70話 岩雪崩はやがて炎を鎮めゆく 後編
氷が溶かされ水になるよりも先に水蒸気となって大気へと消えていく。
所謂、昇華というものだ。固体が液体を介さずに気体へと変化していく。……普通はドライアイスなど気体を超低温で固体にした場合に当てはまるらしいのだが、なるほど、高温過ぎると水でも昇華できるのか。
瞬時に蒸発しちまうほどの超高温。
俺の氷の柱だって超低温だと思っていたが、文字通り桁が違うようだ。
「羨ましい温度だ。しかし、その力の代償がそれか」
『火炎達磨』は明らかに苦しんでいる。
熱さと痛み。どちらも火傷を負っているからある症状だろう。
DNOは痛みは設定で消せるはずだが、それを知らないか、二つ名が強制的に痛みを発生させているか、それとも……
「ありもしない痛みを感じちまっているか、だ」
設定で二つ名の能力による痛みを発生させないようにしている。だが、それでも消す前に感じてしまった痛みをその後も脳が勝手に感じ取ってしまう。PTSDやら催眠術やらで似たようなことがあったっけか。
炎に対してトラウマを抱いている。脳が炎の痛みと熱さを焼き付けてしまっている。
なぜこのゲームを続けているのか、熱いなら止めてしまえばいいだろうとかそんなことは思えない。
脳がもし炎を見ただけで痛みと熱さを感じ取ってしまうならゲームを止めても現実世界でも同じようなことが起きているとも限らない。日常生活で炎を見ることはそれなりにあるだろう。料理やライター、夏は花火。不意にテレビででも流されることもある。
「お前は何であんなやつに従ってるんだ?」
「あづいあづいあづいあづいあづい……あんなやつ?」
熱いと熱にうなされる子供のように呟いていた『火炎達磨』がこちらに反応してみせた。
少し会話をしてみたい。オセという人物、他の『五行同盟』の能力、『五行同盟』に選ばれた経緯や条件など聞きたいことはいくらでもある。
「オセとかいうやつになぜおまえは従っている? 従うことでメリットはあるのか?」
「……ある。このあづさを消してくれる。そう、オセは言っていた。だから俺はあづいのを我慢して闘う。ゲームを止めたって止まらないあづさから逃れるためにあづさを我慢する」
「そんなことが可能なのか? ゲームを止めても止まらない熱さ……そんなのはゲーム内でできることを超えている」
「そんなことはない。オセはDNOの開発もといVR機器開発にも関わっていたと言っていた。ならば脳の構造にも詳しいはず。俺のあづさが脳の異常から、精神的なものであることは自分でも分かっている。あづさが無くなるならば従うしかない」
「…………」
騙されている、とは一概には言えないな。だが、オセとかいうやつがそう簡単に熱さを取り除けるとは思えない。
オセはプレイヤーボスの1人だ。だがこれまでと違い戦闘職のプレイヤーを待ち受けることはせず、積極的にプレイヤーを殺している。それも自分の手を汚さず、五人のプレイヤーを使ってだ。
正々堂々と言わずとも殺すときは自分の手で殺したほうが気持ちが良いだろうし、強い相手と闘うのは楽しい。
オセとは絶対に気が合わないことは実感した。
気が合わない相手なら……殺すのに何のためらいもないな。
「気に食わねえオセの配下のお前を殺すのに覚悟はいらねえ。お前を殺したことでお前の熱さが消えないのにも心は痛まねえ。……だから殺してやるよ」
楽にしてやるよ。心の中でそう呟いて氷の柱を新たに4柱生み出した。
どれもが今までよりも巨大で分厚い。容易に溶かさせる気はさらさらない。
「MP100使用『ロックインパクト』」
同時にシズネが『火炎達磨』の頭上に巨石を生み出す。
『火炎達磨』が氷を溶かす隙に巨石が『火炎達磨』に落ちていく。
「ああ、この氷は良い。あづさが和らぐ」
氷の柱に張り付きながら溶かしていく『火炎達磨』は気持ちよさそうな声をあげる。
「だけど、その岩は良くない。あづさが和らがない」
『火炎達磨』は足元の小石を拾うと固く握りしめ、頭上の巨石目掛け投げた。
溶けた小石は周囲に液体を撒き散らしながら巨石にぶつかり、そのまま巨石を砕いた。
