73話 聖剣扱うは聖者に非ず 前編
「すぅーーはぁーー……」
深く深呼吸をし、ブレッシュは眼前の敵を見る。
泥人形――モンスター名『マッドパペット』もこちらに顔を向ける。だが、目と口らしき深く暗い穴があるだけの顔はこちらを向いてはいるが、こちらを見ているかは怪しい。
恐らく、二つ名の類は持っていないモンスターだろう、とブラッシュは推測する。
一プレイヤーが造り出した使役モンスターに一々二つ名なんて付けられていたらこのゲームは召喚系職種の一強となってしまう。テイマーはテイムしたモンスターによっては二つ名持ちモンスターだけでパーティを組むことができるが、ならばプレイヤーと組んだ方が効率的である。テイムされた時点でプレイヤーよりも弱いということは明白である。
「だから、これまで闘った二つ名持ちのモンスター達よりもはるかに倒すのは簡単のはずだ」
しかし、『マッドパペット』の放つプレッシャーはこれまでの二つ名持ちモンスターと同様、もしくはそれ以上のものを持っている。
そもそもで二つ名持ちモンスターと対等に闘えるプレイヤーは少ない。多くはパーティ、もしくはギルド単位で闘う。
ブレッシュがこれまで二つ名持ちモンスターと1対1で闘ったのは一度だけ。しかも、それは事前に有効なアイテムを用意し、攻略情報を知ってからである。それなのに結果は僅差の勝利。
後日、同程度の強さだと思っていた『キングオブナイツ』ギルドリーダー、ギリストが苦も無く同じ二つ名持ちモンスターを倒したと知って、ブレッシュは内心嫉妬で埋め尽くされていた。
無論、己の二つ名が弱いものだとは思わない。しかし、ギリストの二つ名が圧倒的攻撃型であるとすれば己のはせいぜい万能型。最適な行動を取れると言いつつ、守りに寄っているため決定的な攻撃ができない。
どうせ誘導される動きに従っていればいいんだろ。
そう、ブレッシュは思っていた。
しかし、だからこそ、ブレッシュの強さはそれ止まりであった。
ギリストにあって自分には無いものが分からなかった。
分からないからギリストに勝負を挑んだ。内容はギルドリーダーを賭けた1対1での勝負。負けた方は副リーダー、勝てばギルドリーダー。
まだギルドが設立してから日が浅かったのもあり、彼の行動は誰にもおかしなものには見えず、リーダーになりたいのだな程度にしか思われなかった。
ブレッシュ自身も勝負自体にそこまでの意義を見出せず、何となく気づいたらギリストに勝負を挑んでいた。勝てば何となくが何かに変わるのかもしれないと思って。
勝負は30分掛かり、ついに決着が着いた。
勝者はギリスト。ブレッシュのMP切れによる敗北であった。
能力に任せ、能力に頼り切っていたブレッシュはMPが無くなり、二つ名の能力が使えなくなった途端に何もできなくなり、ギリストに一刀両断されてしまっていた。
「ブレッシュ、お前は弱い」
「……だな」
PvPの結界が解け、地面に這いつくばっていたブレッシュにギリストが声をかけた。
称賛ではなく酷評。
ブレッシュ自身も思っていたことであり、これからどんなことを言われようとも受け入れるつもりであった。
自分は負けたのだ。勝負に意味はなく、意義もない。何も見つけられずにただ敗北した。
「だけどな、弱いからこそ強くなれる可能性がある。気づかなかったか? 最後の方なんかは俺も追い詰められていたことを」
「……?」
「気づかなかったか。まあいい、教えてやるよ。お前の二つ名である『剣聖抜粋』は最適の行動を取れる能力だが、MP消費もそれなりに激しい。持続的な効果を持っているくせに、だ。何でだか分かるか?」
「それは……レベルが低いからか? 俺のAGIが追い付いていないから身体が付いて行かず、ATKが低いから剣を満足に触れない。つまりは俺が弱いから、なのか?」
しかし、ブレッシュとギリストのステータスに差はほとんどない。
職業による違いはなく、二つ名による補正も微々たるもの。
