53話 水打つ石はやがて沈みゆく
「ここは……どこでしょうか」
水辺に1人の女が佇んでいた。
それは見る者によっては美しき光景。
水が、風が、花が、虫が、動物が、全ての風景が女のためにつくられているかのようだ。
全てに歓迎されながらも女の表情は悲し気である。まるでこんなものは望んでいないとでもいうように。
一頭の馬が女に近づいた。白く、一片の汚れもない純粋な白を持つ馬。
白馬は女に身体を寄せると頭を女に擦り付けた。撫でてほしいとでも言うかのように。
「あらあら、良い子ですね」
女は白馬の頭を優しく撫でる。その表情は先ほどまでと打って変わって、慈愛に満ちた優し気なものになっていた。
撫でられた白馬も気持ちよさそうに尾を揺らす。
やがて、撫でられていた白馬は全身から力が抜けたのか、ゆっくりと横たわる。
女も白馬につられるようにして座り込むと、白馬に身体を預けるようにして寄りかかる。
横たわる白馬とそれに寄りかかる女、それはまさに一枚の絵のようであった。
空は鳥たちが舞い、穏やかな湖のほとりには数多くの小動物も寄ってくる。
そこには生があった。生だけが満ちていた。剣も銃も火も鉄もない。あるのはただ自然の営みだけであった。
生き物はすべからく他を尊重し、無意味な争いを嫌い、生きることが幸福であり権利であり当然であると、そう教えてくれるようであった。
「さて、そろそろ行きましょうか。ここから出てやることがありますからね」
女が立ち上がる。すると動物たちが、いや、植物すらも名残惜しむかのように女のほうへと寄ってくる。
「んー。そこまで私と一緒にいたいのですか?」
女の問いかけに動物たちは頷き、木々はざわざわと揺れる。
「でしたら……私の力になってください」
まるで良いことを思いついたかのように女は笑顔で動植物たちに言う。
そして女は魔法を唱える。
それは全ての生き物にとって暖かい命を活性化させる癒しの魔法。
その魔法の性質を本能的に悟ったのか動植物たちの動きは止まる。ただ静かに魔法を受け入れる。
女がその場を立ち去るころには全ての生きとし生けるものが静かに動きを止めていた。心臓の動きすらも。
女が使う能力は決して外道のものではない。ただ全てを台無しにする反転の力。
「皆さん私の経験値になってくださいました。これもあの方のお力のおかげでしょう」
『五行同盟』水担当、『聖水反転』という二つ名を持つマルガリタはこうして湖畔をイメージされたフィールドに降り立った。その直後に命を奪いながら。
「……ありゃ、バケモンだなおい」
そのマルガリタを遠くから見ている1人の男がいた。
双眼鏡というアイテムを使い、相手の視覚外から様子を見ている。
男が見ている限り、敵である修道女が行ったことは1つ。何かしらの魔法を使い、近くの動植物型のモンスターが全滅した。1体残らず。
男は自分の二つ名と相手の二つ名の能力、彼我の差を今更ながら実感する。
初めは自分でも何かできるのではないかと思っていた。思っていたからこそダラーク達トッププレイヤーの『五行同盟』討伐作戦の乗っかったのだ。無理やりに。
他に誰がいたのかは知らない。おそらく他にも自分と同様の考えの者がいたのだろう。だがそのプレイヤーの誰があの女に敵うだろうか。
恐らく接近戦に特化した二つ名なのだろう。
接近戦において自分があの敵に敵うはずはない。
近づけば自分は間違いなく瞬殺される。
「近づけば、だけどな」
敵が接近戦に特化しているなら自分は遠距離特化型だ。
「漢を見せろよ、セザンヌ」
なぜあの時こんな女みたいな名前にしてしまったのか今でも後悔は尽きない。
ネカマでもしたかったのだろうか。しかしこの世界では性別は偽れない。もしかしたら二つ名の能力で可能なのかもしれないが。
「『エンチャント・ウインド』」
セザンヌはアイテムボックスから取り出したアイテムに魔法を込める。彼の職業は付与師のさらに上の職業である付与魔法師。付与師であったときよりもさらに数多くの属性、ステータス異常を引き起こす毒などを付与できるようになった。
「まずは様子見だ。『遠投石礫』」
風属性を付与された、小石を女に向け無造作に投げつける。
相手は敵とはいえ、格好は修道女のもの。それに向け石を投げつけるのは何だか罰当たりのような気がした。だが、そうは言っても、例え真後ろに投げたとしても小石は女の方に向かって飛んでいく。
小石を絶対命中させる能力、それが『遠投石礫』という二つ名の能力なのであるから。
小石は放物線を描いて修道女へと向かって行く。
森を通り抜け、木々を潜り抜け、風という属性状、音を消して飛んでいく。
いかに音を消そうとも小石が飛んで来れば周りの木々が揺れ枝がしなり、葉が落ちる。
「――っ!?」
修道女――マルガリタは小石を見るや避けようと身体を捻る……が、小石は軌道を変えてマルガリタの身体にぶつかると動きを止めた。
HPを見るとほとんど減っていない。オセというプレイヤーボスの力の一部を与えられステータスを底上げしたHPであるためなおさらだ。
