69話 岩雪崩はやがて炎を鎮めゆく 前編
恐怖を与えるような能力を持つ魔女がマルガリタだとして、
魔獣のような蠢く木々を操る魔獣使いが竹田だとして、
力と防御を象徴する怪物がオルナイフだとして、
機械のように飛びぬけた頭脳を持つ天才がユークリッドだとして、
見た目からしてすでに火に包まれており、能力も代償も込みで化け物だと断定できるのはやはりヴェルフであろう。
身体に穴を空けられようと止まらない。傷口も武器も何もかもを溶かして1つにしてしまう。何事もなかったかのようにその場に立つ。ダメージは減っているが、攻撃自体が解かされてしまっては例えヴェルフのHPが1だったとしても勝つ方法が見つからない。
圧倒的な水量を以てしても蒸発しきって、逆に爆発を起こしてしまう。
金属類は溶かしてしまい原形を留められない。
人間など近づいただけでダメージが発生してしまうだろう。
しかしして、ヴェルフには悠長に構えていられる時間はない。長期戦は彼には望めない。
なにせ、近づいただけでダメージが発生してしまう彼の炎は彼自身にもダメージを与えているのだから。
決して低くないダメージを回復アイテムと回復スキルで命を繋ぎ、後はヴェルフは特別な攻撃はしてこない。
彼が握ったものは高熱を帯び、それ自体が必殺の武器になるからだ。
しかし、彼が長期戦をできない真の理由は他にあった。
それは彼自身の問題。二つ名を得たときに失い、あるいは得てしまった問題。
火を見るたびに彼の脳は火傷を負っていると錯覚を起こす。燃えていると勘違いする。
ゆえに彼は痛みのないはずの世界で痛みに苦しむ。
いつかこの痛みを終えられる時が来ることを祈って。
【ダラーク視点】
以前から人の好意というのが理解できなかった。
なぜ人は人に対して優しくできるのか。
なぜ人は何度騙されようとも人を信じようとするのか。
なぜ人は1人で行動しないで群れているのか。
なぜ人は――奈香と佐次郎は俺といてくれるのか。
その答えは未だ出ず、いつか分かる時こそ俺があいつらを本当の意味で仲間だと思える時なのだろう。
「さて、HP的にはもう少しってとこか。シズネ、倒す算段はついているのか?」
「……全然。それどころか打つ手がなくなった」
蜂須賀の決死の策も容易く破られ、シズネの岩魔法は迂闊に使えば、ヴェルフの放つ投石を増やしかねない。
正直に言うと、俺はこの場に出てくる必要はないと思っていた。
蜂須賀はPvPでは知る人ぞ知る有名人であり、あいつとシズネさえいれば『火炎達磨』くらいなら容易くとは言えずとも倒せると思っていた。
蜂須賀の二つ名である『左右反対』は地味ではあるが、やられている方はかなり辛い。分かってはいるが、分かっているからこそ動きが鈍る。
自分では地味と言っているが、その地味さが気づかれないという点では優れているし、何よりステータス異常でもないこちらの状態に異常を与えてくる二つ名というのは厄介である。
視界に映る景色が左右反対になっているということは、脳が認識した景色と実際に自分で動かした身体が相違し、人によっては歩くのすらも困難になるだろう。視界から得られる情報というのは思っているよりも量が多いのだ。まあ俺は目をつぶることで闘うことができたけどな。
固有スキル『シンメトリー・スカー』、か。あいつそんなものを隠し持っていたのか。以前に闘ったときは使ってはこなかった。最近手に入れたって感じか。
ああいうのは奥の手で隠し持っておいていざという時に使うもんなんだけどな……自分から致命傷を負って使うのは、よほどじゃなきゃ使うべきじゃない。すぐに奥の手を使いたがるのは馬鹿のやることだ。
蜂須賀は馬鹿じゃない。なら、今回の敵がよほどの敵だったってことだな。
「PKってことなら俺の出番、と言いたいがもはや人じゃなさそうだ」
傷口を溶かして塞ぐって、ゲームの世界ではあるが正気の沙汰じゃないな。
モンスターどもなら平気でやりかねないが……あいつはプレイヤーでありながら怪物になっちまってるってことか。
何があいつをそうさせたのか……考えられる理由はいくつもあって、断定できるほど俺はあいつのことを知らねえけどよ、
「苦しんでるってんなら、殺して楽にしてやるよ。熱さも痛みも苦しみも罪も何もかもを置いて行っちまえ。身ぐるみ剥いで奪うのが俺たちPKの仕事だからよ!」
白き衣を纏い拳を構える俺に対し、やつは虚ろな瞳をこちらに向ける。
「あづいあづいあづいあづい……ああ、お前は冷たそうだ。寒そうだ」
冷たそうで寒そう、か。
そりゃあ態度が冷たければ心は寒いかもな。
人の気遣いを満足に受け取れない俺がこんな冷えた身体になっちまったのも何かの縁だ。
火炎と雪、どちらが上か確かめようぜ?
