エピローグ
あれから二ヵ月の月日が流れた。
夜空に向かって大見え切って吹っ切れたのか、スランプだったのが嘘のように私の創作意欲がもりもりと湧いてきた。
「刹那ー、そこの背景にこのトーン貼っといて」
「はい、わかりました」
私は一枚の原稿を描き終え、その原稿の背景のトーン貼りを刹那にお願いする。
刹那も刃物の扱いは慣れたもので、トーンの貼り方を教えてあげたらすぐにマスターしてくれた。
「クソ……奏……今に覚えてろよ……」
で、ただ今私は冬の大規模即売会に向けて、半裸になった永久の下絵を模写してる最中です。
敵だったときはあれだったけど、永久もこれで中々の美幼女なんだもの。
そりゃ絵にしたくもなりますわ。
幼女系同人作家さんとしましては。
「えへへへ。まぁまぁこれが終わったら生田亭の宅配いくらでも注文していいからさぁ」
「なにっ!!それは本当かっ!!!」
「うんうん。マジマジ。だから動かないでよ」
「うむ……ならばしょうがないな……」
そう言って大人しくなる永久。
始めの方こそあの永久との共同生活なんていつ寝首をかかれるかとおっかなびっくりだったけど。
今じゃもう永久の扱いも慣れたものだ。
「奏さん、トーン貼り終わりましたよ」
「うん。じゃ休んでて良いよ、刹那」
「うー……まだか、奏っ!!」
いいかげんポーズをとるのに嫌気がさしてきたのか永久の口から愚痴が漏れ始める。
「ほらほら、永久、夕飯はご馳走だから頑張りましょう」
そんな永久を諫めるように刹那は永久に声をかける。
「クソ……奏、早くしろーーーーーーーっ!!!」
そんな声が私達の部屋に響き渡る。
これが最近の私の日常だ。
―――
「こうして寝顔を見てると可愛いもんよね」
「はい……本当に」
刹那の膝の上で寝息をたてる永久を見つめながら私達はそう微笑む。
ほんと、あの戦いが嘘だったみたいだ。
「そういえば、刹那。もうあの乱暴な言葉遣いはしないの?」
「もう……それは言わないでください。私だって無理して使ってたんですからっ」
「あははは。ごめんごめん。でもたまにはタメ語でもいいんだよ、刹那」
「いえ……これが私の普通の言葉遣いですから。こっちの方が気楽ですよ」
「そっか……ならいいんだけど」
言いながら永久の頭を撫でてやる。
「んー……くすぐったいぞ、人間よ……むにゃむにゃ……」
ぷ。
いったいどんな夢を見ているのやら。
「そろそろ私達も寝ようか?」
「そうですね」
そう言って刹那は永久を抱え上げてベッドに寝かせつけてあげる。
そして。
「それじゃ、奏さん。今夜は寝かせてあげませんよ?」
「へ?」
何言ってんの……刹那……。
と、声をだそうとした瞬間何か体に違和感を感じた。
体が熱い。
なんか変なんですけどっ!!
「せ、刹那……いったい何を?」
そう言葉にした自分の声にぎょっとする。
なんか自分の声じゃないっ!!
も……もしかしてっ。
「刹那、あんた……」
「はい、夕食に一服盛らせていただきました」
そう言って私に抱きついてくる刹那。
あ、アレかーーーーーー!!!
つーーーーくーーーーよーーーーー。
要らない知識を刹那に吹き込んだなぁーーーーーっ。
「奏さん……今晩は……」
潤んだ瞳を私に向け、熱に浮かされたような刹那の言葉に私は抗いようが無く。
はぁ……。
私も陽花達のことをどうこう言える資格はないな……。
―――
「とりあえず、なんだ。『昨晩はお楽しみでしたね』とでもいっとけばいいのか?奏」
「……永久……それもう一回言ったら今晩のご飯インスタントラーメンだからね」
昨晩の事を思い出したら顔から火が出そうなくらい恥ずかしいんだから。
はぁ……ほんとに……なんであんなことに……。
ベッドの上の刹那の顔を見ただけでも顔が火照ってくるのが分かる。
「フン……まぁ別にいいけどな。お前と刹那がどうこうしようが」
幸せそうな表情でベッドに横たわる刹那を見ながらそう永久は呟く。
「それにしても、本当に幸せそうな顔だな……こいつは。お前といられることがそれ程までに幸せらしい」
本当に……。
本当に、そう思っててくれてるなら、私も嬉しい。
「やれやれ。今日は私一人で生田亭のヒルコの所に行くとしよう。私はお邪魔のようだしな。夜には戻るから心配せんで良いぞ」
「ちょ、別にそんなんじゃないってば!!」
私は慌てて永久を引き留めようとする。
けれど。
「正直、私はお前達が少し羨ましい……。私も少しお前達に感化され過ぎたようだな……」
そうポツリと言って永久は部屋を出て行ってしまった。
私達の事が羨ましい……か。
あの永久が。
思いもよらない言葉に少し胸が熱くなってしまった。
「う……ん……どうなさったんですか……、奏さん。そんな嬉しそうな顔をして……」
ベッドの上で寝間着姿の寝ぼけ眼で起き上がってきた刹那がそう問いかけてくる。
「ううん、何でもない」
私はそう告げて刹那の頭を抱きしめていた。
「く、苦しいです、奏さん……」
「あ、ごめんごめん」
慌てて私は刹那の頭を開放する。
ん。今日も良い日になりそうだ。
「じゃ、刹那。今日は永久が出て行っちゃったから、あなたがモデルになってちょうだい」
「え。今からですか?」
「うん。今から。今日はとってもいい絵が描ける気がするんだ!」
そう告げて私はペンを手に取る。
そして私は原稿にペンを走らせる。
今の私はもうノノムー・カナデじゃないけれど。
それでも私はペンを走らせる。
それが私の生きがいだから。
「奏さん、良い絵がかけそうですか?」
「うん。今日はホントに良い絵が描けそうだよ」
今日も私は絵を描き続ける。
私は。
そう、私は。
根っからの同人作家なのだから。
「そう言えば新しいペンネーム考えたんですか?」
「そうだね。もう一個考えてあるんだ」
原稿の向こう側で微笑む刹那にそう言って私は微笑み返す。
私の新しい同人作家人生は、まだまだ始まったばっかりだ。
そんな訳でノノムー・カナデ先生の物語はこれで終了です。
ここまでお付き合いしていただき、本当にありがとうございました。
ついでに言うと前作から続いてきた陽花達の物語も終了になります。
もうちょっと長い話に出来るかなーと思ったんですが思った以上に難しいものですね……。
もし続きを書くとしたら、今度は陽花やサクヤの子供たちの物語かなぁ、なんて思ったりしています。
きっと彼女達も何かしらポンコツ能力者だったりめちゃめちゃ破天荒な性格だったりするんだろうなと……。
もし続きを書くことがありましたら、またお付き合いしていただければ嬉しいです。
それでは、この辺でっ。




