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現代魔術師譚・境界のベナンダンティ  作者: みさっち
序章
1/27

0-01:黄昏の影の店

「はぁはぁ……」


 どれほど走ったのだろうか?

 どれほど彷徨(さまよ)ったのだろうか?

 忍は荒く肩で呼吸をしながら金網のフェンスにしがみつくように崩れ、コンクリートの地面に膝をついた。


 自分がいったい何をしたというのか?


 襲われる理由も追われる理由もわからない。

 わかっていることは、逃げなければ殺されるということ。

 ただ、それだけだ。

「僕がいったい何をしたっていうんだ!?」

 忍は路地の暗がりに向かって叫んだ。

 返事を期待していた訳じゃない。ただ、叫ばずにはいられなかった。


 だが、声が返ってきた。


「我と目が合った。ただ、それだけですよ」


「ただ……それだけ?」


 忍は呆然とした面持ちで、聞き返していた。


「そう。実に……運がなかった。くっくっくっく……」


 コツ……コツ……コツ……


 固い靴音をわざとらしく響かせて、ソレは忍の前に姿を現した。

 おぞましいほどに血走った眼と、口の両端を吊り上げた狂気的な笑みが印象的な顔。いや、それが印象的というより、それしか顔には存在していなかった。痩身長躯の男性を思わせる体つきをしたソレは影以外の何者でもなく、人を思わせる影の中に、ふたつの眼と悪魔的な笑みを見せる口が浮かんでいるだけだった。


「そなたは我を見る事が出来た。そして不運にも我と目が合った。故に、我に殺される運命を背負った。ただ、それだけですよ」


「な……」


 たったそれだけの理由で、足の筋肉が悲鳴を上げるまで追い回され、こんな来たこともないような路地で殺されようとしている。

 あまりにも理不尽な状況に、忍は言葉を失った。


 忍がソレを目撃したのは三〇分ほど前。夕暮れ時の西池袋の乱歩通りだった。

 道路を走っていた乗用車が突然ハンドルを切って歩道に進入し、十数名の通行人を薙ぎ倒して五〇メートルほど進み、街灯に激突して停車した。

 その様子を忍は反対側の歩道から目撃していた。


 その時、忍の隣りに、ソレが立っていた。


 最初はソレがなんなのかわからなかった。だが、事故の様子を見てクツクツと忍び笑いをもらすソレの非常識さに忍が顔を向けた時、ソレが人間ではないことを理解した。

 人の形をした黒い影が歩道に立ち、車に轢かれて呻き声をもらすケガ人たちを見て笑っていたのだ。


 ここに居てはいけない。


 そう感じた忍は、そっとその場を離れようとした。だが、その瞬間、ソレは顔を正面に向けたまま、人間にはあり得ない不自然な形でギロリと両眼を真横に動かし、忍を見据えた。


「そなた……見えるな。くっくっくっく……」


 その声が引き金となり、忍は駆け出した。

 忍は近くの交番に向かおうとしたが、後ろにいるはずのソレがいつの間にか、その行く手を阻むように正面に立ち塞がっていた。

 あわてて踵を返し、忍は細い路地に逃げ込んだ。

 そしてどこをどう走り続けたのかわからない。気がつくと、もう辺りは真っ暗になっていた。

 道は袋小路の行き止まり。もうどこにも行けず、道を遮るフェンスにすがりつき、今に至った。


「僕が事故を目撃したから殺すのか!?」


「いやいやいや……。あんな事故など、我はあちこちで起こしている。人の心に魔を刺せば、瞬く間にあのような事態になりますからなぁ」


「魔を……刺す。おまえ……〝通り者〟か?」


「ほお? さすがは見鬼(けんき)。我が通称をご存知とは……重畳(ちょうじょう)なことです」


 人の心に魔を刺す〝通り者〟とは、ボンヤリとしている人に寄り憑き、邪な心を起こさせる、昔から伝えられる妖しのことだった。他には〝縊鬼(いつき)〟とも〝通り魔〟とも呼ばれる。なにか悪いことをした時、よく『魔がさした』というが、それは〝通り者〟のせいだった。

 忍がそれを知っていたのは、ただ単にオカルトや妖怪話が好きだっただけで、それ以外のなんでもない。退治方法もなに知らなかった。


「追いかけて正解でしたな。そなたのように我の事を無駄に知っている人間はいない方が、生きやすいですからね。くっくっくっく……」


「そんなバカな理由で、殺されてたまるか!」


 立ち上がった忍は、痛みを訴える足に鞭打って立ち上がり、フェンスをよじ登り出した。


「おやおや。そんな金網を越えて、どこに逃げる気ですか? 無駄なことを……」


 ソレの嘲りを無視して、忍はフェンスの頂上を跨いで乗り越えると、わずかも降りないうちに金網から手を離して飛び降りた。

 二階程度の高さからなら、下になにもなければケガをすることもない。

 もっとも、下がコンクリートだったので足に伝わる衝撃はそれなりのものと覚悟はしていた。だが、殺されるかもしれないという時にどうこう言っていられない。


 はずだった――


 忍がフェンスを蹴って飛び降りた瞬間、コンクリートの地面は、粘度の強い泥のようになり、忍の下半身を呑み込んだ。


「なっ……!」


 忍は恐怖に目を見開き、思わずソレを見た。だが、ソレもまた驚きを隠せぬ表情を見せていた。


「くっそ!」


 自分の身体がさらに沈んでいくと感じた忍は、もがき出ようとした。だが、もがけばもがくほど、より深く身体が呑まれてゆく。瞬く間にコンクリートに忍の身体は肩まで、そして完全にその中に呑まれ、消えた。

 後には静寂と〝通り者〟だけが残された。


「あの少年は他のモノにも……狙われていたのでしょうか?」


 〝通り者〟はそうブツブツこぼしながらフェンスをすり抜け、忍が消えたコンクリートの上に立ってみた。だが、コンクリートはその性質のままに固く、〝通り者〟の身体を支えてくる。


「解せませんね。他の妖しの臭いなど感じませんし、境界の隙間もありませんのに……」


 そうブツブツをこぼしながら、〝通り者〟は忍が消えたコンクリートを見据え続けた。


 そして忍は――

 ドサリという音と共に、忍は固い床の上に放り出された。


「痛ててて……」


 痛みに顔をしかめつつ起き上がると、そこは薄暗い部屋だった。

 まるで書店のようにズラリと棚が並んだ部屋。

 店なのだろうか?

 人の気配を感じて顔を向けると、カウンターテーブルに腰を預けた女性が、紺色のフードを目深に被った顔の口元に笑みを浮かべていた。

 その姿は、まるで占い師か、ファンタジーの物語に出てくるような魔術師を思わせる衣装に身を包んでいた。そのローブ(?)は、身体のラインを強調するように身体にピッタリとしており、胸元から腹部までV字の切れ込みが入ったセクシーなものだった。一〇〇センチ近くありそうなバストが見え隠れするその格好は、十六歳の少年には刺激が強すぎる。


十一夜(とおや) 忍。ようこそ、黄昏の影の店へ」

お読みいただきまして、ありがとうございました。


2.14 誤字修正をしました。

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