私、異世界漫遊始めちゃいました。その3
牢獄の窓から月が見え始めた頃。
「奏さん。奏さん」
と呼ぶ声が頭の中に響いてきた。
どういうこっちゃと思いながら、その言葉に頭の中で返事を返してみる。
「あんた誰?」
「いやだなぁ。月依ですよ」
「なんだ、月依か。いまどこいんの?」
「えっとですね。宮廷の外にいます」
「なんで宮廷の外にいんのよ!」
「しょうがないじゃないですか、追い出されちゃったんですから」
「追い出されたって……まぁいいけど。で、ギフトは回収できたの?」
「あ、そっちはバッチリ回収できましたんで安心してください」
「それなら良かった。でさー……この状況どうすりゃいいのよ」
「んー……なんかサクヤちゃんが危惧してた通りになっちゃったって感じですよねー」
「感じですよねーじゃなくてさ……まぁ月依に愚痴っててもしょうがないんだけど。色々油断してた私も悪いし」
「とりあえず、刹那さんには先にタカマガハラに帰ってもらったんで安心してください」
「そ。まぁカムイが使えるあんたはともかく刹那は足でまといにしかならないもんね」
「ですです。それでこれから奏さんを助けるために宮廷に忍び込もうと思ってるんですが」
「……できんの?そんなこと」
「こんなことも有ろうかと宮廷を出る前に抜け道を作っておきましたので」
「……ホント準備良いのねアンタ」
「いやー……サクヤちゃんに気を付けてって耳タコでしたからね……」
「そういう意味じゃサクヤには感謝だね」
「そですね。とりあえず、今からそっちに向かうんで大人しくしといてくださいね」
「はいはい。そうします。ていうか、ネタ帳もどっかに隠されちゃって無力な人間ですゆえ」
「え……ネタ帳隠されちゃったんですか?」
「気付いたらポケットに入ってなかった」
「ネタ帳ってあれですよね。奏さんの絵に描いたものを実体化させるのに必要なやつですよね」
「うん。そう。まぁそれ以外にも色々絵が描いてるから置いていくのは嫌かなぁ……」
「うーん……じゃあそれも探さないとか……。とりあえず合流してからにしましょうか」
「うーい。お任せー……」
それを最後に月依からの交信は途絶えた。
ま、私は牢獄の中から月を眺めながら助けを待つとしよう。
しばらくして。
牢屋の窓から月依がひょこっと顔をのぞかせる。
ホントに忍び込んできよったよ、この娘は。
「奏さん、壁に穴開けるんで空いたら通り抜けてきてください」
「はいはい。仰せのままに」
「じゃあいきますよ」
そう言って月依の顔が窓から消えたかと思うと目の前に人ひとり通れる穴がぽっかりと空いていた。
私はその穴を通って外へと這い出る。
あー……自由って素晴らしい。
「あとは奏さんのネタ帳の在処ですよね」
「たぶんだけどあのクソオヤジが持ってるんじゃないかと思う」
「んー……その可能性は高そうですねぇ。とりあえず探ってみますか」
言いながら月依はカードを持って何かを念じる。
するとカードが白色に淡く発光する。
「ビンゴですね。ニニギ様の寝室にあるみたいです」
「あのクソオヤジめ……」
「まぁ気付かれないうちにさっさと回収して帰りましょう。奏さん私に捕まっててくださいね」
「うん。でも何するの?」
「薄闇に隠れるカムイを使うんですよ」
月依は再びカードに何かを念じると今度はカードが薄黒く発光する。
と同時に私達の体は闇に紛れるように透明になってしまった。
「ほんと、カムイって便利よね……」
「ささ愚痴は良いですから早く行きますよ」
「うん。わかった」
そうして私達はニニギのオヤジの寝室に難なく辿り着いた。
私は寝台の横のテーブルの上に無造作に置かれたネタ帳を手に取り安堵する。
のも束の間。
「痴れ者め!私がお前たちの行動を予期できぬとでも思ったか」
という声と共に、部屋の外からニニギのオヤジと数人の衛兵がやって来て囲まれてしまった。
……もしかして思いっきり嵌められた?
「異国の異能力使いに、優秀なカムイ使いを私のものにできるとは、何たる僥倖」
「何が何たる僥倖よ、私達捕まえる準備万端じゃないの、クソオヤジ!」
「まぁまぁ……奏さん。ニニギ様、こんな事したらタカマガハラがだまっちゃいませんよ?」
「ふん、そんなのはどうとでもなる。そちらには触れられたくない過去もあるしな」
「……サクヤちゃんの事をだしにするなんて大人げないですね、ほんとうに」
言いながら月依はカードに何かを念じる。
するとカードは灰色に淡い光を放ち始める。
「ま、そっちがその気ならこっちも容赦しないんですけどね」
そう言って月依は力を開放する。
と同時に巨大な竜が姿を現す。
「な……岩竜召喚だと……何故異界の住人のお前がこんな高度なカムイを……」
「あれ?言ってませんでしたっけ?私、タカマガハラで上から三番目のカムイ使いなんですよ?」
「クソ……怯むな!相手は岩竜一匹だ!」
「ふーん……この岩竜って結構強いんだ……」
「ですよ」
「じゃ、もう一匹呼んじゃおうか?」
「何だと……」
私の言葉に驚愕しているニニギのオヤジをよそに私はネタ帳にペンを走らせる。
そしてネタ帳から現れたのは月依が召喚した岩竜より一回り大きく翼の生えた岩竜だった。
二体の岩竜を前にさすがに畏怖をおぼえたのか衛兵は私達から距離を取る。
そのすきに私は月依とともに翼の生えた岩竜の背によじ登る。
「それじゃ、まったねー、ニニギのオヤジ」
「このこと、テラス陛下にしっかりと報告させていただきますので、ゆめゆめご覚悟を」
私達がそうニニギのオヤジに告げると同時に翼の生えた岩竜は寝室の屋根を打ち破り天高く舞い上がった。
「それにしても凄いですねー……翼の生えた岩竜なんて。奏さんの力もやっぱり使いようなんじゃないですか?」
「うーん……そうかなぁ……。まぁこんな荒事にしか使いよう無さそうだけどね」
「それじゃとりあえず、このままこの国を出ちゃってください」
「え。転移門使うんじゃないの?」
「使えるわけないじゃないですか。私達、お尋ね者ですよ」
「……さいですか」
そう言って力なく答えると共にお腹から『ぐうっ』っと腹の虫が鳴り響く。
あー……お腹空いた。
これからこのホウライを出るのは良いとしてタカマガハラまでの道のりは何日くらいかかるんだろう?
このまま飢え死ぬのは嫌だなぁとボンヤリ思いながら岩竜を街の外へと向かわせた。




