64話 震水 前編
森では相応しくない姿で駆ける1人の修道女、マルガリタは周りの異変に気付いて足を止めた。
「先ほどの方のではありませんね。でしたらまだ他の方がいるのでしょう」
マルガリタの目の前には木くずがあった。マルガリタの前方10mの範囲に広がる木くずは誰かがばらまいたのではないかとマルガリタは思ったが、すぐに考えを改めた。
「撒かれたというよりも元々ここにあった木が破壊されて木くずになったのでしょうか。攻撃に特化した者でしょうか……しかしこういう方は大抵遅い。不意打ちでもされない限りは安心していいでしょう」
目の前にはかつて木が生えていたであろう穴が空いている。その穴からはかつては見上げるほどの巨木が生えていただろうと推察できる。
巨木すらただの木くずに変えてしまうほどの攻撃力で不意打ちされようものならマルガリタは一撃で死んでしまう。
接近戦でこそ無類の強さを誇るマルガリタであるが、不意打ちや遠距離からの攻撃には弱いのである。先ほど倒したセザンヌは攻撃力が低かったから、そしてステータス異常を引き起こす攻撃をしてきたからそれを逆手にして勝ったのだ。
「ふふっ、しばらくはこのステータスの上昇した状態が続きますから肉弾戦もできそうですね」
自身の使う回復魔法を攻撃に、自身にかかったステータス異常をステータス強化へと反転させるマルガリタには今、いくつものステータス異常がかかっていた。それら全てを反転させたマルガリタは通常時よりもステータスが大幅に強化されていた。
「どんな相手が来てもステータス異常にすればいいですし、本当に肉弾戦ができそうです。シスターが肉弾戦ですか……少し皮肉めいていてそれも素敵です」
そして、マルガリタの使うステータス異常を回復させる魔法を反転すると当然、それはステータス異常を引き起こす魔法へと変わる。
攻撃と回復、そしてステータス異常の3つを使いこなすマルガリタは接近戦において一撃で死なない限りはほぼ負ける事がない。例外としては魔法や二つ名の能力そのものを封じられない限りであるが、今のところそのような能力が現れたという情報はない。
「この木の破片がいつできたのか分かりませんが、近くにいるのでしょうか……」
マルガリタは警戒を強める。今いる場所は森。前方こそ木が木くずになったおかげで開けているが、左右や後方から不意打ちされてはひとたまりもない。
「でも、オセ様によるとここから出るにはここにいる人たちを皆殺しにしないといけないのですね。少し持久戦になりそうです」
マルガリタがこのフィールドへと転移させられた直後、オセよりメッセージが届いていた。
『親愛なるマルガリタへ。
やあ、順調にプレイヤーを殺しているみたいだね。その調子だよ。君はあの5人の中で一番弱いと言われているかもしれないけど僕からすれば君の能力は一番応用力が高い。君の魔法が1つ増えるたびに反転できる材料が増えるってことだからね。
さて、君が今いるのはとあるプレイヤーが二つ名の能力で創り出した空間だ。こればっかりは僕にも手出しができない。君が自分の力でそこから出るんだ。そこにいるプレイヤー、多くて5人くらいを君の力で倒してそこから出てきてくれ。そこにいるのは強敵ばかり。だけど君ならできる。君の力は弱さを強さに反転させたものなのだから。君に与えた力、まだまだ君と、そして僕のために使ってほしい。
僕は何時だって君の味方だよ。オセ』
「やりとげます。オセ様のために私はここから出なくてはいけません」
マルガリタは今あるステータス強化が途切れないうちに走り出す。
動けない、というステータス異常の麻痺が反転している今、彼女の速度は数倍にも跳ね上がっている。修道女というステータス的にはそこまで高くない職業でも彼女の二つ名の能力であれば一般のプレイヤーのステータスを優に超える状況を作り出すことは可能であるのだ。
