82話 岩の大亀
「――っ!? 硬いね!」
「お兄! 次の攻撃来るよ!」
『ロック・ザ・タートー』の口から吐きだされるいくつもの岩をリュウキは避け、マカは剣で防ぐ。岩弾は数が多く、そして1つ1つが重い。リュウキは体のすぐ横を岩が通り過ぎていくのを感じ、マカは剣を正面からぶつけるのではなく斜めにして受け流す。
この攻撃であっても『ロック・ザ・タートー』にとっては通常攻撃に過ぎず、未だ二つ名の力は発動されていない。
リュウキ達も二つ名はまだ温存しているが、さらに厳しい攻撃が続けば発動せざるを得なくなってくるだろう。
そのすぐ後ろでシズネは1つのスキルを発動していた。
「……ラビ、アリア。出てきて」
テイムモンスターの召喚スキル。
その発動とともにシズネの隣には1匹と1体が現れた。
「グルゥゥゥ」
ラビは『ロック・ザ・タートー』を見た瞬間にそちらに向けて威嚇する。
気づいたのだろう。かつて自分がそうであったように、目の前に岩でできた大亀もまた二つ名を保有するネームドモンスターであることに。
尤もその二つ名の力は今現在テイムモンスターとなったラビと最前線にて立ちはだかる中ボスとでは全く質も量も違うのであろうが、それでも主人を守るためにラビは敵の意識を自分に少しでも向けようと、威嚇し続けるのであった。
「はーい、呼ばれて飛び出て……って、またこんなのを相手にしているんですか!? もっと普通の、そこらの雑魚相手にしている時も呼んで下さいまし!」
アリアは『ロック・ザ・タートー』を見た瞬間に驚愕していた。敵の巨大さや強大さについてではない。それらに対して慣れてしまっている自分に対して驚愕してしまったのだ。
無論、アリアに人間の心はない。DNOというゲームのAIによって生み出されているに過ぎないプログラムの1つではあるが、それでもアリアには感情があるとアリア自身も、シズネも、リュウキやマカも確信していた。そして、DNOに生きる全てのNPCにもそれはあると。
とはいえ、中ボス相手に呼び出されたアリアは驚きつつもそれを嫌だとは思わなかった。自分の守るべき相手が、このような敵を相手にするときに頼ってくれている。それが誇らしく思うこそすれ、嫌悪することではない。
ラビは自分のアイデンティティとも言える赤黒い毛皮を敵に見せびらかすように跳躍し、アリアは両腕を機関銃に変化させる。
「ギュイッ!?」
『ロック・ザ・タートー』の巨腕が跳躍するラビを捉えた。
一撃でラビの体力を8割以上削る。
……いや、8割で済んだのはひとえにラビの二つ名である『赤黒毛皮』のおかげかもしれない。
強敵との闘いにばかり呼び出されるラビとアリアは闘いの機会こそ少ないが、着実に二つ名のレベルを上げていたのだから。
そしてラビの二つ名である『赤黒毛皮』はダメージの軽減。本来は一撃の威力が少なく手数を得意とする相手にこそ、その真価を発揮するがこのような重い一撃を放つ相手には気休めなほどの軽減にしかならない。
だが、その気休めが今はラビにとっては有難かった。
「グルルラァァァァ」
ラビも別に攻撃を避けきれずにダメージを負ったのではない。
伊達にAGI優位なステータスではない。避けようと思えば攻撃を避けることは出来た。
ではなぜ避けなかったか。
それは『赤黒毛皮』のパッシブスキルのダメージ軽減であればギリギリ生き延びられるだろうと踏んでいたから。ともあれそれでもまともに喰らってしまっては危険であるため掠めるようにして食らったのではあるが、まさか一撃でここまで削られるとはラビにも思ってもいなかった。
これがテイムモンスターと中ボスの差。
これがテイムモンスターの限界……いや、それは違った。
再びの咆哮とともにラビの頭部には1本の角が生えていた。これこそ『赤黒毛皮』のアクティブスキルの発動の証である。
全ステータスの上昇。AGIも、STRも。防御はもとから期待していない。ネームドモンスターの頃からそうであった。避けて、攻撃すればいい。ただそれだけである。そして、その準備は整った。
ラビの角が『ロック・ザ・タートー』の先ほどラビの体力を削る原因となった巨腕へと突き刺さりそのHPを大きく削った。
アリアは援護に回ろうと考えていた。何故だかは分からないが今日は同僚であるラビがやる気に満ちている。ならば自分は攻勢に出るのではなく防衛に下がろうとしていた。
元よりシズネの盾になろうと誓ったこの身だ。その身は闘えば闘うほど、体が削られれば削られるほど、丈夫なものとなっていく。
