74話 聖剣扱うは聖者に非ず 後編
剣聖と呼ばれる二つ名であるが、何を以て剣聖なのだろうか。
一定の強さに辿り着いた者だろうか。
怪物を討ち果たした者だろうか。
後世まで語り継がれた者だろうか。
いや、違う。剣聖とは周囲に認められてこその剣聖だ。
一定の強さに辿り着いても存在が悪であればとても聖とは呼べず。
怪物を討ち果たそうとも犠牲が出ては仕方がない。
後世まで語り継がれてもそれが悪名であっては意味はない。
剣聖とはすなわち、敬意を抱かれ、友愛に満ちた強者であるべきなのだ。
『キングオブナイツ』に弱者はおらず。
破れても相手がそれ以上の強者であっただけで、敗北が弱者に繋がることなし。
己が認め、己が愛した者達の力を今、借りる時だ。
「今こそ我らの無念を晴らそう! 『ディグニティー・スピリッツ』」
固有スキルの名を口にし、雷光煌く剣をブレッシュは掲げる。
死した仲間の力を手にして、復讐と言う名の聖戦を誓う。
「うごごごぉぉぉ」
『マッドパペット』はその剣を見て嘲笑うかのような声を出す。
泥、つまりは土が大部分で構成されている自分の身体に電気など通じない。
今まではただの剣であったのが如何様にして雷光を宿すことになったのかは知らないが、それでも敵ではない。
作られた存在である泥人形が時間を置くにつれ少しずつ自我を持ち始め、自分で考え行動し始める。
それはユークリッドの負担を減らすことであり、ユークリッドが『マッドパペット』の操作をしなくなればそれだけリュウキとキナネとの戦闘が激しくなる。
「早々に決着を着けてやるよ。俺達『キングオブナイツ』の勝利で終わらせるがな」
雷が走る剣をブレッシュは『マッドパペット』の足に突き立てる。
剣から伝わる雷の威力は足だけに留まらず、泥に含まれる水分を媒介として全身に流れる。
「『雷刀迅雷』……これは庄司の分だ」
その名は土人形に殺された『キングオブナイツ』のメンバーの1人。
雷を剣に纏わせていた男の名であった。
水分をほとんど含まない土人形には効かなかったが、泥人形は水分がある。
無効化されはしない。
「ぐぐぐががあぁぁ」
くぐもった声を出して『マッドパペット』は動きを止める。
しかし、数秒後には再び動き出してまるで攻撃が無かったのようにブレッシュへと腕を伸ばす。
『マッドパペット』のHPは僅かに減っている。それを見てブレッシュは笑う。
そして、またも固有スキルを発動させた。
「『ディグニティー・スピリッツ』」
それまで宿っていた雷光が剣から消える。
しかし、剣に起きた変化はそれだけに止まらず、今度は伸び始めた。
剣という概念から外れ、まるで鞭のように細くしなやかに伸びる。
「『千変鞭刑』……これはラクサの分」
それは最初に土人形に殺された『キングオブナイツ』のメンバーの1人。
剣を主武器としながら中距離戦を得意とする男であった。
しかし、きりのない土人形に囲まれてはその力も発揮できなかった。
ブレッシュの剣がしなり、伸びて『マッドパペット』の身体を八つ裂きにしていく。
手足は別たれ、胴体は上下半分にされる。
「ご……うごぁ?」
なぜ急激に剣が変化したのか、理解できないのだろう。
『マッドパペット』は首を傾げるようにしながら別たれた手足に切断端から垂れる泥を近づける。
「させないよ」
しかし、『マッドパペット』の手の1つにブレッシュは剣を刺すと、
「『ディグニティー・スピリッツ』」
と、三度目の固有スキルと発動した。
伸びていた剣は元の長さまで戻り、しなりも消える。
代わりとばかりに振られたブレッシュの剣を追うかのように『マッドパペット』の手が動く。手の形を無くし、泥の塊はブレッシュの剣を追って海中に着水し……そして溶けた。
「『一刀追尾』……キナネはまだ生きているが、ついでだ」
もう一つの手も同様に海中へと放り込み、『マッドパペット』のHPを見ると、4割ほど
無くなっていた。
「なるほど、削っていけばいいのか」
