私、異世界生活始めちゃいました。その10
「とりあえず、この一週間でいくつかの国には話を通しておいた。お前達にはまずは隣国のホウライに行ってほしい」
「ホウライ、ですか」
ホウライって言えば中国の話なんかでよく出てくる場所の一つだ。
確か仙人がいるんだっけ。
「仙人?なんだそれは」
私の心を読んだのかテラスちゃんは怪訝な顔をしている。
「ここで言うホウライは蓬莱山の麓に広がる国の事だよ。日本では古くは蓬莱山は富士山の事を指しているね」
「ふーん……まぁ別にどうでもいいわ、そんなこと。ともかくそのホウライとやらに行けばいいのね」
「そういうことだ。とりあえず、この二人だけじゃ不安だからユズキもついて行ってやってくれ」
「え゛。テラスちゃん……。ボク、もうすぐ夏の即売会があるんでそれどころじゃないんだけど……」
「そんなもん知るか。お前は世界の崩壊と即売会どっちが大事なのだ」
「そりゃ即売会ですよ、勿論」
……まあそうだよね。
私だってそうだ。
世界の崩壊なんて即売会の前には大事の前の小事。
オタクは世界が崩壊したって即売会には参加する。
そんな根性の持ち主ばっかりなのだ。
「……おまえ達、自分達が置かれておる状況がよく分かっていないようだな……」
テラスちゃんはコメカミのあたりをひくつかせながら怒りに声を震わせている。
「まぁまぁテラスちゃん落ち着いて。テラスちゃんだって即売会楽しかったでしょう?」
「む……まぁ……楽しかったかと言われればその通りなんだが」
「年に二回しかない大イベントなんですから大目に見てやってくださいな」
「むぅ……となると、この二人に任せるのか?ものすごく不安なんだが」
私と刹那を交互に視線を移しながら不安気な眼差しを向けてくる。
「そうですねぇ……」
キクリ先生はテラスちゃんの言葉に首肯した後。
「それじゃ、月依ちゃんについて行ってもらえばいいんじゃないでしょうか?」
ふと思いついたようにポンと手を叩きそう提案する。
「ふむ……月依か。まあ月依なら安心だな」
「あのー……月依って誰ですか」
「お前と同じ日本人で留学生だ。そしてこの国で上から三番目にカムイを使いこなせる」
「そ、そうなんですか……」
留学生でこの国、上から三番目のカムイ使い?
どんだけ優秀なんだ、そいつは。
「それじゃ、ユズキにキクリよ。月依の出国手続きなんかは任せたぞ」
「はいはい。ちゃちゃっとすませちゃいますんでご心配なく」
テラスちゃんの言葉にウキウキ顔で返事をするユズキ。
コ、コイツ……自分が即売会に参加できるからってすごく嬉しそうだな。
クソー……私だって参加したいぞ、こん畜生。
よし。ユズキには私の欲しい本買いに行ってもらうことにしよう。そうしよう。
そんな訳で私と刹那は、月依という留学生と共にホウライへと向かうことになった。
―――
その後、私と刹那は拘留が解かれ、一週間ぶりに二十五階の部屋へと帰って来ていた。
とりあえず即売会のサークルチェックをしてユズキに欲しい本リストを渡さねば。
インスタントラーメンを刹那と共にすすりながらノートPCで作業をしていると。
ピンポーン。
と、インターホンが鳴り響く。
ユズキのやつがタイミングよく来たのかなと思いドアを開けると。
「こんにちわー。あなたが奏さん?」
なんかとってもお洒落なワンピを着ためちゃくちゃ可愛い女の子が立っていた。
その後ろには、生田亭で会った緑髪の女の子が立っている。
「えっと。どちら様?」
「私は月依。霧島月依だよ、奏さん」
「あー……あんたがキクリ先生が言ってた留学生の月依か」
「ですです。明日からよろしくお願いしますね」
留学生でこの国で三番目のカムイ使いなんて言うからすごいがり勉みたいな子をイメージしてたけど。
人は見かけによらないなぁ。
「うん。こっちこそよろしく。あんたも災難ね、ユズキの代役なんて」
「いえいえ、異界の外国に行ける機会なんてそうそうありませんからね。結構楽しみなんですよ」
「ふーん……そういうもんなのね」
なんていうかホント優等生優等生してる子だな。
さすがユズキの代役を任されるだけはあるなぁ……。
「あの……奏さん」
「ん?確か……サクヤだったっけ?」
「はい。明日からホウライに行かれるって聞きまして……」
「あんま気が進まないんだけどねぇ……」
「えっと……ホウライを治めてる王様……ニニギ様には気を付けてください」
え゛。気を付けるってどういうこと。
「話せば長くなるんですけど……私、ニニギ様との縁談を破談にしたんです」
「ふ、ふーん……」
王様との縁談を破談にするなんて見かけによらないんだな、この子も。
「なんでまたそんな事。王様と結婚すりゃ王妃様だったのに」
「それは……まぁ、色々ありまして」
そう言ってサクヤは頬をポッと赤く染める。
あー……。
これは別の男に恋したんだな。
うん。この反応は間違いない。
「まー、気を付けるって言っても何を気を付ければ良いのかよく分かんないけど」
「とりあえず、私の事に触れないようにしてくださればいいので」
「ん。まぁ覚えとく」
「本当に気を付けて行ってきてくださいね」
「心配性だなぁサクヤちゃんは。私がついてるんだから、奏さんも大船に乗ったつもりでいてください」
こんなに自信たっぷりなんだからお任せしちゃって平気かな。
これから先の諸国漫遊もこの子に任せておけば安心だろう。
何せこの国、上から三番目のカムイ使いなんだから。