再び森を走りながらマルガリタは警戒を怠らない。背後は左右はもちろんのことだが、一番は頭上。死角になりやすく、相手も隠れやすい木の上は最も警戒しなくてはいけない位置である。
走りながら時折見かける木くずにマルガリタはこの先に敵が待ち受けているのだと確信する。
二つ名の能力は未知数。それだけがマルガリタの懸念であった。少なくとも破壊力だけはある。
「あら? 意外と速かったのね」
警戒を続けていたマルガリタの前に現れたのは1人の女であった。
頭上や左右を警戒していたのが馬鹿馬鹿しくなるくらいの正面からの登場である。
「あなたが私の次の敵ですね? 先ほどから見えていた木の破片はあなたの仕業ですか?」
「ええ、そうよ。私の二つ名による能力。あなたもこの能力で殺される」
「(遠いですね……)」
女はマルガリタの魔法の効果範囲よりもほんの少しだけ遠い。いかにマルガリタの魔法が有能であろうと効果範囲にいなければ意味がない。
マルガリタが一歩踏み出すと女は一歩退く。
「……私の能力を知っているようですね」
「当たり前でしょ? だからあなたを殺せると判断してこうしてあなたの前に出てきた。あたなの能力で恐ろしいのは一撃で殺せるとかそういうのではなく、命中という概念がないこと。対象を指定すれば勝手にその回復魔法は相手のHPを奪い取る。良かったわ、範囲は回復魔法のままで」
マルガリタ含む『五行同盟』は殺しすぎたのだ。その能力を存分に活用して。
だから対策される。だから相性の良い能力を持つプレイヤーが闘いに来る。
そして女――サンはマルガリタを倒しに、殺しにここにいる。
「……ふふっ」
「どうしたのかしら?」
「ふ、ふふっ、ふ、あ、ははははははは‼」
マルガリタが突如笑いだした。
これまでの穏やかな佇まいから一変、聞いた者は耳を塞ぎたくなるほどの音量で笑う。
サンは表情こそ変えないが内心では追い詰められたからこそ破れかぶれになったのかと面倒くさい気持ちになる。
「(後先考えないで能力をフルに使われてもね……。まだ私以外にいることを想定して温存した闘い方をしてくれた方が楽なのに)」
サンは合理的な人間だ。勝てばそれでいいと思っている。相手が力を出し尽くさなくても、こちらが卑怯な手を使っても、最後に勝てればそれでいいと。勝てなくても最後に利益があれば敗北さえも良しとする。
しかし、サンの心配をよそにマルガリタの笑いは始まりと同様に突如止まる。
「は、ははは……。そうでした、私は強い。能力だけを頼っているわけじゃない。今この瞬間ならあなたを上回るステータスがあるのでした。先ほどやりたかったことが、さっそくできそうです」
ステータス異常を反転し強化したステータスでマルガリタはサンへと走る。
「くっ、さっきの男も余計なことをしてくれたわね」
セザンヌとの闘いはマルガリタを消耗させるどころから更に強化を施してしまっていた。
サンの職業は盗賊。AGIとLUKこそ高いが、他は軒並み平均より少し下。
だが、ここではAGIが高ければそれで良い。追い付かれなければ、今の距離を保っていれば良いのだ。
「ちっ、AGIは向こうが少しだけ上……このままじゃ追い付かれるわね」
かろうじてだが回復魔法の範囲の外にいる。
AGIの差があるにも関わらず未だ追い付かれないのはここが森であるからだ。
「……木が邪魔ですね」
走る先に木があり、それを避けようとすればどうしても速度は落ちる。
強化しているステータスであるが故に慣れない速度で走るマルガリタは木々を避けるために大きく横に動く。そのため全力を出し切れないでいた。
一方のサンはというと、
「なんとかなりそうね」
前方にある木々を避けずにそのまま体当たりをするかのように駆け抜ける。
サンが木に触れた瞬間、木はたちまちのうちに触れた個所から崩れていき、マルガリタにとっても見慣れた物へと成り果てる。
「やはり木の破片……なるほど、あなたの攻撃力の高さが分かりました」
近づきすぎて攻撃されるわけにはいかないのはマルガリタとて同様である。
