚・境界のベナンダンティ  作者: みさっち
第1章:魔術師の帰還
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1-04:異端審問官

遅くなってすみません。

 アガレスの注意喚起も忍の耳には届いていなかった。すべては恐怖心と嫌悪感から発した動きであり、生存本能が視覚的にハッキリとわかる武器を欲した。


「武器を手にしたな、異端者(ペイガン)よ! 抵抗と殺戮の意志アリと認め、『魔女に与える鉄槌』に依るところの簡易裁判権を行使し、我は汝を断罪する!」


「なんだ……と?」


 乗せられた。

 嘲笑を口元にはりつかせてこちらを睥睨するジャコモの表情を見て、初めて忍は自分がやすやすと挑発に乗せられたことを理解した。エリアルの時はアガレスの注意のおかげもあり落ち着いて対処できたのに、目の前に現れた異端審問官の狂気の眼差しと、彼から放たれる恐怖が、それをできなくさせていた。


「少年よ、教えてやろう。お前が頼りにする悪魔は、我には攻撃できぬ」


「なっ……」


 とっさにアガレスに向けた忍の視線に、彼女はこっくりと頷いた。


「余は彼奴らが嫌いだ。しかし、余と主人との間に結ばれている契約により、いかなる危険が御身に迫ろうとも、人間を攻撃することはできないこととなっているのじゃ」


「ふん。悪魔に嫌われて結構だ。我もお前らが大嫌いだから問題ない」


「そう言いつつも余に関わってくる。存外、受け入れられぬ片想いでもしてるのかえ? くくく……」


 アガレスは後ろ手に手を組みジャコモを挑発しつつ、組んだ手先で忍に逃げるようジェスチャーしてきた。しかし、逃げるにしてもどこへ? こんな高層マンションの屋上では、逃げる場所などない。


「時間稼ぎは無用にしてもらおう」


 ジャコモは両手の鉄球槌(モーニングスター)を回転させつつ身構えた。

 剣技など中学校の授業で習った剣道レベルしか知らない忍だが、それでも鋒をジャコモに向け、正眼に軍刀を構えた。そして、両手の甲に意志を向け、そこに刻まれた魔法円に青白い光――星気光を灯した。


顕現(けんげん)してわずか数日で実用的な魔術を行使するか……。高位魔術師とは、つくづく厄介者だ」


 ジャコモは右の鉄球槌を振りかぶり、忍は鉄球に繋がる鎖を払おうと身構えた。しかし、ジャコモは右で攻撃すると見せかけて身体を捻らせて後ろ回りに身体を回転させ、左に構えた鉄球槌で殴りかかってきた。


「…っく!」


 予想外の攻撃に忍は対応したもののその結果、金属がコンクリートに叩きつけられる耳障りな音を立てることとなった。

 忍が構えていた軍刀は鉄球槌の直撃を受け、手から叩き落とされていた。

 忍は衝撃に痺れる腕を押さえながら、さらに繰り出された右の鉄球を転がってかわす。


「アストラル・パンチ!」


 起き上がりざまに忍は〈アストラル・パンチ〉を繰り出した。だが、ジャコモはそれを避けることなく、その身で受け止めた。


「なっ……」


 〈アストラル・パンチ〉を受け止めたキャソックは淡い青紫色の光を放ち、しばらく明滅させ、消えていった。


「我ら異端審問官(インクィザータル)は数百年に渡り汝ら(よこしま)なる輩と相対してきた。その間に、対抗手段を見つけぬとでも思っていたか?」


 ジャコモはサディスティックな嘲笑を浮かべ、そしてゆっくりと忍ににじり寄った。


「安心するが良い。楽に処刑してやる。まずは両の手の甲を鉄球槌で潰し、その後、手足の生爪を一枚ずつ剥いでやろう。その後にすべての歯を引き抜き、その後に針で絶命するまで身体中を突き刺してやろう。くくくく……」


 どこが楽な処刑方法なのかわからない。

 だがジャコモにしてみると、神の摂理に反する魔術の異端者を、そんな簡単な方法で処刑することは、非常に簡単かつ軽い刑罰だった。

 本来なら拷問機にかけて全身の関節を外し、生きたまま内臓を引き出したり、あるいは逆さ水責めにするなどの数日間かけて責め苛む方法が、異端審問官が考える魔術師に相応しい処刑方法だった。


