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二つ名オンライン  作者: そらからり
2章 同盟者
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75話 導くべきは勘違いから 前編

唐突な過去話(それも主人公以外という……

 昔から教師を目指していた。

 その一環で子供に人気のあるゲームをやってみようと、DNOを始めてみた。

 それが『キングオブナイツ』の団員であるキナネの始まりであった。


 だから目の前の10代半ばほどである少女がこうして大人も子供も関係なく何の躊躇いもなく殺し、あろうことかプレイヤー中から恨みを買っているのを見て、キナネが何も思わないわけがなかった。

 むしろ、悩みに悩み、躊躇いに躊躇っているからこの場で少女に剣を向けていた。相手は何も悩まずに躊躇わずに殺していることを承知のうえで。


 自分の子供時代に不満があったわけではなく、むしろ順風満帆な友人関係、両親ともに放任主義ではあったが見るべきところは見ており褒め叱る、教員からの信頼も厚く怪我病気を一切せずに皆勤賞を毎年壇上で受け取るのが当たり前であった。


 毎日が楽しかった。

 テストで高得点を取ったときの周囲の反応。

 年に一回程度の割合で告白される時のあの心の躍動感。

 友人との放課後のおしゃべり。

 両親との食事すら、彼女にとっては当たり前の楽しさであった。


 自分が恵まれていたから、この恵まれた環境は運ではなく楽しもうという気持ち次第で誰にでも作れるものだと勘違いしてしまった。

 その勘違いがキナネの――喜納田萌音の教師を目指す動機であった。






「君は勘違いしているね」


「はい? 何がでしょう教授」


 大学への入学はとっくに終わり、教員免許も取り終わり、実地での研修も無事に終了した。

 無事に……といっても、陰湿なイジメが研修先の中学校では存在していた。

 しかし、そのイジメを早期に発見することができた。そして、被害を受けている生徒から事情を聞こうと呼び出した。

 萌音が女性教師ということもあり、虐められていた男子生徒は口をつぐんでいた。格好つけたい年頃なのだ。年の近い、それも顔立ちの整った女性教師。お姉さんに憧れる年頃でもあろう。虐められている、それを即座に肯定するほど10代半ばの男の子は弱くはなかった。そして強くもなかったのだ。


 日常会話――萌音の趣味である洋画鑑賞は虐められている生徒の趣味と合致し、まずはそこから信頼関係を築いていこうと考えた。

 翌日からは男子生徒に積極的に挨拶をしていく。


「おはよう!」


 最初は驚いた表情をみせながらも男子生徒は返してくれた。

 小さな声で


「……おはようございます」


 と、廊下を通る他の生徒の喧騒に消えそうな大きさの声でも、萌音は確かにそれを聞き、笑顔で頷いた。男子生徒も少しばかり笑顔をつくる。


 放課後になれば前日テレビで再放送されていた洋画の感想を言い合う。

 研修生であり、家に帰ってからの自由な時間はないが、食事時や学校側から出される課題の休憩時になるべく見るようにしていき、男子生徒との会話の種になればと、これも教師になるための活動の一環なのだと、集中して映画を見ていた。男子生徒の振った会話についていけなくなったときこそ信頼関係が失われる、そう思ったから。


 1日ごとに男子生徒から返ってくる挨拶の声は大きくなっていった。

 次第に廊下の喧騒に負けないくらいの、ハキハキとした声になっていく。


 そして1日ごとに男子生徒は1人ではなくなっていった。

 いつの間にか男子生徒を虐めていた生徒たちも、知らぬふりをしていた生徒たちも男子生徒の周囲に集まり何事か話している。

 萌音が傍に寄れば男子生徒は話を打ち切り、こちらにやってくる。他の生徒たちはなぜかニヤニヤとこちらをみて笑っていた。


「何を話していたの?」


「ナイショです。それよりも見ました昨日の映画?」


 放課後と決めていた男子生徒との談話も朝や廊下といった、他の生徒のいる場でも行われるようになり、それもまた仕方がないかと萌音は思っていた。

 それよりも男子生徒がこうして萌音と話す以外でも明るい表情を他の生徒に向けているのが嬉しかった。


「よっ! キナ先生と何話してるんだ?」


 萌音と男子生徒が話していると、男子生徒の肩に手を回してくる生徒。それは萌音が密かに虐めの主犯格だと思っていた生徒であった。

 キナ先生とは萌音の苗字をもじったあだ名のようなものであり、萌音としては距離の近い生徒と仲の良い教師のようであり嬉しく感じていた。


「昨日やっていた映画の話だよ。タイトルは――」


 萌音が昨晩やっていた洋画のタイトルを言うと、


「あー、それ俺見てませんすわ。じゃ、また」


 と、興味を無くしたように先ほどまで男子生徒のいた生徒たちの輪に混ざっていった。


「すいません。あいつ、ああいうやつなんで……あ、でも悪いやつじゃないんですよ!」


 これまで虐めてきた相手なのだから決して悪いやつではないという言葉は正しいとは思えなかったが、彼らはまだ中学生。過ちを知らず知らずのうちにやってしまうこともある。こちらが面白いということを相手も楽しんでいると勘違いしてしまうこともある。

