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禁じられた森とお化けの巣

作者: 間瀬 真東

オリジナル小説初作品、初投稿となります。なお、作品中に政治的寓意や差別問題に対する意図は全くありません。その辺りをご了承下さいませ。

山間部の田舎の村で生まれ育った僕は小さい頃、村はずれの森には

とても怖いお化けが出るから近寄るなと言い聞かされて来た。

特に日が沈んでからは、森に近づく事さえも禁じられていた。

やんちゃな友達が何度も怖いもの見たさで行く度に

必ず見つかり大人達にこっ酷く叱られていたものだった。

僕は来年から大学に進学する為に一人、上京する。

その前にどうしても確かめておきたい事があった。

それはずっと言い聞かせ続けられてきた

「森のお化けの正体」だ。

もちろん、”この世ならざる者“などいるはずもない。

当時の大人達が子供に見せたく無い何か、を暴いてみたい。

そんな軽々しい動機で、高校生活最後の夏休みの深夜

禁じられた森を散策する事にした。


僕はその日、日が沈むまで野良仕事を手伝い、周りの大人達

特に見張りに残った隣家のおじさんが家に帰るまで

村外れの森に一番近い納屋に潜んで夜の森に忍び込む事が出来た。

表向きでは森には興味の無いフリをしているし、友達と比べれば

僕は比較的素行の良い部類に入った事も、幸いしたのだろう。

秘密を暴き、タブーを破る事に僕の心は昂ぶる。

しかし、その高揚感が続いたのは

森の入り口を少し過ぎたところまでだった。

鬱蒼とした森の雰囲気は、想像以上に怖い。

聞き慣れて当たり前だったミミズクの鳴き声が、一層恐怖心を煽りたてる。

やっぱりもう帰ろうか…そう考え始めたその時。


「おい、小僧。こんな遅くに何やっとる」

不意に声をかけられ、僕は思わず情けない悲鳴をあげて倒れこんでしまった。


「成る程のう…ワシらはお化けとも言えるっちゃ言えるのう」

村では見覚えの無い老人は失神した僕を助け起こし

一通りの話を聞くとそう言ってガハハ、と大声で笑う。

黄土色の作務衣に裾の短い羽織、陶芸家や炭焼き職人のような格好をしたその老人は

人懐っこい笑顔を浮かべ、僕がこの森に入った理由を楽しそうに聞き続けていた。

何故、この老人は僕を叱らないのだろう?

この人がお化けだって?大人達が見せたくないものの正体?