「ただの外道以外の何者にも見えぬのう」


「黙れ悪魔よ。汝が邪なる目的で顕現しておったなら、まずは汝から処刑してやれたものを……」


アガレスの呟きにジャコモは血走った眼を向け、歯噛みしながら口惜しそうに応じた。


「度し難い輩よのう」


 眉根を寄せつつ錫で口元を隠したアガレスは、忍の指示を得られずにハラハラした表情を浮かべて待機しているエリアルに目をやった。

すぐにエリアルはハッとしたように頷いた。


『主人よ。アガレス殿より伝言です。アストラル・パンチの発動呪文(スペル)を『フルカス・バラム』にお切り替えください』


 徒手空拳となり新たな武器がないか懐を探ろうとしていた忍は、エリアルの念話を受け、懐から手を出してボクシングのガードポーズに身構えた。


「無駄なことがまだ理解できぬか?」


 嘲笑うジャコモに構わず、忍は拳を放った。


「フルカス・バラム!」


 その呪文を唱えた瞬間、今まで以上に忍の身体の中からなにかがゴッソリと拳を通して持って行かれる気がした。倒れるほどではない。しかし、予想外の魂の使用量に忍は足下をふらつかせた。


「ぐおおっ!」


 星気光の見えない拳は、以前の〈アストラル・パンチ〉同様にジャコモの身体に命中した。そしてその身体をくの字に折らせ、四メートルほど後ろに下がらせた。


「バカな……げふっげふっ……」


 ジャコモは激しく咳き込みコンクリートの床に膝と手をついた。咳とともに口からこぼれ落ちるのは唾液ばかりで血液などはない。しかし、ジャコモの魂魄に直接放たれた拳により、その身体は激しく疲労していた。


「この……異端者が……」


 さらに眼を血走らせたジャコモはこめかみに青筋を浮かべて立ち上がり、鉄球槌を捨て、両袖の中から刺突用の巨大な棘の周囲に、無数の鋸状の刃がついた司祭が所持する武器とは思えない凶悪な武器を引き出した。


「捕えたその場で肛門から〈苦悩の梨〉を突き入れて、内臓をえぐりだし、拷問に喘ぐふしだらな女のような嬌声を上げさせてやる!」


 新たに構えた武器同様に司祭とは思えない言葉とともに、ジャコモは棘を構えて突進してきた。

 忍はもう一度〈アストラル・パンチ〉を放つべく身構えたその時、彼の視野に赤いなにかが踊るのを見た。


「踊れ狐火! 急々如律令! 勅! 勅! 勅! 疾!」


 それは黒革のライダーズジャケットにダメージデニムのショートパンツを穿いた深紅のポニーテールの少女だった。彼女が刀印を構えて呪句を放つや、彼女の背から六つの〝狐火〟が飛び出し弾け、周囲を眩い閃光で包んだ。

 そして少女は忍の襟首をつかむや恐ろしい膂力で引っ張り、アガレスの隣りに跳んだ。


「逃げるよ!」


 アガレスはどこへなど訊かずそのまま頷いた。もちろん、宙に浮かぶエリアルに否はない。

 少女は忍の襟首をつかんだまま一気に跳び、屋上から黄昏に染まる西池袋の街の上空に飛び出した。


「墜ちる!」


 恐怖に忍の顔は歪むが、誰も彼に気を留めず、その着地点の先に目を凝らした。

 そこは【西池袋大境界】の蒼い光りの中だ。


「この先はどこかわかってる!?」


「知らぬ。が、今は逃げることが先決じゃ!」


 アガレスが錫を振って〈エノク語〉で呪句を唱えると、境界の青白い光が増した。


 そして、忍たちは境界の光に包まれて消え去った。


 街をゆく人々は頭上で光ったはずの輝きにまったく気づいておらず、何事もなかったかのように道を歩いていた。

 屋上で〝狐火〟の閃光に目眩ましをくらったジャコモは、白目が見えなくなるほどに血走った眼差しで苦々しく【西池袋大境界】を見下ろすと、床に捨てた鉄球槌を拾い上げ、屋上から消えて行った。

お読みいただきまして、ありがとうございます。


◆フルカス・バラム

朝松健先生作品に登場する〈アストラル・パンチ〉の正式な呪文です。使用の許可はいただいております。

魔術の呪文の中には力強い悪魔の名前を並べるものがあり、『フルカスの残忍な槍』を『バラムの強力な力』で打ち出すという意味になります。


◆フルカス

『ゴエティア』によると20の軍団を率いる序列50番の地獄の騎士。白髪と長いあごひげをたくわえた、残忍な老人の姿で現れる。手には鋭い槍を持ち、青ざめた馬に乗っている。


◆バラム

『ゴエティア』では51番目に、四〇の軍団を指揮する大いなる力強き王である。

三つの頭を持った姿で現れる。第一の頭は牡牛、第二の頭は人間、第三の頭は牡羊で蛇の尾、燃えるように真っ赤な両目を持ち、凶暴な熊にまたがっている。また、その腕にオオタカを乗せている。


◆苦悩の梨

異端審問官などが愛用した拷問道具。肛門や女性の膣などに挿入し、中で開いて体内を破壊することに使用された。

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