 それを導いてやるのが大人であり、その最たるものが教師という存在なのである。


「大丈夫だよ。それよりさ――」


 と、映画談義を再開していった。


 放課後以外も映画の話をしているため、放課後の時間に空きができた。研修生であるため、決して男子生徒だけに時間を使ってはいられないが、無理すればつくることもできた。

 そのため、


「先生、僕に勉強を教えてもらえませんか?」


 という、男子生徒からの申し出を快く萌音は受け入れた。

 元より、教師というのは生徒を正しい道に導くだけでなく、道徳的なだけではなく学力的な教鞭を取らなければいけない。

 そのため、生の生徒に勉学を教えると言うのは萌音にとっても少なからずプラスになる。

 他の教師に見られながら授業を受け持つことはしているが、実際に自分がどこまで教えられているのか分からないことも多い。他の教師からの助言はもらえても、生徒からの助言というのはもらえていない。


 果たして自分は正しく教えているのだろうか。

 教え方に間違いはないだろうか。


 それを確かめるためにも萌音は男子生徒と放課後は机を挟んで向かい合うことになった。


「うん、うん、うん……よく覚えているね。今日私が言ったところもバッチリ! これなら明日の小テストも大丈夫そう」


 萌音の受け持つ科目は数学。とりあえず公式を教え、その通りに問題を解かせることを繰り返すのが萌音の指導方針であったのだが、これで公式を理解しているだろうかと萌音は心配であった。公式は単に暗記するだけでは駄目だ。なぜこの式であるのか、どの問題でどの公式を使うのか、それを理解しなくては、小テストでは点数を解けても、様々な公式が飛び交う学期末試験では酷い点数になってしまう。


 だが、その男子生徒は1つ1つの問題に対して特徴を捉え、当てはまる公式を自分で考え、当てはめ、計算することができていた。


――自分の教え方は、少なくともこの子にとっては間違っていなかった


 その事実に、目に涙が浮かびそうになる。


「……先生?」


「ご、ごめん! よし今日はこれくらいにしておこう。また明日ね!」


 男子生徒が訝し気な顔をしている。

 これでは格好がつかない。教師としての威厳を保てない。

 問題も区切りの良いところまで解き終わっている。これまでにしておこう。

 別れの挨拶をし、男子生徒が帰宅路についたことを確認し、萌音も教員室で他の教員と打ち合わせを行った。


 そんな日々を繰り返し、研修最終日。

 まるで虐めなど無かったかのような男子生徒とその周り。


 やはり気持ち次第なのだ。いかに学生生活を楽しめるか。

 それだけで虐めなど無くなる。虐めなど吹き飛ばせる。

 暗くうじうじしているから周りの生徒たちは虐めをしようなどと思ってしまうし、明るくしていれば虐めなど発生しない。


 担当していたクラスへの挨拶をし、他の教師にも礼を言う。

 研修での助言をありがたく頂戴し、少なからずの誉め言葉を受け取る。

 生来の明るい萌音の性格は多くの生徒に受けていたし、教員からの印象も良かった。

 それを自覚しているからこそ、萌音も研修は上手くいったと思った。


 だから、研修先が終わり大学に戻りしばらくした後に教授へ今回の研修の報告をしているときに言われた勘違いしているという言葉に萌音は驚くというよりも疑問が頭の中を占めていた。


「勘違いって教授……一体何のことでしょうか?」


 研修はすでに一ヶ月前のこと。

 その間に課題や報告書のことを纏めていたため、一か月前ではあるが、まだ詳細に覚えていることが多い。そのため、直すべきところは直したい。


「君は学校を生徒にとってどのような場所にしてあげたいと思っているのかね」


「はい。私は生徒が楽しんで登校できるような、そんな場所にしたいんです。勿論、勉強を頑張って、それで休み時間や放課後に友人と楽しく話せるような」


「ふむ……」


 まるで面接のような質問と答えであるが、それが萌音の本心であった。

 そしてその答えに教授は顔をしかめる。


「ならば、君の報告にあったその男子生徒は、勉強は頑張っていたようだ。しかし友人と楽しく話せていたのかね?」


 その問いに萌音は答えようとし、そして答えを用意できなかった。


 思い出す。男子生徒と他の生徒との会話を。

 萌音が通りかかったときは他の生徒との会話を楽しんでいるように思えた。だが、萌音を認識した途端、男子生徒は会話を打ち切り、こちらへとやってきた。萌音もそれを当然のように受け入れていた。


「生徒と会話をするために映画を見ていたことは良しとしよう。昨今ではそのためにゲームをしている者もいるくらいだ。しかし、君はその生と1人のために時間を使った。……まあこれも良しとしよう。君は虐められていた男子生徒をどうにかしようと思ってのことだったようだからな」


 目の前の少しばかり年のいった教授は理解のある者だと言われていた。

 年寄り所以の頭の固さはなく、むしろ柔軟に考えることのできる人間だと。そしてそれは長年教師という職業に就いていた経験を元にしていることを萌音は知っていた。


「……しかし、私との会話の時間が多くなってしまったのはその虐めがきっかけです。虐めが無くなり、私の研修が終わった今、あの男子生徒は楽しい学生生活を送っているはず――」


「その生徒は転校した」


 言い訳じみていると自分で頭の片隅で思いながらも、萌音は教授にそれでも男子生徒の学生生活は改善したと伝えようとした。

 だが、それを教授は遮った。


中学校の教員研修ってこんなに自由なのかな……まあ相当優秀だったのだろう

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