泥になろうと元は土人形と素材は同じ。
多少の水が多くなっただけだ。
その巨体に圧倒され、触れるのを躊躇ってしまったが、対処法は同じであった。
「うご、ごごごごがぁぁぁ」
「随分と、小さくなったな」
見上げるほどの大きさであった『マッドパペット』も今や一回り小さくなり、大型のモンスター程度。高さにして2mより少し高い程度。
しかし、小さくなった代わりに手足は再生している。
「『ディグニティー・スピリッツ』」
そして再びブレッシュの剣に雷光が宿る。先ほどよりもやや光を強めて。
「ぐごごぉ?」
『マッドパペット』は不思議そうにブレッシュの剣を空洞になった眼で見つめる。
自我が芽生え、思考を持ったことにより戦闘だけでなく、相手を観察することを覚えた。しかし、それは逆に警戒し攻勢に出られないということに繋がってしまっていた。
「知りたいか? 俺の能力がそんなに分からないか?」
ドロドロと身体中から泥を垂らしながら『マッドパペット』は後退する。
先ほどの電撃が己の身体に少なからずのダメージを負わせるものだと知っているから。
知ってしまったからには下がらずにはいられない。
「未知なのが恐怖か? 先ほどまでのお前であれば、生まれたてのお前であれば相手が何であれ本能のままに攻撃していただろうに。ならばその持ってしまった知能で覚えておけ。俺の固有スキルはこの場にいる剣聖の能力を使えるようになることだ」
己が認めた剣士であれば剣聖であることと同義。
敬意を抱き、友愛に満ちた者が剣聖であれば――より具体的に言えば『キングオブナイツ』のギルドメンバーであればブレッシュの固有スキルである『ディグニティー・スピリッツ』の対象となり得る。
『剣聖抜粋』の二つ名レベルが5になったのはとある二つ名持ちモンスターを討伐しに行ったときのこと。その時、幾人かの犠牲を出した後に、ブレッシュの固有スキルは目覚めた。
同フィールド上にいる同ギルドメンバーの二つ名の能力を得る。
これが『ディグニティー・スピリッツ』にある効果であった。
しかし、ブレッシュがこの固有スキルを始めて使用した際、1つ気が付いたことがあった。
それはこの場にはもういない、死に戻ったギルドメンバーの二つ名の能力も使えるということである。
死してなお魂はここにある。
ブレッシュはそう受け取った。
死んでもなお、仲間たちは一緒に闘ってくれるのだと。
「お前には分からないだろうな。死という概念も闘いに誇りも高潔さも抱かないようなお前には。だから俺は、この能力で勝たせてもらう。勝たなくてはいけないんだ」
ブレッシュと『マッドパペット』との距離は20mにも満たない。ブレッシュの速度であれば一瞬で詰められる距離である。
「『雷刀迅雷』!」
雷の如き速度で『マッドパペット』に迫り、雷纏う剣で『マッドパペット』に斬りつけようと、ブレッシュは剣を振りかぶった。
そのまま振り下ろすと、対象は左右綺麗に別たれた。切り口からは雷が流れ込み、再生速度を遅延させる。すぐには起き上がれず、その2つの塊は地面に転がった。
しかし、ブレッシュの剣を受け止めたのは『マッドパペット』ではなかった。
「うごがががががががぁぁぁ!!」
「うごがぁ」
「うぐぅぁ」
「うががが」
『マッドパペット』の四肢からそれぞれ泥が流れ、泥は地面のぬかるみを伝い、泥を集め……そして4つの小さな――それでも人と同じ大きさの――泥人形を作り出していた。
「ユークリッドは1つの泥人形を作るので精一杯のはず……いや、これは自我が芽生えたからこそか」
ユークリッドとリュウキ、キナネの闘いが今どの段階かは分からない。『マッドパペット』が健在であるから未だ倒せてはいないのだろう。
しかし、それでもこちらに増援を作り出せるほどの余裕があるとは思えない。
だからこれは、『マッドパペット』自身の能力。
自身の身体から伝った泥を媒介にして泥人形を生成、操作しているのであろう。
