89話 水源の間
「君達、何かに掴まれるかね?」
天井にまで成長した大木から竹田が叫ぶ。
「何かって……縋る藁もないのに……」
リュウキは掴まれる物を探すが見つからない。周囲にあるのは水だけだ。右も、左も、前も、後ろも、下も水。上には天井が広がるのみ。
「何も、ないです!」
「ふむ……この木は完全に成長しきっているからこれ以上枝を伸ばすこともできんし……」
竹田が何をやりたいか分からないが、とにかく何かに掴まっていて欲しいようである。
「あ、そうだ!」
マカが何かを思いついたように叫ぶ。
「『舞空剣技』! お兄、シズ姉。剣の柄に掴まって!」
「……そうか!」
「……分かった」
マカの飛ばす剣の柄を握るとそのまま剣は上昇していく。
「竹田さん、これでいい?」
「ああ、十分だとも。そのまま離すんじゃないよ。落下ダメージで死亡してしまう可能性もある」
「……落下?」
リュウキがそう疑問を持つや否や、水嵩が減った。そう感じ取った。感じ取った瞬間には目に見える勢いで水が下方へと押し下げられるように減っていく。
「『グロウ』。樵の初歩的なスキルの1つだが、『植木職人』のパッシブスキルである植物成長促進と組み合わされば種であっても瞬間的に苗木に成長させることができる」
水が減っていき、やがて全ての水がどこかしらへと消えた。空洞内に残ったのは竹田がいる大木と3本の剣に掴まるリュウキ、シズネ、マカの3人。そして空洞中に散らばる苗木であった。
「手持ちの種のほとんどが苗木に成長することが出来た! これでまた私は闘える」
「良かったね竹田さん」
「ああ。これから先のクエストもサポートは任せてほしい」
地面へと4人は降り立ち、苗木を拾い集める。リュウキにとっては、苗木はどれも同じ形をしていたが、竹田にとっては容易に区別がつくようで、
「これは……こちらだな。こっちは……まあこちらでいいだろう」
と、使う用途に分けてアイテムボックスへと仕舞い込んでいる。
「……これで最後」
シズネが苗木の最後の1つを竹田へ渡す。
「ありがとう。助かったよ」
竹田は苗木を受け取ると3人に礼を言う。
「しかしこの洞窟の水は悪意を感じるものだね。水を除去出来なければそのまま溺死……呼吸苦のダメージで死んでいただろうに」
酸素不足によるダメージはDNOに確かに存在する。
現実で体に害のある概念――毒、火傷、傷、出血――だけでなく結果的に死亡に至るものは全てダメージを伴うものとして設定されていた。
「あ、あそこ見て!」
マカの指さした方、そこには横穴があった。
「あそこから次の場所に行けるのかな?」
「かもしれないね。もしかしたら、泳いであそこまで行ければそれでよかったのかな……」
皆がパニックになりかけていたため、どうすれば溺れないようにするかだけを考えてしまっていた。どうすれば避難できるか、ではなく溺れないか。今いる洞窟のことだけしか考えられなかった所以である。
しかしながら、だからこそ、水をどうするかを竹田が解決してみせたために戦力的には改善された。どちらが良かったのかと問われるならば、現状の方が良かっただろう。
「……とりあえず進もう」
だから、悩むより先に進むことにした。
「うわぁ……」
「すごいな」
「……綺麗」
「ほう、見事なものだ」
空洞から繋がる洞窟を進むと、光が漏れ出ていた。それを辿りながら進んでいくと、洞窟は途切れ風が吹き込んできた。
洞窟を抜けた全員の感想は1つの風景を見てのことであった。
「森だらけだ……地下なのに」
地下の空洞から洞窟を進み上へ下へと進んでいくと辿り着いたのは先ほどの空洞と比べ物にならないほどの広さの空洞であった。空洞ではなく地下に広がる新たな世界、そう表してもいいほどに。
「ようこそいらっしゃいました地上の住人よ」
と、4人――特に竹田――が感慨にふけっていると声をかけられた。幼いような、しかし芯のある声であった。しかし辺りを見回しても、声の主は見当たらない。
「こちらです地上の住人よ。私はここにいます」
よく聞くとその声は正面や真後ろではなく下、足元から聞こえてくるようである。
「え」
リュウキが一歩踏み出そうとした瞬間、悲鳴が聞こえる。
「駄目です地上の住人よ。踏まないでください!」
足元に茂る足首ほどもある草むら。それを掻き分ける同じくらいの高さの人影。
「わっ!?」
「……人形みたい」
15㎝にも満たないであろう人と全く同じ姿の少女。まるでショップで売っているかのような艶やかな赤のドレスを着た少女を見てマカとシズネが顔を輝かせる。
「地上の住人よ。よろしければ私を持ち上げてはくれませんか?」
「では、私が――」
「私が持つー」
竹田が意気揚々と苗木を取り出した瞬間にはマカが小さな少女を掌に乗せていた。それを見て竹田は微笑みながら苗木を仕舞う。娘が小さい頃、人形で遊んでいたのを思い出し1人で懐かしんでいた。