好々爺然としたこの老人からは、何処にも怖いお化けや怖ろしい者の要素は見当たらない。

「来年から都会に行くと言っとったの。どうじゃ、古里の思い出に“お化けの巣”を見てみんかえ?」

少しの間、僕は考えた。

腕時計を見ると既に22時を過ぎており、幾ら夏休みとはいえどもこれ以上は明日に響く。

それに何よりも悪意は無さそうとはいえ、こんな夜更けに初対面の老人に連れられ

禁断の森の中を歩くという恐怖心は多少は、ある。

いや、本来ならば怖さに逃げ出しても当然の状況なのに

“お化けの巣”を見たいという好奇心を強く刺激されていたのか

それともこの老人の雰囲気からか

不思議と怖さというものを殆ど感じなかった。

「あまり、遅くにならなければ…」

僕がそう呟くと、老人は僕の肩に手をポンと置く。

「お前さん、よほど怖いもの知らずと見えるのう。最近の若者にしては珍しく気骨が有るとみえる」

「あ、ありがとうございます」

「気に入った。お前さん、名はなんという?」

「栄次郎…高槻栄次郎と言います」

ふむ と少し間を置いて、老人は答えた。

「ワシは銀作。皆には銀爺とか単にじじいと呼ばれとる…勿論、お化け仲間にはじゃが」

銀作翁は冗談めかしてそう言うと、クックッと笑いを堪える。

「すまぬなぁ、あまりにもお化けお化けと言いおるのがこの年寄りには似合うて仕様がなくてな」

段々と小馬鹿にされているようで、僕は思わずムッと言い返す

「こんな時間にこんな場所を歩いているのはお化けぐらいだと思いますよ」

彼は再び大笑いをしながら「それはお互い様じゃな」と言うと

懐中電灯の向きを変え、森の奥へと歩みを進める。

「“お化けの巣“はここから遠いんですか?僕、あまり遅くまではちょっと」

「なぁに、すぐそこじゃし そんなに長居はさせんよ。長居されても困るしのぅ」


10分ほど歩いただろうか。

途中、竹藪に入り足を取られて転びそうになった以外はさして苦もなく進め

小川沿いの狭い藪の道を進み、少し先の河原に黄色い光がいくつか見える。

そこが”お化けの巣“であった。

目に入るのは一つの大きめの天幕と幾つかの小さな天幕。

それぞれの天幕には小さな石油ランプがぶら下げられていた。

一見すると浮浪者の住居にも見えるが、それはビニールシートでもテントでもなく

見たこともない生地で作られた天幕であった。

そしてそのそれぞれに小さな石油ランプがぶら下げられている。

薄明かりで見づらいが、小さな天幕の中では1人か2人が何らかの作業を行なっていた。

森の中にこんな、見た事も無い集落があったとは!

