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現代魔術師譚・境界のベナンダンティ  作者: みさっち
第1章:魔術師の帰還
11/27

1-03:嵐精との契約

今回から、他の方の記載を見ならって、台詞と地の文を分けて観ました。これまでの原稿も、逐次なおして行く予定です。よろしくお願いいたします。


3.5 エリアルのサイズの記載ミスがあったため追加しました。

「異界との……接点?」


「さよう。池袋、新宿には昔から異界との接点があり、渋谷には人が作り出してしまったいびつ極まりない歪みがあるとされておるのじゃ」


 それは、にわかには信じがたい言葉だった。


「江戸の昔よりこの地は妖し事が頻発した。『池袋の女』などという奇譚すら起こっておるしのう」


 俗信『池袋の女』とは、池袋出身の女性を雇った家では、怪音が起きる。家具が飛び回るなど様々な怪異が起きるといわれたもので、寛政十一年(一七九九年)頃に書かれた『耳袋(みみぶくろ)』に、その記録が残されている。

 明治時代に妖怪博士である井上円了(いのうえ えんりょう)が虐げられた女性たちが自由に遊べないことによる欲求不満から、抗議行動として主人に茶碗を投げつけたりしたことと一応の結論づけを行い、江戸期の俗信のひとつに成り下げられた。だが、果たして現実がそうだったかは、疑問が残り続けている。


「この境界より物ノ怪や妖精、妖しなど、ひと在らざるものが現世に這い出し、あるいは人がこの境界に堕ちて異界に流れる。大昔から、ここに存在しているものなのじゃ」


 今、目の前の光景を見ていなかったら、忍は嘘だと笑ったかもしれない。しかし、忍の眼前には巨大な裂目にも見える青白い光の筋が横たわっており、視界のあちこちに小さな光の筋が見えていた。なにより、アガレスの言葉通り、時折、境界から異形のものが這いだしてきていた。


「ここに潜ると、アンダーテイカーに会える?」


 アンダーテイカーの名前を聞いて、アガレスは顔をしかめた。


「主人はあのクソ女に会いたいのか? 残念だが、アンダーテイカーの店は、気まぐれにヤツが扉を開いた時にしか入ることはできぬ。なに、彼奴は選定者にして、審判引受人。いずれ見えることもあるじゃろうて」


「そうか……」


「主人よ。あの乳か? 彼奴の乳に興味があるのか?」


 アガレスのからかいに忍はただ苦笑した。

 別段アンダーテイカーに会いたい理由があったわけじゃない。ただ、あの店にあった本をもっと読んでみたかった。理由はそれだけだった。


「それより、ここは高所だけあって風が荒いのう。おかげで、気の良い奴が、舞い踊っておるぞ」


 アガレスが指さした空には、白い半透明な少女が風に舞うように踊っている姿が見えた。

天使、あるいはギリシア神話時代の女性が着ているような服――キトンを身にまとった女性が、まるでヒバリのように天空を舞い飛び、鼻歌を歌っていた。

 唯一、人間の女性と異なる点は、そのサイズだった。彼女の身長は六〇センチたらずで、人間の三分の一ほどの大きさしかなかった。


嵐精(らんせい)エリアル。文献によってはエアリアル、アリエルとも称される風の妖精じゃ。ビル風が吹き荒れる都会は、奴らのお気に入りの場所じゃのう。主人よ、彼奴(あやつ)と契約してみぬか?」


「契約? どうやってやるのさ?」


「なに簡単な話じゃ。指笛で呼びつけて睨み合う。彼奴が頭を垂れればそれで終いじゃ。呼びつけたら、彼奴が頭を垂れるまで、いかなることがあっても彼奴の目を見つめつづけ、逸らしてはならぬぞ」


 そんな単純な勝負で、妖精と契約することが可能なのか?