竹田が1人会話に参加せずに思い出にふけっている間に話は進む。
「私はこの地下の世界であるグランドグラウンドの姫。名をポーラと申します。どうぞお見知りおきを」
少女は――ポーラはペコリと一礼する。
「俺はリュウキ」
「……シズネ」
「私はマカ! こっちで目を瞑っているのは竹田さんね!」
「リュウキ……シズネ……マカ……竹田さん……はい、覚えました。よろしくお願いいたします。まずは私達のお城へとご案内させて頂きます」
あれよあれよという間にポーラと同じような大きさの小人達が幾人も現れ、リュウキ達を囲む。重装備であり顔は兜に隠されている。どれも少しばかり好戦的な雰囲気であり、リュウキ達にも緊張感が走る。
「……すいません。私達も切羽詰まっており……本当に申し訳ございませんが着いてきて頂ければと思います」
ポーラの言葉は少しばかり下手に、だが有無を言わさない口調である。
恐らくは二つ名の力を使えば小人達を蹴散らすことは出来るだろう。それでなくともポーラは今マカの掌に乗っているのだ。マカが少し力を込めただけでもポーラを害することは出来る。
「この世界……地下世界の危機なのです!」
「そうなんだ……可哀想……」
「(……何だかちぐはぐ……というよりも慣れていないというべきなのかな)」
こちらを脅そうとしているのに脅しきれていない。緊張感や切迫感は感じられるのにどことなくままごとのように成りきれていない。
しかしポーラの言う、切羽詰まっているというのが今回のクエストに関わることだろうと、それを解決することがクエストの解決に繋がるのだろうと思いリュウキ達は大人しく着いて行くことにした。
どの道ポーラの命を文字通り握っているマカがポーラに同情してしまっている。シズネも助けたいと思っているようだ。ならばリュウキとしても異論はない。
「……分かった。着いて行くよ」
その言葉でポーラは晴れやかな笑顔となる。
「では、行きましょう! このまま真っすぐ進んでください」
先ほどの緊張感も切迫感もどこかへと、まるで仲の良い友達を案内するかのように道を指し示す。
マカが竹田を叩き現実へと引き戻し、4人と小人達は歩き出した。
「それにしても皆様、よくあの場所から出て来れましたね」
「あの場所?」
「ええ、皆様が出て来られたあの洞窟です。あそこの先には水の溜まった空洞がございませんでしたか?」
「……あった」
歩き出して数分。それだけの時間でマカとポーラはすっかり長年親しんだ友人のように仲良くなっており、そこにシズネも加わって3人で姦しくおしゃべりをしていた。リュウキと竹田はそれを微笑まし気に見ながら森を見渡す。リュウキは警戒のため、竹田は木々の観察のためである。
そのおしゃべりの最中、ふとポーラが尋ねてきた。
「あちらは侵入者防止のために作られた一室でして、水源の間と言われています。他にも同じように水が溜められた空洞がいくつもこの地下世界の周囲にあります」
「いくつも……」
リュウキ達はクエスト発生によって残された穴に導かれるがままにあの空洞に落ちたのだが、同じようにクエストを受けたプレイヤーが他の空洞に落ちていくのだろうか。
「侵入者って誰? もしかして私たちのことー?」
「いいえ、マカ様。あなた方プレイヤーや地上で元から暮らす住人のことではございません。侵入者とは別の……そういえばあなた方の中で魔物と心を通わす方がいらっしゃいますよね?」
「魔物と心を通わす……テイマーのことかな?」
魔物とはモンスターのことで間違いないだろう。
「ええ。地上の冒険者の方々の技能でテイムというのがあるそうで。それを使えるテイマーという職業」
「……テイマーは私」
シズネがラビとアリアを出す。
「まあ、シズネ様がテイマーでしたか。そして何と可愛らしいウサギ様と……人でしょうか?」
「こんにちは。私は機械ですわ。機械人形アリアでございます。こちらはラビ」
「アリア様ですね。そしてラビ様。地上の機械はここまで発達なされていたのですか」
ポーラは驚いたようにアリアを眺める。
アリアとしても庇護対象の塊であるかのようなポーラに対し邪険にせず、むしろそれを嬉し気にしてみせる。
「……失礼。ええ、テイマーがいなければこの世界には来れないようになっておりまして。何でも昔この世界を作り上げられた方がそのような結界を張ったようでして。人とも魔物とも心を通わせる真に優しい心の持ち主だけがこの世界に溢れるように、と」
「優しい心の持ち主……」
竹田が僅かながら顔を背ける。『五行同盟』時代を振り返ってしまったのだろう。
「さあ着きました。こちらがこの世界唯一のお城、オープンキャッスルです」
それは、2mほどもあるリュウキ達が見上げる程度の大きな城であった。
2m程度のお城……むしろ大きすぎたかな