「泥に含まれる水が人間でいう血液と神経の役割を果たしているのか……? いや、ゲームの設定がどこまで造りこまれているのかは分からないが……」
剣がひと際強く光り始める。
これまで以上に宿る雷光が強くなっていく。
強くなる雷光に比例してバチバチと剣から漏れ出る音も大きくなる。
電気が流れているどころか雷が宿っている。そう、この時ブレッシュはこの能力の本質を知った。
「これなら……勝てそうだ」
感電が治り立ち上がった。小さな泥人形の首を刎ね、返す刃で近くの泥人形を斬り落とす。
その後ろから近づく2体の泥人形が拳を振り上げた時には2体とも両足が胴と別れを告げていた。
『剣聖抜粋』による剣の誘導の発動はすでに終わっている。
固有スキルと二つ名本来の能力の同時使用は未だブレッシュには使いこなせていなかった。
つまり、4体の泥人形を瞬く間に斬り捌いたのはブレッシュによるもの。
二つ名なくしての闘いを繰り返すうちにブレッシュはギリストに並ぶほどの腕前になっていた。
「これで守る者はいないだろう。食らえ、『雷刀迅雷』!」
『マッドパペット』の身体奥深くに剣が突き刺さる。
痛みはなく、違和感を感じるような感覚と呼べるものもない。
しかし、それでも『マッドパペット』は己のHPを減らし、殺し足り得るものであることが脳とも心臓とも何とも呼べない何かで分かってしまったのだろう。必死に暴れ、泥が撒き散らされる。
飛び散る泥は剣を握り抜けないように力を込めるブレッシュに降り注ぎ、ダメージを与える。避けることはできない。一歩でも引いてしまえば剣が抜け、こちらに致命的なダメージが来るかもしれない。
「高まれ、『雷刀迅雷』! 皆よ、力を貸してくれ!」
雷光がさらに強まる。
ブレッシュの叫びに呼応するかのようにバチバチという音はバリバリと轟く。
そして――雷の鳴る剣から1匹の光る虎が飛び出した。
「グギャァァオ!!」
光る虎は『マッドパペット』の喉元辺りに喰らい付く。
喰らい付かれた箇所からは蒸気が出る。同時に暴れていた『マッドパペット』の動きは鈍くなっていく。
さらに雷光が強まり、直視できないくらいの光を放つ剣は、ドガンと落雷のような音を鳴らした後に消失した。
ブレッシュの剣から雷が消失した……しかし、それはブレッシュのMPが切れたわけでも時間制限が来たわけでもない。
倒す相手がいなくなったことにより、ブレッシュ自身が能力を解除したためだ。
すなわち、『マッドパペット』のHPは0になっていた。
「蒸発したのか……。いや、それよりもあの虎は……」
それは『雷刀迅雷』という二つ名の未来の可能性。
今はまだ固有スキルを発現するに至ってはいないが、何時か起き得るであろう未来の先取りであった。
本当の持ち主よりも先にブレッシュが使えたということはそう遠くない未来に発現するという予兆であるのだろうか……。
そして、『マッドパペット』を倒しきった理由。
HPが0になったことは当然として、その過程が単にHPを減らしただけとブレッシュは思っているが真相は違う。
泥に含まれる水が血液となり神経となる。
ブレッシュがそんな訳はないと思い直していたことであるが、実はその通りであった。
血液であり神経である水は当然ながら熱によって蒸発する。高熱であればあるほど蒸発し、減れば減るほど血液と神経が無くなっていくということである。そのため、全ての血液と神経が無くなりここからの復活は不可能であるとDNOのシステムは判断し、死亡を認めた。
剣聖と呼ばれなくとも、周囲に認められれば自然と剣聖になっていく。
ならば味方は多いほうが良い。
味方……仲間と闘うブレッシュは最後まで仲間の力を信じて1人で戦い抜いて勝利を手にした。
しかしその代償は重かった。
強い熱を発する程の雷。それを一身に受け止めていた剣は溶け始めていた。
「……高価だったんだがな」
使えても後一度くらいだろうか。
そんなことを思いながらブレッシュはリュウキとキナネ、ユークリッドの闘う方を振り返った。