 忍は半信半疑だったが、指を口にくわえて指笛を鳴らし、エリアルの注意を惹いた。呼ばれたエリアルは踊り歌うのを中断させられ、一瞬、ムッとした顔を見せたが、自分を呼んだ人間が使い魔も連れていない人間とわかると、ニンマリと笑みを浮かべた。


『なんだい魔術師。あたしの身体を所望かい?』


 脳裏に直接響く声に今度は忍が顔をしかめたが、アガレスの言葉もあり、忍はエリアルの目を見つめ続けた。


「僕と契約してくれないか?」


『契約? そんなのつまらないよ。契約なんかしなくとも、あたしの身体を堪能できるよ? 魔術師の男はそうやって妖精と交わりたがるんだ。あんたも男だし、そうなんだろう?』


 なにやらとんでもなく扇情的なことを言われている気がしたが、忍はエリアルの目を見つめ続けた。

 その様子を見たエリアルは、やはり忍から目を逸らさず、器用に動いてキトンの裾をまくり、太ももを露出して挑発してきた。


『ホラホラ。こっちの方に興味があるだろう? 人間の女より、よほど具合はいいよ?』


「興味ない」


 素っ気ない忍の一言で、エリアルはため息をついてガックリと頭を垂れた。


『負けよ負け。主人様、さっさと契約をしましょう』


「お見事。主人よ」


 エリアルは拍手をして忍を讃えたアガレスに今まで気づいていなかったのか、ハッとしたようにワニに乗る幼女を睨みつけた。


『アガレス!? あんた付きの魔術師か……。なら、あたしじゃ勝ち目はないね』


「ずっとそこにいたけど……見えてなかったの?」


『アガレスみたいな悪魔は、簡単にあたしら妖精から身を隠せるからね。よろしく、ベナンダンティ。あたしは風の妖精。突風、旋風などお手の物よ』


 風の精霊はシルフとどう違うのか? 今ひとつ忍は理解できなかったが、精霊と妖精は厳密には違う種類とされている上、下手に混同して怒らせてしまったら問題になる。いずれ文献などで調べようと考え、それを口にすることをやめておいた。


「しかし、見事だったのう主人よ。彼奴の挑発にまったく興味を抱かぬとはのう。もしや、姿は一六歳じゃが枯れておるのかな?」


「枯れてないって!」


「ぬふふふふ。しかし、彼奴の挑発に乗っていたら主人の負けじゃ。嵐精の暴風で切り刻まれてあの世逝きじゃったから、見事見事」


 さらにパチパチと拍手をしつつ、アガレスは物騒なことをさらりと説明していた。


「ちょっと待て! そういう危険な説明は先に言っておけよ!」


「先に言ったらつまら……ゲフン! 主人が契約に乗り出しますまい」


 ――コイツ。絶対つまらないって思ってる!


 基本的にアガレスは悪魔と呼ばれるだけあって、こうしたささいな悪戯をちょくちょくと忍に仕掛けてきていた。今回のようにささいと言えるかどうか、疑問に残る部分はあるが、それが彼女の悪戯心を満足させるものなのか、それとも他に理由があるのか? それは忍にはわからなかった。


「で、主人……よ?」


 その時、本来ロックされているはずの屋上に続くドアが、音を立てて勢いよく開かれた。

 管理人なら、そんな激しい音をたててドアを開けたりはしない。

 ドア奥の暗がりから姿を現した男を見た途端、忍の心に恐怖心が沸き起こった。

 丸い銀縁の眼鏡をかけ、金髪をオールバックになでつけた男。その服装は、黒いキャソック――カソリックの神父がまとう服――だったが、その全身から醸し出される雰囲気は神父の慈愛ではなく、狂気と殺意に彩られていた。


「もう、嵐精まで従えたか……異端者(ペイガン)め!」


「貴様は……」


 神父(?)を見据えるアガレスの顔にいつもの笑みは浮かんでおらず、憎しみに口元が歪み、ギリリと歯ぎしりの音が零れた。


異端審問官(インクィザータル)!」


「我、フラーテル・ジャコモは、聖教皇インノケンティウス四世並びに聖教皇グレゴリウス九世、聖クラーメルの名の下に、教皇勅令『アド・アボレンダム』に則り、世を汚す異端者を、限りなき願いをもって、異端者に裁きの鉄槌を下さん! エイメーン!」


 フラーテル・ジャコモは『審問の聖句』と呼ばれる言葉を唱えて十字を切り、両腕を勢いよく振り下ろした。すると、ジャラリという音と共に鎖に繋がれた拳ほどの棘付き鉄球(モーニングスター)が両袖から出現した。


 眼鏡の奥に光るジャコモの血走った眼には敵意が込められており、それにさらされた忍は、無意識のうちに手を懐に差し入れ、そこに隠し持っていた軍刀を引き抜いていた。


「いかん、主人! そなたでは、まだ彼奴には勝てぬ!」

お読みいただきまして、ありがとうございます。

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