私、異世界に来ちゃいました。
どれだけの時間、光の奔流に飲まれていただろうか。
長い長い眩しい光の奔流の中。
私はいつの間にか目を閉じてしまっていた。
「奏さん、奏さん」
刹那の声と共に私はゆっさゆっさと揺さぶられる。
「う……ん……」
私がゆっくりと目を開けるとそこは。
緑豊かな森の中。
なんかではなく。
高いコンクリートの建物に囲まれた公園の敷地内だった。
えっと……。
剣と魔法が統べる世界……なんだよね、ここ?
剣と魔法が統べる世界って言ったら普通、牧歌的な西洋風な街並だよね、せめて。
ま、まぁ百歩譲ってコンクリートの高い建物があるような剣と魔法の統べる世界もあるのかもしれないね。
うん。
そう無理やり自分に思いこませて、私を隣で揺すっていた刹那の手を取り公園の敷地外を目指す。
そして私達の眼前に広がったのは。
宙を浮く自動車が往来する道路と電気に照らされた街並みだった。
「……」
何処が剣と魔法が統べる異世界やねん。
めちゃめちゃ科学進歩してんじゃん。
「あんのクソジジイーーーーーーー!!!」
そもそもあの登場の仕方からして胡散臭かったんだよ。
異世界に転生とか言ってる割に、私の姿格好も死んだ時の姿のまんまだし。
私、絶対騙された!!
あのクソジジイ、絶対刹那の事を押し付けたいだけだったに違いない。
あーーーもうっ。
はらわたが煮えくり返ってしょうがない。
「どうなされたんですか?奏さん」
私の怒りの声にも、どこ吹く風といった様子で刹那は私に問いかけてくる。
このおっとりとした性格は記憶を喪失したからなのか、はたまた元からそう言う性格なのか。
いったいどっちなんだろう。
私はそんな刹那の様子に毒気を抜かれ「はぁ……」っと一息ため息をつく。
まぁいいか。
これも安息の来世の為だ。
この仕事が成功した暁には、あのクソジジイに輝かしい来世を約束していただこう。
うん。
そう思い直し、私は目標である刹那の記憶の星を探すことにすることにした。
ん……まてまて。
記憶の星ってなんだろう。
しまった……思いっきり聞きそびれてた!!
「ね、ねぇ……刹那。刹那の記憶の星ってどんなものか分かる?」
「さぁ……私にはさっぱり見当がつきませんね……」
「ですよねー……」
まいった。
記憶の星探しの初っ端から出鼻をくじかれてしまった。
うーん……。
よくよくあのクソジジイが言っていた言葉を思い返してみることにしよう。
えーっと……。
『お主のツッコミにより、刹那の記憶は星となり剣と魔法の統べる異世界へと降り注いだようじゃ!!』
確かあのクソジジイはそう言っていた。
『星となってこの異世界に降り注いだ』
この言葉の示すところは刹那の記憶は流れ星になってこの世界に落ちたっていう事だろうか。
うーん……。
とりあえず街の人に話を聞いて情報を集めてみよう。
そう思い立ちその辺を歩いていた同年代ぽい女性に目を移す。
その女性は異世界だというにもかかわらず日本のスーツを身に着けていた。
変なのと思いながらも声をかけてみる私。
「あのー……すいません」
「×●●×▲▽×?」
「あ、あの……もう一度言ってくれませんか?」
「●×●△▽××〇〇?」
「えっと……すいませんでしたーーーーーーー!!」
そう言って私は刹那の手を引き元居た公園へと駆け戻る。
私に手を引かれた刹那はキョトンとした顔で私を見つめている。
「……」
駄目じゃん!!
言葉全然通じないじゃん!!!
普通、異世界に転生する時って言葉も通じるようにしてくれるよね!!!
あんのクソジジイ、手抜き転生にも程があるよ!!!!
今度会ったら絶対ぶん殴ってやる!!!!!
そう心に誓い、その辺にあった木をあのクソジジイに見立てて蹴りを入れてやる。
ゴツと音がするとともに木が揺れ頭上から木の葉が舞ってくる。
と、同時に私の足に鈍い痛み。
うー……本当にどうして私がこんな目に……。
そうこうしているうちに空が曇りシトシトと雨が降り始めた。
わわ……このままだと濡れちゃうじゃん。
慌てて私は懐のネタ帳にペンを走らせて大きな傘を一本、描き念じる。
そうすると私の手元にポンッと音を立てて大きな傘が一本現れたので私はそれを開く。
「刹那、雨に濡れちゃうから私の近くに寄って」
「はい」
刹那はそう言うと私の傍に寄ってきて傘の下に入る。
大きな翼も濡れないように小さくなっている。
便利だな、その翼。
はぁ……しかし、もう踏んだり蹴ったりだなぁ……。
なんか少し小腹もすいてきたし……。
そう思いながら空を見上げ大きなため息をついていると。
「あ、いたいた。おーい、そこのキミたちーーー」
そういう声をかけられている幻聴を聞いた。
「あれ?通じてないかな。おーーい」
ん……あれ……これ幻聴じゃない?
声のする方を見やるとそこには大きな傘を持った美人な眼鏡のOLさんが手を振って私達の方に向かって来ていた。
美人な眼鏡のOLさんは私達の所に辿り着くと。
「うちの事務員さんから日本語を話す女の子達に会ったっていう話を聞いてね。急いでボクが迎えに来たんだ」
そう言ってニコリとその美人な眼鏡のOLさんは微笑む。
「ってあれ……。キミ、もしかして野々村奏さんじゃない?」
「あなた、何で私の事知ってるの?」
私は貴女みたいな美人な眼鏡のOLさんは知りもしないんですけど。
しかもこんな異世界に知り合いなんて居るはずもない。
「そっか、この格好で会ったことないんだっけ。ボクは宮内柚木。サークル『アール』の主催のユズキって言えば通じるかな」
サークル『アール』……確か男装が凄く似合う女子が企画している大手サークルのうちの一つだ。
で、主催のユズキ……。
「あ。あーーーーーーーー!!!」
そうだ。
サークル『アール』のユズキ!!
一度、大規模即売会で挨拶したことある!!
あれ?
でもこの異世界にユズキが居るってことは……。
「ユズキ。あんたも死んじゃってたのね……」
私は憐れみを込めた目でユズキの顔を見返す。
「何それ。というか、野々村奏さん、キミの方こそ死んだんじゃなかったの?」
私の言葉に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、ユズキはそう問い返してくる。
「え……?」
「奏さん。キミがトラックにはねられて死んじゃったってニュースになったの、一年も前の話だよ」
「な、何ですとーーーーーーーーーー?!!!」
シトシトと降り注ぐ雨の中、私の叫び声がコンクリートの街並みに木霊した。