何かが優れていればどれかが劣っている。二人のステータスは総合的に見れば変わりはない。
「ステータスか……なあブレッシュ。ステータスがいくら高かろうとも剣を使ったことの無い人間が闇雲に振り回すのと、ステータスが低くても剣の心得がある人間が剣を扱うのとでは全く違う。勝負が成り立つどころか下手をすればステータスの差なんて引っ繰り返るだろう。つまり、剣を振るな、扱うんだ」
「剣を……扱う……」
「後半、お前は意識的にか無意識的にかは分からないが、『剣聖抜粋』が誘導するよりも早くその方向へと剣を向けていた。だから、より速度のある、力強い剣となっていた。しかも、MP消費も少なかったはずだ」
ブレッシュはギリストの言葉で気づいた。
ブレッシュが剣を振り下ろそうとするのに反して『剣聖抜粋』が剣を振り上げようとしていたら……それは大きなロスとなる。剣の速度も力もブレッシュは逆の方向へと向けているのだから半減し、より大きな力で剣を動かそうとする『剣聖抜粋』はより多くのMPを必要とする。
後半は何となくだが、ギリストの動きが読めてきたせいかどこに剣を振ればいいのかが分かり始めてきた。だから想定していたよりもMP消費は少なくなり『剣聖抜粋』の発動時間は長引いていた。……それでも敗北してしまったのだが。
しかし、恐るべきはギリストの剣捌きであろう。
ギリストは剣にこそ二つ名の能力が掛かっているが、腕前自体はギリストの素の実力そのもの。それでもブレッシュが使いこなせていなかったとは言え、『剣聖抜粋』と対等に渡り合える実力。
「ブレッシュ、お前がこれからやるべきことは分かるな?」
「……ああ、二つ名はしばらく封印だ。二つ名無しでの戦闘を出来るようにして、リアルではそうだな……竹刀でも握ってみようか」
確か家の倉庫にあったはずだ。拙いかもしれないが、普段から剣を握っていればきっとそれは何らかの役に立つだろう。
「待ってろよ、きっと次は勝ってみせる」
「ああ、待ってるぜ」
ギリストは笑いながらブレッシュに手を差し出した。豆一つない綺麗な手のひらであるが、ブレッシュは知っている。戦闘時以外でも剣を振る己のリーダーの姿を。
数週間後、ブレッシュは本当の意味で己の二つ名を使いこなすことに成功。
ギリストとは153敗……152勝。あの闘いの日以来での勝負であればギリストとは互角に戦えるようになっていた。
「ギリスト……お前の仇は取ってやるよ」
『マッドパペット』はギリストを殺した相手ではない。しかし、殺した相手の使役モンスター。
自分がこのモンスターを倒すことが憎き敵であるユークリッドの敗北に繋がるのだとしたら喜んで足止めでもしよう。
ブレッシュの剣が『マッドパペット』の足を斬り落とす。
『マッドパペット』はバランスを崩し、倒れかけるが、新たに生えた足で再び体重を支える。斬り落とされた足は身体に吸収されていき、万全な状態へと戻っていく。
「……厄介な能力だな。二つ名持ちですらないいのかよ、これで」
腕を、足を斬り落としていくも、どれもが新たに生えてくるためキリがなく、斬り落とした部位も吸収されていくためダメージが全くといっていいほどない。
HPを見ると減っておらず、これまでの攻撃が無駄であったことを思い知らされる。
「うごぉぉぉぉぉ」
『マッドパペット』の腕が振り下ろされる。
巨大な泥の塊は辺り一帯をブレッシュもろとも汚そうと落とされる。
ブレッシュはその腕を避けると、腕を振り下ろし体勢の低くなった『マッドパペット』を頭から両断した。
綺麗に左右に別れた『マッドパペット』はしばらく己の分かたれた半身を探すかのように腕を足を振り回す。
振り回した腕や足から泥がいくつも飛び散りブレッシュに降り注ぐ。
時に剣を振り、ほとんどを避けきると、目の前には完全にくっつき再生しきった『マッドパペット』がいた。
「……無駄、というわけではないんだけどな」
