55話 溶ける怪物
個人的に書いてて楽しかった話その1
「あづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづい……この中に入ればこのあづさは改善されるのがなあ」
『五行同盟』の中で最も見た目で敵と分かるのは火担当であるヴェルフであろう。
彼は常に燃えていた。燃えることが彼の二つ名であった。燃えて自身にもダメージを与えるほどの熱量を以てして全てを燃やし尽くすことが彼にできる攻撃方法であった。
そのような彼にとって環境というものは重要であった。
燃やせるものがあれば火は広がる
燃やせるものがなければ火力は狭まる。
別に彼自身、火を操るという事ができるわけではない。
彼の身体からただ垂れ流される火が勝手に周囲へと燃え移っていくだけ。
しかしそれでも元々燃えている彼よりも、燃えていない他のプレイヤーの方が火に対する心構えは薄い。
二つ名の効果によるものかヴェルフは熱さは感じているが、火によるダメージは微々たるものである。ヴェルフと同時に他のプレイヤーが燃えればヴェルフは確実に燃え残る。
だが、ヴェルフに火以外によるダメージを与えたければ、彼の纏う炎を突破しなくてはいけない。
彼の炎は生半可な攻撃を許しはしない。中途半端な武器は溶かしていく。溶かしただの鉄くずへと変えてしまう。
数千度もある彼の身体の炎を中心とした彼から溢れ出した火。それらを攻略しなくてはいけない。そしてその火の勢いは決して燃えるものに近づけてはいけないと、これまでの闘いで教えられた。
燃やすものがあるかないかによってその脅威が大きく変わるヴェルフを相手にするプレイヤー達にとって、ヴェルフの転位先が岩石地帯であったことは幸いであっただろう。
さらに岩石によってできた窪みには水が溜まっていた。雨が降ったのか水が湧き出てきたのか、このフィールドがどのようなモチーフであるのか分からない。
だが、水は火の天敵である。大量の水は先日の闘いで爆発を起こすと分かってしまったが、それでもあるに越したことはない。水があるだけで火が広まるのを防げるからである。
ヴェルフは己の二つ名を好きではなかった。むしろ嫌いであった。憎んでいた。自分に痛みを与える二つ名など無いほうが良い。
「あぁ、あづいのが和らいだぁ」
あちこちの水たまりにヴェルフは浸かると、身体の火を消していく。
水たまりは一瞬で蒸発していくが、代わりにヴェルフの熱は冷めていき、炎は弱まっていく。炎がそのまま消えてしまえば弱体化し、ヴェルフはまともに闘えなくなる。
「よし、今だ! 速やかに排除せよ」
そしてその隙を逃さず狙う者がいた。
「……了解」
まず先行したのは1人の軽装の皮鎧を着た男。
口元にはスカーフを巻き、まるで盗賊のような出で立ちをしている。
手にはナイフを持ち、信じられないような速度でヴェルフに迫る。
「俺が攻撃するが、ダメージはあんまし期待するな。お前の魔法で止めを刺すんだ」
「……わかった」
男がヴェルフに近づくけば当然、ヴェルフも接近してくる者に気づく。
だが、ヴェルフは慌てない。弱くなったとはいえ、まだ身体には炎が残っている。
「あつい……けど、死にたくはない。死ぬよりはあついほうがマシだ」
それは意地なのか、それとも恐怖からなのか。
ヴェルフの身体の炎が再び強くなった。
「燃やせるものがないならば、お前を燃やすだけだ」
ヴェルフの腕の炎がさらに勢いを増す。
迫りくる男のナイフを止めようと、ヴェルフが腕を伸ばした時、
「『左右反対』
ヴェルフの伸ばした腕はナイフには届かなかった。
厳密に言うと、腕はナイフとは見当違いの方向へと伸ばされていた。
「これが俺の二つ名、『左右反対』だ。お前の炎のような派手さはなく、ただ相手の視界を左右逆転させるだけという地味な二つ名。だが、それだけに気づかれない」
ナイフはヴェルフの胸に突き立てられる。
「覚えておけ炎の男よ。貴様を追い詰めし俺の名は盗賊、蜂須賀。今はまだ力不足ゆえ貴様を殺せん……そのナイフとてHPを少しばかり減らしただけであろう。だが、この娘こそ貴様に止めを刺す者。貴様を終わらせる者。さあ行けシズネよ! 貴様の誇りし魔法を使うがいい!」
蜂須賀はヴェルフの胸にナイフを残したまま下がる。
このままここにいては自分ごと殺せる威力の魔法が撃ち出されると分かっているからだ。
「……MP100使用『ロックインパクト』」
そこへ、『地底神王』たるシズネが岩魔法を使う。
使用するのは最も威力が高く最も信頼できる岩魔法。さらにMPを使用することにより威力を上昇させる。
威力が100%上昇した岩魔法がヴェルフに降り落ちる。
「む、胸が……あづ、い、ぞ」
カランと音を立ててヴェルフの胸から抜け落ちる。本来は抜けることのないように奥深くまで突き立てていたのだが、蜂須賀が下がるときにどこかに引っかかったのだろう。
「あ、あづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづいあづあづいぃぃぃぃぃ」
人の身体には血が流れている。傷ができればそこから血が流れ出て、やがて傷を塞ごうとする。それはDNOでも出血というステータス異常という形でも現れる。打撲や火傷といった外傷を受けることでのステータス異常。深い傷であればそれだけ継続ダメージが増えていく。
だが、ナイフの抜けたヴェルフの胸からは血の代わりに炎が噴き出した。