「攻撃力がかなりのものになってるな。とてもじゃないが小石を投げただけとは思えない。だが、巨石を砕いている暇があるか?」
4柱の氷は未だどれも辛うじてであるが、残っている。分厚いため溶けるにはこれまで造ったものよりも時間がかかる。
柱が『火炎達磨』を囲んでいるならば『アイス・プリズン』の効果は発揮される。何もただ柱を生み出すだけのスキルではないのだ。氷の柱で囲んだプレイヤーのHPを継続的に削っていく、そういう効果である。
現状、刃物も弾丸も水も岩も効かない『火炎達磨』に対して継続的にダメージを与えられる俺の固有スキルは効果の高いものだろう。
しかし、HPが減ったことをすぐに感じ取った『火炎達磨』は氷柱の溶解を始めた。
全身で氷柱を抱きしめ、どんどん溶かしていく。微量だが減っていく『火炎達磨』のHP。
「あづぐあづぐあづぐあづぐ! どんどんあづぐなって溶かす!」
温度が上がっていく。少し離れた位置にいるはずなのに、『雪国夜叉』を発動しているのに熱さが伝わる。
「矛盾してやがるぜ。熱さから逃れるために熱量を上げていくのか? 強くなるための姿勢としては間違っちゃあいねえがよ、勝つための姿勢としては間違っているぜ」
勝てることと強いことは同義ではない。
弱くたって勝てることはある。強くたって負けることがある。
「能力に関しちゃ、この場ではお前が一番強いだろう。DNOの中でも最強に近いだろうな。だがよ、何事にも相性はあるし、単体の強さが敵わねえのもある」
『火炎達磨』が4つの氷柱を完全に溶かしきった。そして次はお前だ、とばかりにこちらを向く。
「涼しかったぞ。そのお礼に一瞬で溶かしきってやる」
一歩、こちらを向いて歩きだそうとした瞬間、『火炎達磨』を歩を止めた。
「……まだHPが減っているだと? 俺の炎とは別に」
未だ減り続ける『火炎達磨』のHP。残り2割を切ろうとしており、『火炎達磨』は慌ててアイテムを使おうとする。
だが、
「バーカ。熱を上げ過ぎだ」
取り出した先からアイテムは蒸発していく。『火炎達磨』の熱にアイテムが耐えきれていないのだ。
「……何をした!?」
『火炎達磨』を辺りを見回す。そして、俺とシズネ、そして俺たちの後方を見て悟った。
「全域に柱を建てているだと……」
「こうでもしなきゃ勝てねえってことだ。誇りながら死ぬがいいさ」
俺とシズネ、そして『火炎達磨』を囲むようにして4つの柱が建っていた。どれも小さく『火炎達磨』が触れれば容易く溶けてしまうほどの氷柱である。しかし、その熱が届かないほどの遠くに柱は建っていた。
「溶けるまで1時間は持つ。それまでにお前のHPは確実に0になるだろうぜ」
「……くそ」
『火炎達磨』は氷柱の1つに向けて走り出そうとし、しかしやはり先ほどと同じように止まる。
「なぜここまで進まないんだ!?」
走り出そうとした『火炎達磨』の速度は歩くのよりも遅い。一刻も早く氷柱を溶かしたい『火炎達磨』にとってもどかしい遅さであろう。
それは『火炎達磨』の素のAGIが低いからではない。
俺の二つ名である『雪国夜叉』によるものだ。
「『雪国夜叉』による速度低下だ。寒さは感じなくてもこっちの効果があって良かったぜ」
「チィッ……ならば」
『火炎達磨』は小石を拾い上げた。そして熱を込めた小石を氷柱目掛け投げる。
「これで壊せば終わりだ!」
小石は氷柱へと真っすぐ飛んでいき――そして遥か彼方へと飛んでいった。氷柱とは違う方へと。
「何でだ……。確かに当たっただろ! 何で急に小石が横にずれたんだ!」
『火炎達磨』が叫ぶ。
「陽炎ってやつだ。今、お前の周囲の空気はかなりの高温になっている。だが、そこから離れた氷柱は冷えた空気で覆われている。屈折した光はお前に違う場所にある氷柱を見せていたのさ。さて、どうする?」
『火炎達磨』は俺と氷柱を睨みつける。恐らく、俺を倒すか氷柱まで走り溶かすかで悩んでいるのだろう。
「くそっ」
そして『火炎達磨』は走り出した。
歩くような速さで走り、標的に抱き着いた。
「溶けろぉぉぉ」
抱き着いた相手――氷柱は勢いよく溶けていく。
「俺を倒せねえと判断したか。馬鹿め」
闘いから逃げたってことはそこでお前の敗北は確定したんだぜ?