最悪の想定としては斬ったら斬るだけ、別れたら別れるだけ分身していくパターンであったのだが、その様子はなさそうだ。斬り落とせば隙が生じる。最も、暴れた時の飛び散る泥のおかげでそれどころではないのだが。
「……あの時の俺だったらすでに負けていたかもな」
あの時、ギリストに己の能力の使い方を示唆される以前のブレッシュであったなら振り下ろされる腕も飛び散る泥も全て剣で払いのけようとしていただろう。
『剣聖抜粋』は剣が最適な動きをするだけ。ブレッシュの足さばきはブレッシュ自身が手に入れ、磨かなくてはいけない。
今のブレッシュの動きは『剣聖抜粋』によるサポートの動きとほぼ同じ。ゆえにMPの消費は少なく、威力と速度は増している。
相手の攻撃が単調で、遅いものであれば避けるのに支障はない。
「問題は俺の攻撃がほとんど通らないってことか」
ほとんどどころか全く、ゼロである。
未だ1すら減らない『マッドパペット』のHPを見ると足止め以外に何ができるのだろうと思えてきてしまう。
このままでは少ないが、確かに減っているMPが0になり、己の集中力と体力が切れてしまい敗北してしまうだろう。
「うごごがぁぁぁぁ」
『マッドパペット』は吠える。
虚のような口から吐かれる空気が吠えているように聞こえているだけなのかもしれないが、ブレッシュにはそれが勝利を確信している慢心の笑い声のように聞こえた。
「実際は数人がかりで倒すようなモンスターなのかもしれないな。もしくは炎や水といった魔法でなら攻撃が通るのかもしれない。だけど俺の攻撃に属性なんてものは付いちゃいねえ」
あくまで攻撃のサポート。
それ以上でもそれ以下にでもなれない『剣聖抜粋』を高めるのはブレッシュの腕前だけであり、それすら属性の付与には通じない。
ブレッシュが動きを止めると、それを諦めと取ったのか『マッドパペット』も闘いを中断する。
中断して……遊び始めた。
泥の塊をいくつも作る。見ようによっては人型に見える全部で5体の泥の塊。
1体は他よりも大きく作られ、他の4体は少し離れた位置に小さく作られた。
そして小さい4体の土の塊のうち2体を一気に潰した。
その後、小さい泥人形を1つ作り、大きく作った泥人形の傍にそれ以上の大きさの泥人形を作る。
そして3体の小さな泥人形をまたも一気に潰した。
「うがっがががががっ」
今度はブレッシュにははっきりと、嘲笑う声が聞こえた。
潰された小さな泥人形……これらは全て自分達『キングオブナイツ』の面々とリュウキ。
少し大きな泥人形はユークリッドで、一番大きな泥人形は『マッドパペット』なのであろう。
これから先、この小さな泥人形のようにお前たちを潰す。
そう言って笑ったのだ。
「そうか。まあ俺はあくまで足止めだ。ここで負けようが勝とうが、結局キナネとリュウキが勝たなければ意味がない。そういう意味では俺の役割はお前を引き付けている現状で成功しているとも言える」
この敵は泥で作られている。泥にされる前、土であったときから……いや、砂の時点から見ていたのであろう。
仲間が殺される様を。無残にも散っていった姿を。
負けたのは仕方の無いことだ。実力が足りなかったのだろう。
しかし、笑うのは別である。仲間の死を笑う。それはやっていいことではない。
負けようが勝とうが結局は一緒。ユークリッドを倒さなければブレッシュと『マッドパペット』の闘いなど意味がない。
だから、負けたって別にいいのだ。足止めさえできているのであれば。
「まあ負ける気はさらさら無いがな……『ディグニティー・スピリッツ』」
瞬間、ブレッシュの剣に雷光が宿った。
負けたっていい闘いはもはやここにはない。
仲間の死を笑うならば仲間の死を以てその闘いの勝利を勝ち取ろうではないか。
「片を付けてやるよ、泥人形野郎が」
ギリストとブレッシュ、どちらかの性格をもっと尖らせておけば良かったなと思いました。
ギリストさんは48話あたりに出てきます。