「何をしたかったのでしょう……?」
この攻撃に意味があったのだろうか。
小石は自分目掛け、しかも軌道を変えてきた。間違いなく敵からの攻撃であり二つ名の能力であろう。
だが、その攻撃力は余りにも低すぎた。
「恐らく……物体を絶対に当てるといった能力なのでしょうけれど……」
なぜそこで小石を選んだのかマルガリタには理解できなかった。そこら辺に落ちていたからなのか。それにしては属性が付与されていた気がする。
「剣などを投げたほうが攻撃力も高いでしょうに……これは小石などの小さいものだけという制限があると考えたほうが良さそうですね」
たった一回の攻撃でマルガリタは相手の能力をそこまで予想してしまう。
恐らく、恐れるほどの攻撃は仕掛けてこない。牽制くらいしかできない二つ名であろう。
ならば小石を無視してプレイヤーを見つける方が得策。そうマルガリタは判断した。
「小石を無視すればいいとかそんなこと考えてるんだろうな」
そしてその考えをセザンヌは予測していた。
己の放つ小石に攻撃力は皆無であると知っていた。だからまず一投目は無音になる風属性を付与し、近づかせ、打ち落とされない位置にまで、避けるくらいしかできない位置にまで近づかせた。
結果として小石はマルガリタに命中し、その攻撃力の低さを知らせることとなった。
「これであいつは小石を無視するだろうよ。そして方向から俺を探そうとする」
だが、どこに投げても絶対に命中する『遠投石礫』は自分の位置を曝さないこともできる。相手を直接狙わないで別方向に投げればそちらから相手へと飛んでいくからだ。
「時間は稼がせてもらう。短期決戦は俺には向いてねえからよ。『エンチャント・ポイズン』」
セザンヌは再びアイテムボックスから小石を4つ取り出すと全てに付与魔法をかける。
無造作に放たれた小石は一度宙を舞うとその後は猛烈な勢いでマルガリタへと向かって行く。
「マルガリタって名前なのな、あの修道女」
『遠投石礫』はその特性上、命中させる対象を選ぶ必要がある。このフィールド内を跋扈する動植物型のモンスター、そして選択肢にあるプレイヤー名から相手がマルガリタだと知ることができた。
「最も、この闘いにお互いの名前はいらないけどな。お前は俺の名前を知ることなく死んどけ」
セザンヌはこのDNOというゲームが好きであった。始めはこんなどうしようもない二つ名を与えられ、止めてやろうかとも思っていた。だが、掲示板サイトで自分に合った闘い方を教えてもらえた。普段は決して1人では闘わない。仲間のサポートがせいぜいだ。だが、あの時よりも、始めたばかりの時よりも闘えるようになった。それだけで救われたような気がしていた。
大好きなゲームが何者かによって壊される。それは悪夢のようであった。
だからこそ立ち上がったのだ。
「さて、そろそろ命中したころだ」
双眼鏡で確認するとまさに今、小石がマルガリタに当たっていた。
マルガリタは避ける素振りすら見せずにある一点を目指し走っていた。
だが、今投げた小石には毒属性を付与している。
触れたが最後、毒のステータス異常を引き起こす絶対命中の小石。
「よし!」
双眼鏡越しに見たマルガリタは確実に毒のステータス異常になっているはず。
自分の置かれた立ち位置が理解できたのかマルガリタは焦ったように辺りを見まわす。
「さーて、まだまだステータス異常を引き起こす付与魔法はあるぜ? 『エンチャント・パラライズ』、『エンチャント・スリーピング』」
小石に麻痺と睡眠のステータス異常を引き起こす付与魔法をかける。
「そのままじわじわと苦しむんだ。そうやって罪の意識を感じていろ」
セザンヌは小石を投げる。
それらはマルガリタに当たるとステータス異常を引き起こし、立ち上がれなくなるはず……であった。
だが、
「なんで、なんで立ち上がっているんだ……!?」
マルガリタは立ち上がる。一度倒れたのだからステータス異常になったはず。すなわち耐性が強いわけではない。
「しまった!? 気づかれたか」
今の攻撃で動けなくなると思っていた。だから真っすぐ投げてしまったためこちら目掛けマルガリタは走ってくる。
「クソ、クソ……」
慌てて別方向から小石を投げるが、そちらはもう見向きもしない。
毒麻痺睡眠のステータス異常の付与も一瞬だけ効くが、すぐに立ち上がる。
「そうか……! あらかじめ回復魔法でも使っていたのか」
その二つ名の能力により相手は接近戦に特化した闘い方をしてくると思い込んでいたが、相手は修道女。回復職である。HPの回復も、ステータス異常の回復もお手の物だろう。辺りを見まわしていたのは小石の飛んでくる方向を見るため。そして当たった直後に解毒魔法などを使えばステータス異常など掛かっていないも同然。
「心なしか……動きが早くなっていないか?」
すぐに別の場所に動き出そうとしたが、相手はすぐそばまで来ていた。
「まずいまずいまずいまずいまずい――」
そしてセザンヌの意識は途絶えた。