「シズネ」
「……了解。……アリア、出てきて」
「はい! アリアはシズネお姉さまのお役に立ちますよ!」
シズネが残りのMPを消費してテイムモンスターを召喚した。
「むむ? リュウキさんとは別の殿方……あの方はいなくなったんですの?」
「……今は違う場所で闘っている。……それよりもアリア、アレに光線銃を」
「ふむ、よく分かりませんが、あの燃えている方にですね! 『全点突破』」
シズネのテイムモンスターの両腕が合体し大きな筒となる。
……あの時倒したやつの娘だっけか。どっちが強いのか分からねえが人型なんだから一回闘ってみてえな。
「発射!」
テイムモンスターの両腕からビームが発射された。
「『火炎達磨』よ。お前の身体は刃物も銃弾も水も効かねえようだ。俺の固有スキルなら辛うじてだが効果がある。だが、もっと効きそうなのを見つけたぜ」
刃物でも銃弾でも水でもない。光、つまりは光熱だ。溶かせるものでも蒸発させられるものでもない。
「どこ狙ってんだ。避けるまでもない」
だが、ビームはこちらから見ても『火炎達磨』とは違う場所に向けて発射されている。
やつの言う通り、避けるまでもないのだろう……このまま進むならばな。
「さっき言っただろ。高温の空気と低温の空気は光を屈折させるって。今、お前のいる場所はお前がいるせいで高温の空気で溢れているが、こっちは急激に冷やしておいたぜ」
俺の背後には氷柱が数本置かれている。それらが空気を冷やす。
「そのビームは曲がる」
「そして、私は機械です。曲がる先くらいなら容易に計算できます」
テイムモンスターの腕から放たれたビームは『火炎達磨』の眼前で曲がるとその身体を貫いた。
「な……くそ……」
『火炎達磨』の身体から炎が消えていく。HPが0になったことで二つ名の能力も消えたのだろう。
身体は火傷だらけ。見るも痛ましい。
「『アイス・プリズン』」
『火炎達磨』の頭上に1本の氷柱が生成される。
それは墓石のように『火炎達磨』に落ちていき、砕けた。
「少しは頭が冷えたか? じゃあな、次は能力を使いこなしてみせろよ」
「あづいあづいあづいあづいあづ……ぐない。……済まなかったな」
ポリゴンとなり完全に『火炎達磨』が消える。
「……これで俺らに出来ることはもうないな。MPもHPも尽きちまったし、回復しておこうか。そっちの嬢ちゃんにはもう少し働いてもらってもいいけどよ」
シズネのテイムモンスターを見ると、こちらが睨まれる。
「私はシズネお姉様の言うことしか聞きませんので。あなたに指図されるいわれはありません」
「言うねえ。なら、今度闘おうぜ。俺が勝ったら少しは俺を認めろよ?」
「良いでしょう。受けて立ちます」
よっしゃ、これで闘えそうだ。
フィールドが解けていきながら俺は次の闘いを楽しみに笑う。
めっちゃ『火炎達磨』を連呼した気がします