「……私を忘れないで」
おっと、そうだったな。
火炎と雪と岩。どれも性質は全く別だ。
この3つのどれがどれに対して有効なのか、はっきりさせようじゃないか。
「シズネ、今のうちに――」
それは、恐らくシズネは意識的にだが無意識的にだがは分からないが、この闘いでは使わないと決めていただろうという策。
だが、俺はこの策、というか手は使わざるを得なくなるだろうと思っている。使わないなら使わないでいいんだけどな。念のため、というやつだ。
手は多いに越したことはない。それがどんな手でも、だ。
「『アイス・プリズン』」
すでに『雪国夜叉』の能力は発動しているが、速度の低下はそこまで効果はないだろうと踏んでいる。先ほどまでは岩から石を掴みだして投げていた。以前には相手が接近戦を仕掛けてくるまで周囲を燃やし尽くしていたと聞いた。周囲を燃やし壊滅的なまでに相手を追い詰め、出てきたところを身体の炎を以て燃やし殺す。剣も槍も斧も矢も弾もその身には届かず、ただ溶かされるのみ。魔法だって唯一効果があると思われていた水魔法すら蒸発しつくしていた。
だからこその氷の檻だ。この檻の中でなら寒冷による継続的なダメージがある。要は近づかずに攻撃するための檻である。そして、氷ならば……決して燃えることはない。水でなく氷であれば即座に蒸発することもなく爆発は起きない。
『火炎達磨』の眼前に氷の柱がどこからかと落下してきた。
背後に1本、そして左右に1本ずつ、さらに逃げ場を無くすように、隙間を埋めるためにいくつもの柱が 『火炎達磨』を囲む。透き通る氷が『火炎達磨』の身体を包む炎を反射し煌く。まるで太陽を反射する鏡のように。
炎天下でさえこの氷の柱は数時間は溶けない。
この檻さえあれば倒せると踏んでいる……のだが、
「づめだい……だけどぬるい」
「……ちっ」
『火炎達磨』が檻の柱の1つを掴む。
その手はゆっくりとだが、柱に食い込んでいく。
「溶かしやがったか……かなりの低温で出来ているはずなんだがな」
ならば、とばかりにMPを消費して氷の柱を新たに一柱作り出す。
大気中の水分とは関係なく柱を作り出せるため、MPが続く限りは柱を作れるが、本来は造り直すことなんか必要ないのである。壊せるやつは未だ五本指でも数えられる程の人数だ。
それをあっさりとは言わないが、苦労もせずに溶かしてくれるとか……やってくれるぜ。
「ぬるいぬるいぬるいぬるい……」
氷の柱に全身を付けると、高熱どころではない炎の熱で氷を溶かしていく。
見た目は夏の猛暑日に冷たい柱に身体をくっつけて暑さから逃れようとしている子供と同じ。だが、氷の柱が勢いよく形を変えていくのを見ているとそんな微笑ましい光景ではないと嫌でも分かる。
溶かされた柱の外側に更に1柱加え、檻を保つ。
……どんどんやつの温度が上昇していくな。
俺の二つ名は冷気によって速度低下をもたらす。
しかしその冷気が漂わない。『火炎達磨』の炎の熱と相殺されて……いや、それどころか押し負けてすらいることが明らかだ。
「千日手……とはいかねえがな。根競べと行こうじゃねえか。俺のMPとお前のHPが切れるのをよ!」
MPが切れて氷の柱が無くなり、『火炎達磨』が檻から解放され俺の身体に炎が燃え移り死ぬか。
『アイス・プリズン』によるダメージで『火炎達磨』のHPが0になるか。
楽しいなあ。命を奪い合うってのはよ。
やはり施されるよりも奪う。それが俺らしい生き方だ。