もし魔法が間に合わなければ死んでしまうのはマルガリタになる。
回復魔法は瞬間的には使えない。回復量により発動時間とクールタイムが異なる。
体力を一瞬で回復、つまりは反転させてHPを0にするほどの回復魔法を使うには相応の時間が必要だ。
「攻撃と速度……私の苦手な敵ですね。私に勝つつもりだった理由が分かりました」
思考をしていたせいか、マルガリタの動きが鈍り、木を避けきれずに右腕が当たる。
「しまっ……はい?」
マルガリタの腕が当たった箇所を中心として木が崩れ落ちていく。
それはサンが起こした現象と同じもの。
「私の攻撃力が高すぎたわけではないでしょうね。ならば、これがあなたの能力でしょうか。物体を脆くする能力、当たっていますか?」
「さあて、ね!」
能力の正体を見破られてもなおサンはマルガリタから走り続ける。
能力の正体云々よりもまず追い付かれないこと、それがサンが今やらなければいけないことだ。
「あなただけが木を壊せるわけではないと分かった今、速度差はごまかせませんよ」
マルガリタは木々を避けずにそのまま壊しながら進む。
右腕で、左腕で、触れた先からマルガリタは木々を木くずへと変えていく。
サンもマルガリタも木々を壊し森を駆ける中、しかしマルガリタはまだ追い付けない。
「これは……壊せるけど硬い⁉」
前方にある木々を当然のごとく右腕で振り払い壊そうとしたマルガリタであるが、なぜかこれまでの抵抗感のない木々と違い、少しばかりの硬さを持って倒れる木がいくつもあった。硬さはまちまち。時には壊せそうにない木もある。
「その辺はまだだったようね」
見ればサンは全ての木々を避けているわけではなかった。避けるときもあれば壊していく時もある。
「……めんどくさいですね」
マルガリタは今持っている杖をしまい、アイテムボックスから一振りの剣を取り出す。
本来は使うはずもなかった剣。剣士に転職した時に買った剣はとうに売られていたが、売った者達をPKした後にその金で買い戻したもの。
もちろん彼女は修道女。剣のスキルはなく、彼女のステータスも剣を振るうことに向いていない。
しかし、強化された今のステータスと、この状況であれば持っている杖よりも役に立つ。
前方に現れた剣を全て斬り落としマルガリタは進む。硬さは違えど多少は脆くなっており、今のマルガリタであれば斬り落とすには十分。
先ほどまでとは比にならない速度でサンに接近したマルガリタは、
「『ディスパラライズ』」
一つの魔法を唱えた。HPを回復する魔法よりも発動時間が短いステータス異常を回復する魔法。その中の麻痺を回復する魔法を反転させてマルガリタは使用した。
突如体の自由が利かなくなりサンは地面に転がる。走っていたせいかその勢いを殺せぬまま数m程転がったため僅かながらHPが減っていた。
「さて、そろそろ終わりにしましょうか。色々なステータス異常を掛けてほしいですか? それとも少しずつHPを減らしましょうか? 走らせてくれたお礼です。選ばせてあげますよ」
「どちらにせよ一撃じゃ殺してくれなさそうね」
「それは勿論です! そんなもったいないことするわけないじゃないですか。手始めにMPを頂きましょうか。……?」
サンに近づこうとした瞬間、マルガリタの視界に違和感が起きた。
揺れている。走っているときにもあったのかもしれないが、立ち止まって初めて気づくほどの微細な揺れだ。
地震かとも思ったが、ここは作られたフィールド。地震があるとすればそれは地震に相応しきフィールドだろう。
「あなた、何かしましたの?」
そういえば、どうやってサンが木々を脆くしていたのかは謎のままであった。そういう能力であるのだと勝手に思い込んでいたが、それは結果であって過程を知らない。
マルガリタが何を言いたいのか、サンは悟り笑う。
「やっとあなたにも出てきたのね。ならあなたはもう終わりよ。私の『振動係数』は一度発動すればあなたを殺すまで止まらない」
取り急ぎ後半を書きたいところ