一度は勢いの弱まった、そしてその後少し勢いを増していたヴェルフの全身の炎は胸から湧き出た炎により、更に活性化した。
ヴェルフは胸から出る炎を手で掬い上げると、
「ふんっ!」
空から落ちてくる大岩に向けて投げつけた。
炎は不定形である。ゆえに投げようとそれは必ずしも命中するわけではない。そもそも、掬い上げられたことこそが奇跡のようなものだ。それは二つ名の能力によるものなのだろうか。
炎は意思を持つかのように大岩に当たると大岩全てを覆いつくし、内部まで熱を通す。鉄をも溶かしたその熱は……大岩を蒸発させた。
「……どれだけの熱量なの?」
「まずいな……やはりこいつが一番の強敵。ここが岩だらけであるから攻撃されることもないだろうが、こちらからも何もできない」
「……相手の消耗を待つ? ……能力の代償なのか分からないけどダメージを受けている」
「それしかないのだろうな。ともあれ、牽制は続けるとしよう。なるべく相手の力を削いでおくにこしたことはない」
「……了解」
シズネは岩魔法を放つ。
MPを消費しないシズネの岩魔法は牽制の目的でならいくらでも放てる。
「あづいあづいあづい……ああ、うっどうしい」
例え効かなくても、岩が溶け蒸発しようとも岩は視界を塞ぎ、蒸発すれば呼吸を妨げる。
まずはあの女だ。ヴェルフは地面に転がっていた岩の1つに手を置く。
高熱を放つ腕はずぶずぶと岩に沈み込み、やがて一握りの岩を手に握りこんで岩から手を抜き取った。
手の中の岩はすでに溶け始め、蒸発しかけている。
それをヴェルフはシズネ目掛け投げた。
「ああ、あづかった」
ヴェルフが熱いと称した岩の塊は溶けるまでに熱されたマグマのようなもの。当たれば肉は焦げずに溶け蒸発し、骨すらもそのまま残さずに溶かしきる必殺の武器となる。
シズネは避けようとするが、『地底神王』という二つ名はシズネのADIを下げテイマーという職業もADIには優れていない。そのため避けることは困難であった。
だが、
「シズネよ、そのままでいい。このまま俺が犠牲となる。俺の二つ名はあやつにとってはさほどの脅威でもない。ならばここで俺があの火石を受けてその破壊力を知る。シズネは……後ろから来る者にこの状況を正確に伝えるのだ」
そう言って、シズネの隣にいた蜂須賀は、『左右反対』を掛けたまま、シズネを狙い左右が反転したままのヴェルフは実は蜂須賀に向かって岩が飛んで行っていることを知らないということを確信し、静かに岩を受け入れた。
岩は蜂須賀の胸を容易く貫通し、HPを大きく削り、後ろにある岩にぶつかりようやく止まった。しかしその岩も大きくえぐれている。
驚くべきことにこれは別にヴェルフの必殺の武器ではあるが、秘中の技でも奥の手でもなくいくらでも周りに岩があれば量産できる武器であるということだ。
「いいかシズネ、俺はこのまま死ぬだろう。やっぱし受けきれなかった。だが、この攻撃を受けた意味はあった! 『シンメトリー・スカー』
蜂須賀の、死の間際の固有スキルが発動する。
これこそが胸に穴が空くだろうと予想できても攻撃をあえて受けた理由。
左右対称。左右は反対にならずに同等になる。自分が左で相手が右。自分が右で相手は左。自分と相手を対称的にとらえ、傷口を同じにする能力。片方の傷はもう片方に、無事な箇所であろうと傷口は生じる。
ダメージはない。ただし、傷口によってできた穴は損傷部位となって継続ダメージを与える。
「ああ、めんどくさいな。これじゃあづすぎるんだ」
胸の穴を見たヴェルフはあろうことか胸から噴き出す炎を押しとどめる。炎はヴェルフの体内に留まるとその身体の内側を燃やし、溶かしていく。
そうやって溶かし、少し熱が冷え固まると……穴は歪な形で塞がれていた。血管も焼かれ、出血代わりの炎は収まっていた。
「……反則すぎやしねえか?」
それが蜂須賀の最後の言葉であった。
1人になり、『左右反対』の効果も消え、攻撃もろくに効かず溶かし、敵は傷口すら溶かして塞ぐという人間を大きく外れた姿になった。
それでもシズネは考え続ける。この状況を打開する策はないのか。
この状況を覆せないのか、と。
二つ名の能力の力の強さは同等であろう。だが、恐らく相手は固有スキルを発動している。だが、シズネはまだレベル4。これが勝負を分けている要因であろう。
レベルが5になればまだ勝機は見える。だが、それは今すぐにはできない。いつなれるのか見当もつかない。
「……負け?」
そうシズネは判断してしまった。
岩魔法が効かない。MPを100消費しても効かなかった。
まだテイムモンスターを召喚していないが、恐らくこの相手では無駄であろう。ラビは本能的に火を恐れ、アリアは敵に特攻したあげくに溶かされるのが目に見えている。
「負けって決めつけるのはまだ早えんじゃないか?」
空気が一瞬で冷えた……ような気がした。
熱により溶けていた岩は固まり、蒸発していた岩は地へと落ちていく。
蜂須賀は言っていた。後ろから来るものに状況を伝えろ、と。
「シズネ、あの怪物みてえなのは敵で間違いないんだよな? 何かよく分からないが……とりあえず倒すぞ」
「……ダラークさん遅い」
シズネにとって頼れる幼馴染であるリュウキ。彼とは対極となる色、白き両腕両足を持つダラークが、雪を名に冠するダラークが炎の男の元に辿り着いた。
蜂須賀さんはまた出したいですね
自分を犠牲にってキャラは好きです