ちらりとアリアはシズネ以外の他の仲間を見る。
マカは必死に剣で大亀の足元を斬りつけているが、そこは特別丈夫に作られているのだろう。ダメージはほとんど入っていない。それこそラビのアクティブスキル程でないと駄目なのだろう。しかしながらそれでも、少しでもダメージがあるならばと剣を振る姿にアリアは心の中で応援を送る。
対照的にリュウキは積極的なダメージのある攻撃をしようとせずに牽制ばかり行っていた。
魂胆は見えている。シズネやマカ、それだけでなくラビやアリアまで岩の大亀が注意を向かないようにしているのだ。マカやラビなど攻撃を続けていれば必ずそちらを攻撃しようと大亀は顔を向ける。その顔に向けてリュウキは何とかスキルを使い跳躍し、蹴りを入れていた。とは言え、マカ同様にダメージは余りなく、時折攻撃が当たりそうになるなど遠くから見るアリアからすれば危なっかしいものであった。
「……ああ、もう。本当にイライラさせてくれますね」
リュウキが大亀の顔を蹴ろうとした瞬間、大亀が突如としてリュウキの方へと振り返りその口からいくつもの岩を吐き出した。
「や、やば――」
両腕を体と顔の前に出して庇う素振りを見せるが、DEFの低いリュウキでは到底守れるものではないだろう。
しかしリュウキが今更スキルと出したところでその岩を砕けるほどの威力を持つものでは間に合わないだろうし、速度重視では真正面から受けきれない。
一か八か、リュウキが間に合いそうなスキルの中で威力の高いスキルを発動しようとした瞬間、
「いいから! そのままジッと大人しく防御してなさい!」
岩を横からいくつもの銃弾が叩きつけた。アリアの機関銃から放たれた1つ1つが小さな銃弾は岩を砕くことはなかったが、その衝撃で僅かながら軌道を逸れ、他の岩とぶつかり砕け散った。アリアに言われ手防御姿勢を取っていたリュウキの腕には小さな破片が当たる。
「……全く、私が守るのは女の子だけのはずでしたのに」
何時からか、リュウキも守る対象に入っていてしまった。
次はない。そう言おうとして、
「アリア、助かったよ!」
リュウキが笑顔でそう言ってくるのに対してアリアは何も言えなくなってしまった。
これだから男は。いざとなれば女に頼ることしかできない。
それでも放っておけないのはどういうことだろうか。
まだまだ人間の心は難しい。
AIのプログラムであり、そして機械でできた体を持つアリアにとって人間とはNPCよりも遠い存在なのであった。
現在のダメージソースは二つ名の能力を完全に発揮しているラビである。アリアは防衛、リュウキは牽制、マカは剣を必死に振るっているが、結果は振るわないものである。
ならばシズネはというと……敵を観察していた。
相手は攻撃と防御に特化し、それ以外の速度や器用さなどは捨てたステータスなのであろう。
速度のある攻撃といえば今のところは口から吐きだされる岩弾。しかしこれは至近距離からでなければそうそう当たることはない。
「……『サンドカーペット』」
『ロック・ザ・タートー』の足場を砂に変える。
「グ、オオオオオ」
しかし、『ロック・ザ・タートー』は沈まない。しっかりと、砂でできた足場を踏みしめている。
恐らくはその名の通り、岩や砂といった魔法が効きにくいのだろう。
「……だけど……『ロックインパクト』」
それでも僅かながら体勢が崩れたのならば、と巨石を『ロック・ザ・タートー』の甲羅部分に落とす。
見た目が亀なのだ。首や足では引っ込めることでの回避をされる可能性がある。ならば、甲羅に当てることで確実にダメージを稼ぎ、そして甲羅がどれだけ丈夫であるかを確かめる必要があった。
岩魔法が効きにくい。先ほどの『サンドカーペット』を見てシズネはそう判断したがそれは間違っていた。岩魔法は効く。質量的な攻撃だからであろう。物質と物質がぶつかれば双方のうち脆い方が砕ける。砕けなくとも削れる。
今回であれば巨石が崩れて……そして甲羅が削れた。
「……MP50使用。……『ロックインパクト』」
MPを使用することで攻撃にブーストをかける。
先ほどは砕け散った巨石。しかし今度は甲羅とともに砕け、『ロック・ザ・タートー』に確かなダメージを与えたのであった。
「……これで半分」
しかしながら恐るべきは大亀のHP。
まだこれで半分。闘いはこれからである。
そして『ロック・ザ・タートー』は使用する。
己の真の能力を。二つ名を。