僕は少しの間、驚きで声を失うほどだった。


「ようこそ、“お化けの巣”へ!」

老人がまたも大笑いしながらそう言うと

天幕の中から初老の男が声をかける。

「銀爺ぃ、その小僧は?」

「森で迷子になっとってのぅ、“フケ“の仕度が済む頃には倅がいつも通り来るからの。ついでにこの子も送らせるわ」

「おうよ」

初老の男は作業に戻り、銀作翁は一番大きな天幕の前に行くと布地をめくり、僕に入るよう促す。

その天幕に入ると竹製のほうき、カゴ、篠笛などの細工が所狭しと並んでいた。

竹を編んで作った腰掛けを2つ、銀作翁は持ってくると僕に座るように促す。

「ここは…工房ですか?こんな森の奥で、電気も無いのに…」

「昔ながらの暮らしじゃよ。倅どもはどうも里の気に憑かれてのぅ。今はもうワシらの様な爺婆だけしか残っておらん」

村の何処かで、こんな竹細工を見た覚えがあるが思い出せない。

銀作翁はゆっくりと、語り続けた。

「昔、ワシが子供の時分にはまだ、里の者に売り歩く事もあった。今では年寄りの手慰みにしかならんがの」

確かに、いくら山奥の田舎とはいえどこういった雑貨はよほど古い家でしか見当たらない。

竹細工を一通り見渡すと、僕の目にそれよりも強烈な印象を与えたものがあった。


それは古いランプの光を淡く照らし返す天幕の布の裏地だった。

黄色い炎の光を受けているにもかかわらず、絹の様に光沢のある白い布に

赤、青、緑、紫、様々な色の糸で

象形文字とも渦巻きとも取れるような紋様が刺繍されていた。

さらに興味を惹かれるのは、揺れる光の加減で同じ場所の紋様が様々な形に入れ替わり

あるいはまっさらに消えてしまう、とても不思議な刺繍に僕はすっかり魅了されていた。

「ああ、アレか。先祖代々の不思議な織物での。薄く軽く水も風も通さぬし、綺麗じゃろう?」

「ええ、とても…」

とても言葉には出来ない。最新の技術を使ってすら、この美しさは決して再現出来ない。

言葉に詰まって、ただただ刺繍を見続けている僕を銀作翁は首を傾げて見ていた。

「そこまで珍しい物かのう?それよりも、もう小一時間もすればワシの倅がお前さんを里まで送る。それまで昔話をするのも無粋じゃの…そうじゃなぁ…」

老人は少し思案すると、竹細工の中から篠笛を取り出し口に当て、奏で始める。

深く澄んだ音色。初めて聴くはずなのに懐かしく優しい響き。

誰もが知っている唱歌から、この地方独特の民謡、そして聴いた事も無い曲を奏で続ける。

「どうかな?ワシの腕もまだまだ捨てたものじゃ…おや、まぁ」

山歩きの疲れもあったのか、篠笛の旋律に聴き惚れているうちに

いつしか僕はウトウトと眠りに落ちてしまっていた。


目が覚めると、僕は村の駅近くにある、観光客向けの民芸店のソファーの上に居た。

どうやってここまで来たのか、見当も付かない。

この店の主人は伊吹さんという壮年の男性で、小さい頃からの顔見知りである。

落ち着いた物腰でいつも笑みを絶やさない、とても優しげな雰囲気の人…だった。

そして、その伊吹さんがソファーの対面から、ずっと僕の顔を見続けていた

伊吹さんは僕が起きた事に気付くと、彼には珍しく強張った表情で僕に向かって言った。

「あの森に入ってはいけないと言われていただろう?君らしくもない」

彼は穏やかに、しかしいつもよりずっと厳しい声色で言葉を続ける。

「そもそも、夜遅くに出歩くのは良くないよ。森には熊や猪もいる。万が一の事が…」

言葉はいつも通り穏やかだが、伊吹さんの表情と眼光は穏やかさとは正反対のものだった。

「ごめんなさい、でもお爺さんに誘われてつい」

僕がそう答えると、彼は額を抑え、苦々しく溜息を吐く。

「お爺さん?何かの見間違いだろう。君は森に続く道で気を失っていたのだから」


「えっ?そんなはずはありません!」

僕は思わず、声を張り上げて反論する。

銀作翁も、あの天幕も、篠笛の音色も、とても夢や幻とは思えない。

あれほどはっきりとした記憶が、夢などであるはずがない。


伊吹さんはいつもの優しい顔つきに戻ると、店の入り口の扉を開け

僕の肩を担いで店の軽トラックまで、僕を連れて行く。

抵抗しようにも、何故か体に上手く力が入らない。

「余程怖い目にあったのだね。足がまだ震えているよ?家まで車で送るから乗りなさい」

取り付くしまも無く、伊吹さんの車に乗せられ、自動車は動き出す。


「あの森の中には誰も、人が住んでいたり、住んでなくても仮住まいにしたりという事も無いのですか?」

僕はしつこく食い下がっても伊吹さんは更に苦虫を噛み潰した様な顔をして

「聞いた事も無いよ」とだけ言うと、口を閉ざしてしまった。

自宅の前に着き、車から降りる前に伊吹さんは穏やかだが強い口調で僕に言った。

「君の夜遊びの事はご両親には内緒にしておこう。随分と疲れているようだし。ただし、約束して欲しい」

「はい」

「今後は絶対に森に近づかないこと。そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。いいね?」

普段の物腰からはとても想像の付かない伊吹さんの声。

心が凍りつくほど怖ろしい声色に僕は震えながら頷くしかなかった。

いそいそと僕は部屋に戻り横にはなったものの

僕の頭からはあの綺麗な生地と篠笛の音色がどうしても離れなかった。

「いつか、もう一度確かめてやる」

そう心に誓い、今度こそ本当に僕は眠りについた。


その後、大学に入り上京してからしばらくは

僕は村に帰省する度に覚えている限りの記憶を辿り、森に入り河原を探した。

大学生になってからはどういう訳か森に入る事を禁じられず

子供達が森に近づかないよう見張り番を任される事すらあった。

僕はあの天幕と銀作翁や集落の人達を懸命に探したが

彼らが居た痕跡ひとつ見つけられなかった。

一度だけ伊吹さんに尋ねた事もあるが、いつもの穏やかな顔で「そんな事あったっけ?」

と返されるだけであった。

伊吹さんとの約束通り、他の誰にも言わなかったし、言ったとしても信じて貰える自信が僕には持てなかった。

やがて、その伊吹さんも近郊の街で会社の役員を任されるという話があり、民芸店を畳み

村を去った。

僕も新しい生活に慣れ帰省する事も減り、森の探索は行わなくなっていった。


まるで、”この世ならざる者“だった老人達と地図には存在しないもう一つの村。


それが決して夢まぼろしの存在では無い、と確信を持てたのは何気無く受けた

民俗学の講義の席であった。

昭和の始めごろ姿を消したと言われる日本古来の漂泊の民

”山の民“あるいは”山窩“と呼ばれた存在。

その生活様式は僕の記憶にある銀作翁やあの集落に酷似していた。

欧米のジプシーやロマとと同じく

神秘的かつ抑圧や差別を受ける事も少なくなかった人々。

そう仮定すれば、あの夜の不自然な伊吹さんの言動も納得がゆく。

銀作翁の倅、つまり伊吹さんはその出自を知られたく無かったのだろう、と。

その後、僕は民俗学者を志し、各地の民話や都市伝説の収集に没頭し始めた。

その切欠となったあの一夜の経験と

不可思議で、美しいあの布地の刺繍だけは生涯決して忘れることはないだろう。


”山窩“という存在を知り、かつては社会的に色眼鏡をかけられていた事と、固有の住居を持たず、漂泊していたという神秘性を書いてみようと思いました。

「あの人達は少し違う」だけで、お化けと呼ばれたり、当人が周りより気にし過ぎて不自然なほど、過剰になる

そんな様子を特に重視して書き出してみました。

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